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『はぁ……交戦は控えなさいって何度も忠告したつもりだったけど?』

「こっちは別に戦ってるつもりなんてなかったさ。言っただろ? 関係ない生徒がいたんだ。見捨てて俺だけ逃げれば、また被害者が一人増えることになる。黒い影と失踪者の関係についてはまだ分かんないけど、もし旧校舎で葵の死体が見つかったりしたら、こっちの捜査にも影響出るだろうが」

 端末の先からMの細い息が聞こえた。俺は快適さもクソもない簡易ベッドに腰掛けながら、端末を右から左に持ち替える。

 遠別に手配してもらった仮拠点は換気すらままならないアパートだった。目につかないという意味では及第点ながら、生活はしにくいこと限りない。しかし組織の隔離施設に延々と閉じ込められるよりは随分マシだけど。

『……今回の一件については、すでに査問会議が立ち上がっています。本来であればあなたにも出頭命令が下りますが、任務中とあって差し控えられている現状です』

「今は何言っても無駄ってことね」

『あなたの言い分については、会議に一応は報告しておきます』

「んま、取り敢えず任務は続行だろ?」

 ええ、とMは呟いた。デスクワークで忙殺されているのか、普段以上に元気がない。組織にしてみれば、魔女との接触はできる限り避けたい事態だっただろう。それに実際に魔女が遠別のどこかに紛れているとなると、自然と対処の必要性が生じる。処理について俺は任されていないが、Mはその手続きや、加えて現場の指揮に駆り出される立場にあった。

『とにかく、監査会はあなたの任務続行を決めました。もちろん魔女の“調査”に関してだけね』

「わかってるよ。この前のはレアケースだ」

『慎重に立ち回るように……ああ、それと』

 端末の向こうから物音が聞こえる。書類をめくっているらしい。

『あなたに頼まれたことについて、あらかたを調べました』

「相変わらず仕事だけは早いな」

『どういう意味ですか?』

 ここ最近で一番ドスの利いた声色に、背筋がスッと冷え込んだ。

『はぁ……まず、旧校舎で拾ったキーホルダーのことね』

 俺は葵が拾ったキーホルダーを組織の連絡員に渡して、鑑識に回してもらっていた。

『そのキーホルダーは手作りみたいで、販売されているものではなかったわ。材木はヒノキね。加工しやすいから木彫りでよく使われるみたいよ』

「んー、じゃあ近場の木を使ったわけじゃなさそうだな」

『そうね。少なくとも北海道で採れたものを使ったわけじゃなさそうよ。ただ、木の状態からして、伐採されてから十年以上は経過しているらしいわ』

「指紋とかはついてないのか?」

『それが不思議なことに、全く見当たらなかったのよ。だけど代わりに、原質不明の“泥”みたいなものは見つかったわ』

 そういえばあの黒い影も、それこそ黒い泥のようなものを身にまとっていた。

『人体に害はないみたいだけど、自然界に存在するものじゃないのは確かね』

「つまり、魔女が触れたものなわけだな」

『ええ。あなたの報告からして、落ちていたキーホルダーを偶然にも踏んだか何かで泥が付着したのか、そもそも魔女の持ち物で意図せず落としたのか、』

「可能性としては失踪した誰かの持ち物ってことも考えられそうだな」

『指紋が出なかった以上、明確な判断は不可能ね……ああそれと、キーホルダーについては玄関の郵便受けに入れるよう指示しておいたから。あとで確認して』

「不用心なことで」

『遠別でわたしたちは、そしてあなたもまだ余所者なの。町全体が失踪事件で持ち切りなら、下手な接触はなるべく避けるべきでしょう?』

「でも、旧校舎に捜査は入れたんだろ?」

『流石に魔女の出現場所については検めざるを得ないわ』

「それで?」

『あなたが相生さんと旧校舎を離れたあと、鑑識のチームを現場に向かわせたわ。状態のついてはほとんど報告通りのままで、窓ガラスや壁の破損、加えて床のパネルが対象に砕けていたわ』

「もともと旧校舎で、奴に会う前からあちこち壊れかけてたが」

『だから誤魔化しやすかったそうよ。あまり綺麗に修復しても逆に怪しいだろうし』

「違いない。多少ぶっ壊れてても気にする奴はいないさ。それよりも、」

『旧校舎の近くに住宅はなかったわ。警察に通報もなかったみたい。新校舎についても、宿直は事件もあって当番制度そのものを休止していたようね』

「じゃあ今のところは騒ぎにはなってないんだな」

『みたいね。連絡網だって回ってきてないでしょう?』

「なら、変に動きを変えない方向でいこうか」

『それで問題ないでしょうけど、気になるのは――』

「ああ、葵のことな」

 あのあと俺は彼女を家の近くまで送り届けた。その間にこちらの素性や組織について話せる範囲で伝えた。キーホルダーを渡してくれる気配がなかったから仕方なしにだが、結果として今回の任務が部外者に露見してしまったのは間違いない。

「緊急時のマニュアルに従って対応したが、実際にあの子は影を見ちまったわけだからな。どうしても秘匿事項の魔女については触れざるを得なかったよ」

『こっちで相生さんに監視をつけたけど、あの夜から三日間、ほとんど部屋に籠っているだけだったわ。通話などもしていないようね』

「無理もないか」

『命のやり取りをしたわけだから……だけどもし学校に復帰した際は、相生さんから目を離さないように』

 組織の規定からして、内部の秘密情報を外部の人間が知ってしまった場合、口止めやその他の対応が義務となっている。まだ葵に魔女の情報を漏らす気配がないから保留になってはいるけど、最悪の場合は残念ながら“処理”も視野に入ってくる。

「取り敢えず口止めはしてあるが、また釘刺しとくよ」

『お願いね。あと、もう一つ』

 髪の資料をぺらぺらめくる音が聞こえた。

『その相生さんだけどね。ちょっと気になることがあって……』

「ん?」

 少しだけ言葉を詰まらせたMは、しかしすぐに言葉を続けた。

『彼女の経歴に関することなんだけど、どうやらあの子、養子みたいなのね』

「養子?」

『ええ、十年ほど前に札幌の孤児院から引き取られたって記録が残っていたわ。孤児院に保護されたのも十年前。早い段階で新しい家族が見つかったようね。それと、もっと気になるのは……相生さんには、保護される以前の記憶がないそうなの』

「記憶がない?」

『そう』

 Mは一度呼吸を整えると、静かに話を再開した。

『保護当時の診察記録が見つかったのよ。不思議なことに、エピソード記憶という実体験を司る部分だけが本当に“まっさら”の状態だったらしいわ。自分の名前についても覚えていないと。葵という名前は孤児院の院長が名付けたらしいわね。相生の姓は現在のご家族のものよ』

「そんな感じは特にしなかったが」

『そうね……でもそういう子って、なるべく隠そうってするものじゃないのかしら?』

 どうだろうと返すと、どうしてかMは柄にもなく口を閉ざした。それにしても今日はMらしいエッジの利いた皮肉も少ない。魔女が出たからこそ真剣なら構わないけど、こちらとしては若干調子が狂ってしまう。

『――相生さんに関して、もう一つ新しい情報があるわ』

「ああ」

『県警からの情報だけど、失踪した三人には一つ大きな共通点があるみたいね』

「女ってこと意外にか?」

『ええ……話によると、その三人は学校で相生さんに、“過度な嫌がらせ”をしていたようね』

 Mの語気が一部分だけ強くなる。まるでその部分の表現が、心底気に入らないと言わんばかりに。どうやら県警の文句そのままを口にしたらしいけど、彼女らしくもなくその口ぶりには抑えきれない感情が籠もっているように思えた。

「なるほど……そりゃ自棄になって犯人捜しをするわけだ」

『警官の言い方からして、学校自体も事実をひた隠しにしていたみたいね。だけど動機としては十分だから、捜査の対象には入っているそうよ』

「あいつは違うと思う」

『それは犯人じゃないってこと? それとも影じゃないって意味で?』

 影は俺と葵の目の前に現れた。しかしだからと言って、葵の無実が証明できるわけじゃない。先例として本体と魔女が分離して活動しているケースもある。

 だけど葵は逃げなかった。死の恐怖に立ち向かって、見捨てずに名前を呼んでくれた。そんな奴が、魔女として俺を襲うことがあるだろうか?

「――両方だ」

 Mが理由を尋ねてくることはなかった。だけど多少の時間をおいて、Mはまた口を開く。

『まぁ、調査を進めていくうえで解明できるでしょう。こちらからは以上です』

「同じく」

『それでは服従の宣誓を』

「……飽きないのな、アンタ」

 こちらの呆れをガン無視して、Mは宣誓を諳んじた。

『――あなたは魔女です。あなたは人を害し、人を傷つけ、人を殺す。この世にあってはならない存在』

「……そうだ、俺は魔女だ。人を憎み、人を傷つけ、人を殺す。この世にあってはならない存在」

『結構よ。任務を続けて頂戴』

 俺は通話を切って、そのまま手早く身支度を始める。果たして葵が学校へ来るかどうか分からないけど、どちらにせよ俺は目立たないように、あくまで“普通の”高校生を演じ続けるしかない。

「俺は人だ。人を愛し、人を守り、人に尽くす。どうしたって必要な存在」

 確かめるように、自分を規定するように。軋む玄関の扉を後ろ手に閉めて、階下に敷き詰められた雪の絨毯を見つめる。

「――俺は、確かに人間だ」

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