愛に咲くー1 身重の女
ピンクグレージュの絵の具を流したような夜。
この夜が特別かどうかは分からないが、パタパタと星が瞬き、遥か遠くの灰色の山頂には純白の満月が輝く。
そびえ立つ二本の柊の木には深緑色の星型の葉が生い茂り、赤い実がたわわに実っている。
盛りを過ぎた女は大きなお腹を麻で出来た簡素なドレスで隠し、目深に被っていたフード付きコートをするりと脱ぎ棄てた。お腹を少しだけ擦り、近くにあった柊の木の枝にレースのついた生成り色の産着をかける。縫い目はお世辞にも美しいとは言えないが、見ているだけで心がほんわりと温かくなる。夜更けに縫い、この産着を着た我が子を幾度、想像しただろうか・・・。
先の戦で夫を亡くした身、生むときも独り。横で手を握る人も、背中ごと抱きしめてくれる人もいない。孤独と言えば孤独、だが、私の中にしっかりと息づいている命は、愛の結晶。
寂しい時辛い時、お腹に手を当てれば「ここにいるよ」と、いつも勇気づけてくれた。
「ううう・・・」
満月がかすんで見える。柊の木にしがみつき、木の皮に爪が食い込んでゆく。あらん限りの力でいきみ、我が子を産み落とす。
すると突風が吹き、赤い実がぽとぽとと地面に散った。柊の実なのか、私の血なのか、我が子の血なのか・・・銀色の土は赤く染まる。
「おぎゃあー」
大きな声で泣く、目鼻に夫の面影を残す元気な男の子。目から涙が滴る。
「この子の前途に幸多かれ」そう、一心に祈る。
震える指で産着を着せると、乳を求めて泣き始める。白い乳房を出し、乳を与えるのはこれきりだろう・・・。
己は分かるのだ、己の運命が・・・。
「幸多かれ・・・さちおおかれ・・・私の願いはただそれだけ・・・・」
星は消え、月はうっすらと影を残すのみ。辺りは日の出を待つばかり。
「ワンワンワン!」
刺繡の施された服を着たビーグル犬が吠え立てる。
「どうした?キャスパー」
後からやって来た紳士は尋ねる。
柊の木の下に座り、パタパタと尻尾を振るキャスパーの近くまでやってくる。目の前に広がった光景に、彼の心はどくどくと脈打ち、足が後ずさった。
「なんと・・・・」
聖母のように微笑んでいる青白い女と、女の胸元で満足げに安らかに眠る桃色の頬の赤ん坊。
ルビーの粒が散りばめられた一幅の聖母子像のようであった。
紳士は女の顔に見覚えがあり、しばらくの間じっと見つめていた。
「ややっ!義姉上ではないか・・・」
紳士の名は「ローレンス」、横たわる女の名は「ヴィクトリア」、彼の兄の名は聖なる騎士と言われた「ウオルター・スコット伯爵」名誉の死を遂げたその名を知らぬ者はいなかった。
「ヴィクトリア、どうして・・・こんなことに・・・なぜ私を頼ってくれなかったのか・・・」