愛に咲くー2 ウォルターとヴィクトリアの結婚
『家族制度を守るため、以下のように規定する。家長が亡くなった時、長男が家長となる。家長となった長男が亡くなった場合は次男が継ぐ。だが、先の家長が婚姻しておれば、その未亡人を妻とすること。娘しかいない場合は婿をとり、同じく先の家長の婿を夫とすること』
クリスマスが近づくと、貧しい者も豊かな者も、どの家も大忙し。
樅木を森の中から切り倒す、あるいは市場で買い、家の中に立てる。伝統的な代々家に受け継がれる飾りを飾りつけ、数日前に焼いたジンジャークッキーを吊るす。七面鳥にスパイスを詰め、暖炉で時間をかけて焼く。夏に収穫したスグリの実で作ったスグリ酒をガラスの酒器に移す。クリスマスのための衣服を陰干し、形を整え、来る日を待つ。女の子にとって、クリスマスのドレスはワクワクドキドキ心躍るもの。普段の簡素なドレスとは違い、レースやリボンをふんだんに使い、色も形も自由、夢見る少女たちには特別なものだった。ヴィクトリアも例外なく、毎年クリスマスのドレスを着るのを心待ちにしていた。
村一番の美少女だったヴィクトリアは、収穫祭のダンスパーティーで領主の息子ウォルターに見初められ、婚約した。だが、すぐに近隣諸国で大戦が勃発し、ウォルターは騎士として出陣した。すぐに終戦するかのようにみえた戦は10年以上にわたり、やっと決着がつき、ヴィクトリアとウォルターが結婚したのは、彼女が25歳彼が28歳の時だった。
教会での結婚式をすませ、領主館の大広間で家族や家臣、召使いに会ったのは夜半。
「ローレンス、私の妻のヴィクトリア。ヴィクトリア、こちらが弟のローレンスだ」
ヴィクトリアは、ウォルターの弟ローレンスに、この時初めて会った。17歳の少年はまだあどけなく、いたずらっ子の印象が強かった。
「ローレンス、これからどうぞよろしく」
ヴィクトリアが右手を差し出した。ところが、ローレンスは手を後ろに回して、出す気配がない。察したヴィクトリアは、左手に持っていた扇子を右手に持ち替えた。
「お姉さんと呼ばなきゃいけないの?」
「いえ、ヴィクトリアでも構わないわ」
「そうだな・・・少しずつ慣れて、おいおい仲良くなっていけばいいさ」
ワルツの音楽が流れてきた。
ウォルターはヴィクトリアの手を取り、広間の中心に進み、ステップを踏んだ。それを合図に、招待客も踊りだし、広間はごった返した。
「ローレンスには嫌われてるみたい」
「まだ、子どもだ。それにローレンスには初恋の子がいるらしい。多感な時期だから、そっとしておこう」
「そうだったのね。初恋かあ、どんなお嬢さんなのか、知りたいわ」
「まあ、私にも言わないくらいだから・・・言わないだろうねえ」
「ううむ、手ごわそうね」
ヴィクトリアはウォルターに向かって微笑んだ。
零時を過ぎた頃、招待客も帰宅し、新婚夫婦は部屋に入り、領主館に静寂が訪れた。
「うっ・・うっ・・く・・・」
暗い廊下の片隅で泣く人影があった。ひとしきり泣いた後、彼は馬小屋へと走って行った。
翌朝、ウォルター夫妻が食堂室に行くと、すでに両親は席に着き、ローレンスの姿はなかった。
「父上、ローレンスは?」
「ああ、本人の希望で寄宿学校へ入った。早朝に出発した。お前とヴィクトリアに宜しくとのことだ」
「私に挨拶もなくですか?それは急でしたね」
「お前に会えば、決心が揺らぐと思ったのかもしれんぞ」
「そうですね、休みには帰ってくると?」
「さあ、帰る時は連絡すると言っておったな、そうであろう?」
父は隣の母の顔色を見た。しかし、母は硬い表情を崩さなかった。
ヴィクトリアは小声で囁いた。
「お母様は、戸惑っていらっしゃるのよ。今はあまり聞くべきではないわ」