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四時間目までの授業が終わって、昼休みを告げるチャイムが鳴った。生徒たちは続々と席を立って食堂へ向かったり、机を突き合わせて弁当を広げ始める。そんな慌ただしい教室を俯瞰して、取り敢えず教室を出た。
(調査と言ってもな……)
第一として俺は高校などに通ったことがない。つまり知識として高校生の常識を叩き込まれていたとしても、大立ち回りをすれば必ずボロが出る。転校初日で動き回るのはそもそも危険だし、まずは周囲に馴染むことから始めたいが、
(時間も大して与えられてないからな……)
遠別町の郊外でMの車を降りるとき、同時に任務の期間を言い渡された。状況に応じて逐一見直すが、できれば一週間から十日以内に、ある程度の成果を出せとのことだ。無茶ぶりもいいところだが、反抗などできるはずもない。大人しく従わざるを得ないのが辛いところではある。
とにかく、できることから始めるしかない。俺は始業のときに声をかけてくれた生徒たちのもとへ赴き、一緒に昼飯を食べていいか尋ねる。親切なことに、声をかけたグループは二つ返事で頷いてくれた。椅子だけそのグループの近くへ寄せて、Mから手渡されていた焼きそばパンを持ち寄り、封を切る。
「ねぇ坂川くん。そのパンどこで買ってきたの?」
すると隣に座っていた女子生徒が、不思議そうな目で俺の手元を見つめていた。一瞬意味がわからず、条件反射的に焼きそばパンを見やる。そしてそれが東京のコンビニで買われたものであると気付いた。
「ああ、東京で買って来たんだけど、ちょっとばかし放置しててさ、賞味期限もあるし、食べないともったいないしね」
「そっかそっか! だと思ったー!」
遠別町にコンビニがないことくらい調べがついているだろうに。心の内でMへの恨み言を吐きつつも、周りには気取られないよう笑顔を浮かべておく。
その後はグループの会話に耳を傾けつつ頃合いを見て質問し、自分の印象を植えつけておいた。下手に目立つ発言は避けつつも、なるべく好印象を抱かれるように。潜入前に渡されていた資料には、『噂話に多少は敏感ながらも、当たり障りはなく、優しい印象の少年』と下世話な指示が書かれていた。こういう任務で別人格を振る舞うのはもはや常套手段だが、初任務とあってかなり慣れない。性格的には合理性があり任務にも合致しているから、まぁ効率的だとは思うけど。
結局、昼休みの間は生徒たちに失踪事件について怪しまれない程度に聞いてみたが、特に新しい情報は得られなかった。今朝初めて聞いた黒い影の情報と合わせても、失踪した三人の女子生徒の足取りに関する精確性の高い情報は、今のところ皆無だった。