愛に咲くー12 ローレンスからの手紙
ローレンスからの手紙
親愛なるアルターへ
君と別れてから、どれくらいになるだろう。
何も言わずに去ったことを後悔し続けていたのに・・・。手紙が今になったことは、許して欲しいとしか言えない。
父と兄が戦場へ行くことになり、領内の管理ができなくなるということで呼び戻されたんだ。それからは代理で統治することに専念し、食料の確保や戦力の向上のため、慌ただしい日々を送っていた。
ところがだよ、しばらくすると兄が戦死し、父は行方不明となり、家督相続することになった。大好きな兄や父が急にいなくなるなんて、想像もしなかったことだし、二人分の悲しみだけが押し寄せてきて、母の落胆ぶりと哀しみは絶望的で、母に対しても自分に対してもどうしてよいか分からない日々を過ごした。
更には、義姉が失踪してしまうという、不測の事態が発生してね。君の知っている通り、家督継承と共に、義姉と結婚するのはしきたりだ。
この結婚について、僕の正直な気持ちが聞きたいことだろう。
僕が言っていた初恋の相手とは、実は義姉のことなんだ。ここにいたって、諦めていたことへの光と兄の死という十字架の闇が一度に僕を襲ってきた。
義姉への気持ちが中途半端なものではないことは、君が一番よく知っていることだと思う。ここは喜ぶべきことなのかという問い、白状すれば好いた相手と伴侶になれるという幸福感があることは認めざるおえない。ただ、しきたりとはいえ、義姉の感情を完全無視した制度は、義姉を悩みの淵に立たせ、家を出ると言う決断までさせてしまったのではないか。
この状況を整理して、手紙にするまで時間がかかってしまったことは、君にも理解してもらえると思っている。
あともう一つ、これが僕の心を引き裂きえぐるのだ。ユリンのこと・・・。
あの日、何が起こったのか。彼女の言葉を思い出して、書きたいと思う。
ーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーーーー
あれは・・・寄宿学校から家に着いて直ぐのことだったから、急ぎの馬車で追いかけてきたのだろう。
いきなり自宅に訪ねてきたので、とても驚いた。住所は教官に聞いたそうだ。ここでは何かとまずいからと説明し、執事に荷解きをお願いし、そのまま湖水の森へと場所を移して、ユリンと対峙した。
彼女は興奮していて、まともに話すのに時間がかかった。
「どうしたの?」
「ねえ、好きな人がいるって本当なの?」
「アルターから聞いたのかい?」
「そうよ、アルターから聞いた時、私はすごく自分が惨めで愛される価値などない女の子だと感じたわ。これまで私にノーを言った人はいなかったし、そんな人が現れるなんて考えもしなかった。その人とは過去のことで、今は私が好きなんでしょう?きっと、そうよね?」
「アルターからどう聞いたのか知らないが、僕は6歳のときから今も、そうしてこれからも彼女を愛するよ」
「そんなことないわ。時が経てば、気持ちも変わってゆく。まだまだ私に可能性はあると思うし、振り向かせてみせるわ!」
「そんなに簡単な縁じゃないんだ」
「いったい、どこの誰なの?分かっていると思うけど、私はあなたが好き!あなたの口から彼女の名を聞く権利があると思うわ」
名前を聞くまで、ユリンは一歩も引かない様子だ。僕は困り果てた。
「知っているのよ!あなたがマントン寄宿学校に来たのは、その人のせいなんでしょ」
僕は愕然として、アルター、君の言動をとても残念に思ったよ。ここまで言われては、説明するしか道はないと腹を括った。
「落ち着いてきいてくれよ。彼女の名はヴィクトリア、今は僕の義姉だ」
「お兄さんの奥さんに横恋慕するなんて!汚らわしいわ」
ユリンの興奮はヒートアップしていった。
「そうじゃない。彼女は僕の幼い頃の初恋の相手で、ずっと好きだった人なんだ。だけど、年齢があまりにも離れていて、大人になったら求婚しょうと思っていた。だけどね・・・運命って非情だよね・・・兄の妻として紹介されたんだから。その時の僕の気持ちが分かるかい?君には想像もできないことさ!理解してくれとは言わないが、そういう事情なんだ」
「分かった!お兄さんとその人が仲良くしてるのを見たくなかったから、家を出たんでしょ!」
「その時はヴィクトリアを忘れなきゃいけなって思いが強かった。もう、兄さんのものなんだって。でも本心は、見たくなかったのかもしれない」
「ヴィクトリアって、優しく大切そうに名前を言うのね。でも、あなたのお義姉さんなのよ」
「だけど、この国の制度で言うと、僕にも可能性が全くないと言う訳でもないだろう?可能性は他の人より格段に高いよね」
「はっ、結局は・・・お兄さんが亡くなるのを願っていて、結論は・・・彼女と結婚出来ればなんでもオッケーって話なの?」
それを聞いて、僕はカッとした。ユリンを置いて、立ち去ろうとした。すると、ユリンが咄嗟に抱きついてきたんだ。あまりに突然で、振りほどくことができなかった。
後ろの方でガサガサと人が立ち去る音がして、ユリンの手を強く払って、僕は振り向いた。そこで見たのは・・・ヴィクトリアの後ろ姿だった。
まずい、非常にまずい所を見られたと思った。僕は正気を失っていたと思う。
「こんなわがままで自分勝手な女の子、僕は絶対に好きにはならないよ、彼女のことしか考えられない」
ユリンの目から大粒の涙が零れ、僕の手を握り締めて縋りつくんだ。ここで別れたら、二度と会えないという強迫観念さえ見え隠れしていた。
「待って、さっきは言い過ぎたわ。私だったら、あなたに伯爵以上の地位だってあげられるし、お金だって不自由はさせない、そうよ!私の侍女を囲っても文句は言わないわ!」
もうこなってくると、ユリンの言葉は支離滅裂だ。
「君って人は・・・僕を好きだと言いながら・・・僕をそんな奴だと思ってるの?」
「なんだって、あなたの好きなものを用意できるって言っているのに・・・」
「君が用意できないものが、僕は一番欲しいのさ。すまない」
それを聞いたユリンはしゃがみ込み、大泣きし始めた。どんなに待っても、泣き止む兆しが見えない。家に早く帰りたかった僕は、彼女だって大人だ、時間が経てば自分を取り戻し、大丈夫だと踏んだ。
彼女を湖の畔に置いて、自分の家へと帰った。
もうこの時すでに、ユリンのプライドと精神はズタズタだったんだと思う。君からの言葉と僕からの言葉で、誇り高いプライドは耐えられなかった、そして僕たちが自分を蔑んでいるかのように精神は感じていたんだと思う。僕は、それに全く気付かなかった。
自宅に帰ってみると、まだ義姉は帰っていない。何とか弁解したかった僕は、玄関ホールで待っていた。
何気なく外を見ていると、通り雨がザアーザアーと降って来た。暫く、多量の雨が降りしきったかと思うと、カラリと雨はあがり、また日が照ってきた。
向こうの道から、ずぶ濡れの女の人がこちらへやって来る。僕はヴィクトリアだと思って、外に駆け出した。だが、その人は泥まみれになったユリンだった。彼女の目は遠目からでもギラギラとしていて、本当に正直恐ろしかった。そして、あんなことがあっても、ここまで追ってくる彼女が怖くて堪らなかった。僕は急いで玄関へ入り、その扉を固く閉じ、奥に引っ込んだ。
ドン、ドン、ドンと力任せに、扉をたたく音がする。執事が駆け付けたが、僕は相手にするなと命じた。
だが、ユリンの執念は凄かった。
「ローレンス、開けて、話をして、私を見て!」
ここまでくると恐怖映画さながら。小一時間、扉の前に座っていたユリンは、とうとう重い腰をあげて、いなくなった。僕はどれだけ、ほっとしたことだろう。やっと理解して、諦めてくれたんだと思った。
ユリンは立ち去りながら、今まで経験したことのない屈辱を味わっていた。この世の中が真っ暗闇になったようで、何にも考えられない、ローレンスのことしか考えれない心と脳、そして自分が失恋したと認めろという囁きたち。ユリンはふらふらしながら、どこに行くと言う訳でもなくただ歩いていた。それが村の人たちが見かけたユリンの最後の姿だった。
二日後の午後のこと。
ユリンは、また僕の前に姿を現した。しかし、その姿は・・・。
「この方に見覚えはありますか?」
と、警官が言い、白い布の覆いを取った。
「うっつ・・・はい・・・知人です」
「どうやら、数匹の野犬に襲われ、夜盗に身ぐるみはがされたようです。高価な衣服に装飾品、靴、全てです」
目を覆いたくなるような惨状だった。
「あとは僕が家族に連絡します」
「そうですか・・・では、宜しくお願い致します。私はこれで失礼します」
警官は帽子に手を当て、一礼をして帰って行った。
僕はヴィクトリアに心配をかけまいと、彼女が野草採りから帰って来る前に出発しなければと思った。早々に馬車を用意し、彼女の遺体を乗せ、先ずはマントン寄宿学校へと急いだ。
馬車で悪路を走りながら、ずっと考えたよ。
『君がユリンに話さなければ、こんなことにはならなかったのにとね・・・』
ーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーーーー
この状況をどう説明して良いか・・・どう言葉に表したら良いかと考え、何度も書いては捨てを繰り返して、今、この手紙に至るのです。
ローレンスより
アルターは読み終わると、手紙を握りしめた。そこから意識は飛び、気付いた時は病院のベッドの上だった。
心の闇は深い。彼は『ユリンを冥土へ導いてしまった者』と己を責め、心を喪失しつつあった。自分の精神を制御できぬまま、自分で自分を追いつめ、ぷっつりと人生の幕を閉じた。
病室の壁がどこまでも白く目に映り、
『私の中に流れる血は、真実は・・・こんなにも穢れをしらないのに・・・』
と涙しながらの死であった。病院のベッドに横たわるアルターの氷った身体に、その魂はもうすでにない。
哀しいかな・・・彼の苦悩そして・・・彼の白さを知る者はいない・・・。




