愛に咲くー11 アルター失意の深さ
ヴィクトリアが出ていった後のアルターは・・・。
朝起きてみると、寝室はもぬけの殻。ヴィクトリアの影も形もない。
「うわああああ・・・・」
と言って、頭を抱え、家から転がり出た。
「まただ・・・俺の前から親しい友が忽然と姿を消すのは!俺が何をしたっていうんだい?ええ?なぜ、俺が本心をぶつけたら、みんな黙って去っていくんだ?それで俺の心がどんなに傷つくのか誰も想像しないのか?俺のことはどうなってもいいのか?」
「どうした?アルター!」
そこに立っていたのは、果物籠を下げた父親だった。
「父さん、俺は罪なやつなのかな?」
「何を言うんだ?どうした?」
「ヴィクトリアが出て行っちまった・・・」
「なんだと?出て行った・・・」
父親は膝から頽れ、手に持っていた籠から、りんごやミカンが地面に転がった。父親は果物は拾わず、アルターに肩を貸し、彼をひとまず家の中に連れて帰った。
「喧嘩でもしたのか?」
「いや、そうじゃない。俺の正直な気持ちを話しただけさ」
「そうか・・・。何か彼女自身に問題があるのかもしれないぞ」
「分からない、全くそんなそぶりは見せなかったから・・・」
「身重だし、探すのが先だな。わしはみんなに協力を頼んでくるから、大人しく待っていろ」
「頼むよ、俺には何がなんだか・・・」
ヴィトリアがいなくなったことはすぐに村中に伝わり、村全体が騒然となり、総出で捜索が始まった。だが、どこにもその姿はなかった。
「アルター、見つからない」
そう報告しにきた村人たちを驚かせたのは、アルターの尋常ならぬ雰囲気だった。彼の精神状態が普通でないことを見て取った人々は、神隠しにあったんじゃないかとか、慰めの言葉を次々に口にした。
「すまないが、今日はこれで帰って欲しい。みんなの協力に感謝する、ありがとうございました」
父親が礼を述べて、見送った。
「少しやすみなさい。そうすれば、気分も晴れてくるでしょう」
母親は作った夕食をテーブルの上に置き、両親は自分たちの家に帰って行った。
独りになったアルターの心は凍てつき、失意のどん底に落ちていった。母親が料理を持ってやってきたり、見舞いに訪れる者もいたが、アルターの心は癒えなかった。そこへだ・・・。
人の噂は、げに恐ろしいもの。
時間が経つにつれ、妙なことを言い出す者が現れる。当事者が事実を語らないと、その想像力は凄まじくなり、無実な者を追い込むのだ。
蝉の抜け殻のようなアルターにもそれが降りかかってきた。
アルター自身が思うようにならなかったから、殺したんじゃないかとか・・・人身売買したんじゃないかとか・・。まことしやかに噂は流れ、引き籠っているアルターに届くのに、時間はかからなかった。
「なんてことだ!これまで真面目に働き、家族を大切にし、友を信じ続けたこの俺が殺人者の汚名を着せられるなんて!」
アルターの身体は大きく震え、耳を塞ぎ、嘔吐した。
「なぜなんだ?おれのどこが悪かったと言うんだ?誰か教えてくれよ・・・」
アルターの涙は滝のように流れ出でた。
家族だと思っていた者たちも最初はこまめに顔を出してくれていたが、周りの者の目や言葉が気になり足が遠のいてゆく、また、己のことを全く話そうとしないアルターにも、もやもやとした感情が広がり、更には疑いの芽が出てくる。
そうなると、とうとう来なくなり・・・誰も近づかない。
カーテンの隙間から漏れる一筋の光しかない部屋で、アルターは床に倒れていた。起きる気力さえない。血の繋がった家族でさえ、何を言わずとも俺を丸ごと信じてはくれず、手も差し伸べてはくれない。それがどんなに辛いことか、その手をどんなに待っていることか。
アルターはまだ生きていて、救世主を求めていた。だが、その気配さえ感じられないことに、アルターの身体は縛られてゆき、カチンコチンと肩の方から固まってゆく。
誰か俺を信じてくれ・・・誰か俺の話を聞いてくれ・・・。心の中ではそういつも叫んでいる。
アルターは話さないのではない、話すのが怖いのだ。自分の弁明が曲解され、火に油を注ぐような事態を招けば、自分を悉く責めてしまう。そういうことは、生きていれば経験するもの。
それを繰り返し回を重ねた時、人は人間がとてもすえ恐ろしく大きな魔物に見えてしょうがないのだ。
どれだけの時間が経ち、俺にどれだけの時間が残っているのか分からない。
それらすべてのものを自分の中に押し込み、これまでの行動を顧みた。そうして、今、またローレンスからの手紙を読み返す。傷口に塩を塗るような行為だが、アルターはそうせずにはいられなかった。




