愛に咲くー17 ソフィアのお茶会
領主館のバラ園は手入れが行き届き、芳醇な香りで満ちていた。
「ねえ、コリンヌ。あなたに好きな人はいるの?」
ソフィアが午後の紅茶を進めながら聞いてきた。
「私はどうも縁遠くて、一度は嫁いだのですが夫は病気で亡くなり、彼に兄弟もいなかったので、それ以降孤独な未亡人、三十路もとっくの昔に過ぎたというのに独身ですわ」
「可愛らしくて、気立てがこんなに良いのに・・・」
「本当に!こんな私を放っておくなんて、殿方の目は曇っていて、その気持ちの行方とは難しいものです」
それを聞いたソフィアは吹きだした。
「そうね・・・殿方の心ほど・・・捉えにくいものはないように思うわ」
「ソフィア様でも、そう思われるのですか?」
「ええ、我が子でさえ、わからないのですからね」
「ああ。ローレンス様のことですか・・・求婚を断り続けているとか」
「引く手あまたなのですがね・・・これと思える相手がいるのかどうかさえ、私には分からないのです」
「そうですか・・・私がそれとなく探ってみましょうか?」
「お願いしてもいいかしら?」
「はい。少々、お時間がかかるかもしれませんが・・・というか・・・私がここへ来てから一週間にもなろうとしているのに・・・ローレンス様は私と話をしょうとはしません。私も堪忍袋の緒が切れましたわ、これからはガンガンいかせてもらいます!」
「あ・・・そうなのね・・・いいのよ、ローレンスの気持ちが少しだけでも垣間見れたら、私はそれでよいので・・・急ぎはしません」
「分かりました」
「で、あなたのことを聞かせてくださいな」
「あー、わたしのことですか・・・」
「言いたくないのなら、それはそれでいいんだけど」
「そうですね・・・今まで、誰にも言ったことがないので」
「お母様にも?」
「ええ、あまりにも関係が近すぎて・・・かえってソフィア様のように遠い方に話すのがいいのかもしれません」
「そんなに深刻なお話なの?」
「辛かった・・・としか」
少しだけ俯いたコリンヌは、自分のこれまでについて話しだした。
コリンヌは商家に生まれ、同じ通りに住む親友のヴィクトリアと仲が良く、お互いの家を行き来し、泊まることもしばしばだった。同じベッドで眠り、夜遅くまで恋の話をしたもの。物語に出てくるいろんな王子様の話をすれば、いつまでもおしゃべりができた。
コリンヌの一番は、シンデレラのプリンスチャーミング。
「シンデレラに一途で、国中を探してでも見つけるなんて、情熱的すぎない?」
対して一番を聞かれたヴィクトリアはこう答えるのだった。
「私は、幸福の王子が好きかな・・・」
「それって、悲しい結末なのよ、それで本当にいいの?」
「うん、大事な人が幸せになってくれたら、私も幸せなんだもん」
「そうかなあ、そんなもの?」
「だけどね、王子さまとお姫様のデートの時間は私も経験したいわ。一緒に踊ったり、お話をしたりね・・・」
「そうこなくちゃ、じゃあどの場面が好きか、話しましょうよ」
と、まあ二人の会話は無邪気で他愛のないものだった。そんな時間が奪われてなくなってしまうなんて考えもしなかった。
14歳のコリンヌは、両親に礼拝室へと呼び出された。
そこには真っ白なウェディングドレスと、いくつかの衣装箱が用意されていた。
「お父様、お母様、これはいったいどういうことなのでしょう?」
「おまえの年の離れた姉ジョサイアが流行り病で亡くなったのだ。お前が生まれる前に嫁いだから、記憶にはないだろうが・・・」
姉の話は聞いたことがあるが、一度も会ったことはない。肖像画を見たことがあるが、到底姉妹などとは思えず・・・コリンヌにとっての姉妹と言えば、その当時も今もヴィクトリアしか思い浮かばなかった。
「おまえは姉の夫と婚姻するのだ。ジョサイアは、我がサヴィアン家の本家に子どもがいなくてな、家督相続のために養子として入り、婿ポールを迎えたんだ。だが、そのジョサイアが亡くなったとなれば、おまえが家督を引き継ぎ、ポールと結婚するのが筋だ。サヴィアン家は貿易で財を成した商人で大富豪、相続する財産も親類縁者も計り知れない」
「そんな・・・。私はまだ恋もしていないのです・・・お母様」
「そうね、私もお父様に嫁ぐ時はそうだったわ。でも、こんなに幸せな日々を送っているわ。嫁いでみなければ分からないことはたくさんある。ね、これは制度なの、抗うことも変えることなどできないの」
よくよく話を聞いてみると、ポールは名門貴族の家系の出で60歳の老人だと言う。姉との間に、12歳の男の子が一人いるが、今は貴族御用達の寄宿学校で寮生活を送っているとのこと。それを聞いたコリンヌの落胆は甚だしかった。ご老人となんて、どんな話をしたらいいの?黙り込んだコリンヌの肩を抱いて、母親が言った。
「分かった。私たちもスコット領から引っ越して、アルキア領のサヴィアン家の別荘に住むわ。ヴィクトリアの家にも仕事仲間にも、このことは内緒にして仕事の都合ということにしましょう。本家で何かあったら、すぐに連絡してちょうだい」
「お母様、お父様、ありがとう」
両親は親身になってくれた。だけど、本当のことは言えないことの方が多いものだ。相手を思えば思う程に・・・。
「ご主人はどんな方だったの?」
「私と姉を比べてばかりでした。お前にはここが足りない、ジョサイアならこうしてくれたとか・・・。亡くなった人には勝てないんです、姿が美化されてしまって!でも、姉のことですし、誰にも話せないでしょ」
「その状態がずっと、ご主人が亡くなるまで続いたのね。子どもはできなかったの?」
「・・・。16歳の時にできたんです、だけど、流産してしまって・・・。それから子どもができないと医者に宣告されました。主人は体裁を考えて、両親にも誰にも言うなと言うのです。だけど、原因は私が情緒不安定になってしまって・・・。サヴィアン本家の当主は私です、主人は入り婿という形ですから、彼にもそれなりのストレスがあったんだと思うのです。ですが、夫は女性にだらしがなくて・・・。あの日も、お腹の大きな女性がやってきて、私を脅すのです。16歳の何の人生経験も恋愛経験もない私が、百戦錬磨の塊のような彼女たちに敵うはずがありません。右往左往する私を横目に見て、楽しんでいるとさえ思える夫の態度に腹が立ちました。私は一大決心をして、夫にかけあったんです。返事は・・・お前のような子どもに何が分かる?儂は間違ってはおらん、富豪の妻ならば子だくさん大歓迎と、かえって儂に感謝すべきだろうと。そんな道理・・・私はただ、攻撃してくる彼女から私を守って欲しかっただけなのに・・・。彼女の猛攻撃に耐えられなくなった私は倒れこんだ。気が付けば、子どもを失っていた。私は、その時もひとりぼっちでベッドに寝ていて両手は布団を握り締め、あなたは私を守ってくれる王子様のはずじゃなかったの?って!涙が枯れるまで泣いたの。それからは諦めというか、自分の心に折り合いをつけて上手くやっていくことだけを考えました。亡くなった子を供養している間に、だんだんと夫のことは気にならなくなりましたしね。亡くなるまで放蕩し続けましたが・・・。私の心は彼には全く届かず、愛しも愛されもしない便宜上以外の何物でもない結婚生活。どこで終わりなのか分からず、果てしなく長く感じ、心が切り刻まれるような日々でした」
「そう・・・それは辛かったわね。言いづらいことをよく話してくれたのね。もう、今のあなたは何にも縛られることはない、自由の身よ。これまで苦労した分楽しまなくちゃ。これは女同士の秘密だけど、本物の王子さまに会える人って少ないんじゃないかなと思うの。もしも自分がその人に出会えたなら、その縁を大切にするべきだわ」
「実はそうなんでしょうか?私には、他のご夫婦がとても幸せに見えて仕方がなかったんですけど・・・」
「その関係に入り込まないと分からないことは多いと思うわ。私だって、あなたから話を聞かなければ、あなたは美も財産も地位も得た、とても幸運な女性だとしか思わなかったでしょうし・・・」
「アハハ!そうですね、そうかもしれません。よく言われるんです。見かけはとてもか弱そうに見えるのに、芯が強すぎるって太い鋼のようだ!君は一人で十分やっていける、大丈夫だって!いったい何が大丈夫なんでしょうね?本当にひとりでやっていける人なんて、この世の中にいるのって感じです」
「いないわね・・・どんな人でも心の中では、自分ではない誰かを求めている。その人を得られようが得られまいが、そんなことは関係なくて、生きていくためにはそんな人が不可欠なんだと思うわ」
「私にとってはヴィクターがその不可欠な人。もう可愛くてしょうがない~」
「ヴィクターは本当に良い子だわ。美男子だし、あの年齢で心配りができる。(笑)」
「誰に似たんでしょうか?」
「ヴィクトリアであり、ウォルターであり、ローレンスであり、あなたでもあるのかも・・・私や夫でも・・・」
コリンヌは、これまでにない程大笑いした。そして涙ぐんだ。ソフィアは静かに笑って、コリンヌにお手製のアップルパイを差し出した。
「これ、家の農場で収穫したりんごを使っているのよ。ヴィクターもお手伝いしたの」
一口ほおばったコリンヌは、
「今まで食べた中で一番美味しいです」
と言って、輝く未来に思いを馳せた。




