愛に咲くー16 コリンヌの来訪
兄のウォルターとヴィクトリアの子どもは男の子だった。ローレンスは、その子を「ヴィクター」と名付けて養子にし、母ソフィアと共に養育した。
黄昏時に家族が手を繋いで、影絵のように家路につく姿は郷愁を誘う。ローレンスは領主館の大きな窓から、ソフィアとよちよち歩きのヴィクターがよく実った麦の穂を束にし、持って帰って来るのを見た。今年も豊作だ。
スコット領は平和で、作物がよく取れ、花が咲き乱れ、民たちにも活気がみなぎっていた。それもこれもローレンスの統治が素晴らしく、良き領主となっていたから。
彼にはひっきりなしに結婚話が持ち込まれ、その度に「僕は結婚する気は全くない」と言っては、断わり続けていた。側でずっと見ていたソフィアは、世継ぎのヴィクターがいるとはいえ、ローレンスの幸福を願っていた。
それが逆に、ローレンスには重たかった。僕はこのまま独りで十分だ。僕にはヴィクターがいる。
窓下に目を向けると、ヴィクターがこちらに向かって、手を振っている。ローレンスは優雅に手を振り返す。僕は、こんな日常を愛しているのだと。
数年後に・・・スコット伯爵家の扉のベルを鳴らす者がいた。
そこには、桜の花のように清楚で可愛らしい雰囲気のコリンヌという女性が立っていた。出迎えたローレンスの心はなぜかドクンドクンと乱れた。彼女はスッと手袋をした手を差し出して、ローレンスの挨拶を待った。
「どなたでしょうか?」
と、戸惑うローレンスに彼女はこう切り出した。
「私は、ヴィクトリアの親友のコリンヌと申します。この度、あなたにお話したい件があり、伺ったのです」
コリンヌ嬢は手を引っ込める気はなさそうだ・・・困った・・・ローレンスは致し方なくという体で、その手にキスをした。
「ローレンス伯爵は堅物ですのね。まあ、いいわ!私を数日間泊めて下さい。でないと、お話するのに時間が足りません」
ローレンスは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、彼女を見た。
「そうですわね・・・。私の一番の目的はヴィクターに会いたいということです」
「ヴィクターにですか?それはいったいどいういう意味・・・で・・・?」
「かいつまんで話しますと、私はヴィクターの叔母になりますの」
彼女は急に訪れ、とんでもないことを言い出したとローレンスは思った。
「え・・?どうしたら、そんな関係になるのでしょう?ヴィクトリアにも兄にも兄弟は僕しかいませんが・・・」
「玄関で立ち話もあれじゃないかしら?」
コリンヌはローレンスの側に控えていた執事に、それとなく目をやった。
「これは大変失礼致しました。どうぞ、お入りください。今から、旦那様の書斎へご案内致します」
「そうね・・そのほうがよいわね・・・込み入った話だし」
コリンヌは執事の後について書斎に入り、ローレンスがドアを閉めた。
「すまないが、お茶の準備をしてきてくれ」
「かしこまりました」
執事が静かに部屋を出て行った。
「どうぞ、ソファーにおかけください」
コリンヌは幅広な帽子を脱ぎ、ふわっと座った。甘い花の香りが鼻先をかすめていった。ローレンスも向かいの椅子に腰かけた。
「私とヴィクトリアは姉妹だったんです。私もこの事実を最近知りました。そして、ヴィクトリアには子どもがいたことも・・・。それで大急ぎで会いに来ました」
「えっと、証明書かなにかお持ちで?」
「ハア・・・。私を新手の*『遺産拝借人』みたいな目つきでみるのねえ。あなたの目は節穴なの?よおく私をご覧になって!」
そう言われて、ローレンスはコリンヌをまじまじと見た。しばし時が流れて・・・ローレンスは椅子から立ち上がった。
「雰囲気も行動もあまりにも違い過ぎるけれど、確かにふとした時にヴィクトリアの面影がある。じゃあ、本当に?」
「そうよ、幼い頃は顔がよく似ていたけれど、性格が正反対だったから、月のヴィクトリア太陽のコリンヌと親しい人たちからは、そう呼ばれていたわ」
「そうなんだね・・・。でも、スコット領では見かけなかったよね?」
「ああ、事情があってアルキア領に引っ越して、今まで一度も戻ってきていないのよ」
「アルキア領って、あの海岸沿いの大きな港がある貿易の盛んな所だよね。ここからだとかなり遠い、そこから来たの?」
「遠い道のりで疲れたわ、なのに、歓迎もして下さらないなんて・・・」
「すまない、とりあえず・・・ゆっくりしてくれ。もうすぐ、夕食の時間だし、母や家人、ヴィクターには私の友人ということでいいかな?おいおい話を聞いて、みなには説明していくよ」
「分かったわ」
彼女が訪ねてきたこの時、甥のヴィクターは5歳になっていた。
(注)*遺産拝借人とは・・・この頃、先の戦の関係で遺産相続などは煩雑で、血縁関係を証明するのはとても大変だった。そこをついて、この遺産拝借人なる者が現れることとなる。要は自分が後継者だと名乗り出て、遺産を拝借致しますねっていう感じで乗っ取り、姿を消す人のことをこう言った。




