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7 星霊術の特訓

 寝床のある大木へと帰還したナギは傷の手当をしていた。といっても水筒に残っているなけなしの水で軽く洗うだけだ。本来なら消毒液でもあればいいのだがさすがに持ち合わせていなかった。身体のあちこちに小さな傷があるくらいなのでそこまで問題はないと思う。


「こっちは一応絆創膏を貼っとくか」


 黒狼の爪が食い込んだ肩の部分を眺める。そこまで深い傷ではないものの剥き出しにしておくとシャツとこすれて結構痛いのだ。なので数少ない絆創膏を使う。


 簡易的な手当てが終了すると脱いでいたジャージを着込み、水筒の水を少し喉に流し込んでから立ち上がる。飲み物の確保も大事だが探索するには早急に戦闘力を高める必要があるのだ。


「よし、そろそろ始めるか」


 ナギは寝床から少し離れた場所にあった大きな岩の前に立つ。黒狼との死闘を経て己の認識不足を実感したのでさっそく星霊術の特訓をすることにしたのだ。今日は日が暮れるまでやるつもりだ。


 しばらくは強くなるための特訓と近場での水と食料探しがメインになる。本格的な探索はある程度実力がついてきたという自信がついてからだ。


 特訓の前に周囲に注意を向けるが魔物の気配は感じられなかった。よほどこのゴンズの木が発する臭いが嫌なのかこの辺りで生き物を目にしたことがない。ただ周囲の警戒は怠らないようにする。


 ナギはまず先の戦闘で結局使用できなかった<風刃>から試してみることにした。星霊術を発動するために前に手を突き出すと、少し時間をかけて薄い緑色の三日月形の刃を生成して放つ。風の刃は一直線に飛翔して岩に傷跡を刻み込んだ。


(ふむ……)


 感触を確かめるように自分の手の平を握ったり開いたりしてみる。


(今の威力だとヒットしても黒狼を一撃で倒すのは到底無理だろうな。なら次は魔力を増やしてみるか)


 今度はやや多めに魔力を込めて放ってみると先程よりも大きな音がして岩の表面を深くえぐった。ぱらぱらと岩の欠片が地面に落ちる。


(なるほど。消費する魔力量が増えるほど威力が上がるのか。だいたい予想通りだな。それじゃあどこまでやれるか試してみるか)


 興味本位に魔力を際限なく流し込んでいくと、身体の前に生成されつつあった風の刃がおもむろに歪みはじめた。危険を感じたナギが慌てて魔力を打ち切るが間に合わずに豪快に弾けとんだ。


「や、やばっ!」


 咄嗟に地面に伏せたナギの頭上で弾けた風刃の欠片が無数の小さなかまいたちのようになって四方八方に飛び散った。周囲の木々がすぱすぱと容易く切り裂かれ何本もの樹木が地響きを立てながら倒れ込む。


 伏せたままその光景を眺めていたナギは冷や汗をかきながらおそるおそる立ち上がると、辺りはここだけ伐採にあったかのごとく見晴らしがよくなっていた。予想外の惨劇に顔が引きつるが寝床にしていた木が無事だったのが不幸中の幸いである。


 どうやら今のは魔力を込めすぎて星霊術の制御に失敗したようだった。途中からこれまで支配できていた星霊術のコントロールが利かなくなったのだ。


(あ、危なかった……。でも、何事にも失敗はつきものだよな)


 額の汗を拭いながらナギはもう少し慎重になった方がいいと反省する。


(今思い返せば、黒狼戦で使った<風爆>もちゃんと制御はしてなかったよな) 


 結果オーライだったとはいえ、生き延びるために無我夢中で放った<風爆>も暴走させただけで結局使いこなせていたわけではなかったのだ。


 その後も徐々に込める魔力量を上げていく練習を続けるもすぐに制御できる限界にぶち当たってしまった。


 どうやら納得できるまで使いこなせるようになるには先はだいぶ長そうだと悟り、ナギは改めて気合を入れ直す。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。ふいに立ちくらみを起こしたようにふらついて思わず近くの木に手をついた。なんだか身体にうまく力が入らない。


「……何だ? 疲労感が半端ないんだが」


 最初はもしかしたら病気にでもかかってしまったのではと考えた。医者も薬もない森の中で動けなくなるような事態になれば待っているのは死だ。


 内心で焦りを覚えているとすぐにその原因に思い当たった。


「まさか魔力が切れかけてるのか?」


 体内にあるエネルギーがいつの間にかだいぶ失われているような感覚があった。おそらくずっと訓練していたのが原因で間違いない。魔力を消費し続けていたらいつか切れるのは自明の理だ。


 このままだとそう遠くないうちに動けなくなりそうだったので、今日はもう星霊術の訓練を切り上げて、また明日続けることにしたのだった。






 十日後、特訓を始めた時と変わらず岩の前で星霊術の練習をしているナギの姿があった。大岩は傷や穴らだけの上にあちこちに多くのひびが入っており、当初はずっしりと重厚感があったのが削られてだいぶ薄くなっている。


「それじゃあ、仕上げといくか」


 そんなボロボロな岩に向かってナギは黙々と星霊術を撃ち込む。<風刃>や<風弾>を段階的に威力を上げていきながら周囲から砕くように正確に放ち続ける。発動までの時間が驚くほど短くなっており、初めは表面を削る程度だったのが、今では腹に響くような音が断続的に鳴って岩を派手に穿つ。


 みるみるうちに岩が小さくなっていき、最後に中央へと<風刃>を放って真っ二つに両断すると、二つに分かれた岩が両側に倒れる前に<風弾>を連続で撃ちこんで粉々にしたのだった。


「うし! こんなもんか」


 手応えを感じたナギは満足気な笑みを浮かべる。この十日は近場での食料調達以外はひたすら星霊術の制御と精度を上げることに費やし、現在では練習開始時点よりも数倍の威力とスピードで放てるようになったのだ。


 それに、わざわざ対象物に手の平を向けなくても発動できるし、正面でなくても身体の近くならばどこにでも生成できるようになった。もちろんここまで順調にレベルアップしてきたわけではなく、これまで何度も制御に失敗して危険な目に遭ってもめげずに続けてきたからこその成果だ。


「星霊術の特訓を続けた成果が出たな」


 毎日魔力が切れる寸前まで必死に星霊術の研鑽に励んだ。一度切れたらしばらく休んでまた特訓と言った具合だ。どうやらある程度休めば魔力は回復するらしい。そして夜になってしっかりと睡眠を取ると全回復する感じだ。


 ナギはある程度己の身を守る算段もついたことからこれからの方針を具体的に考えることにした。


「……まずは寝床を変えたほうがいいか」


 ナギはばらばらになった岩の周辺を眺める。そこは度重なる星霊術の失敗により四方の樹木が薙ぎ倒されてかなり見晴らしが良くなってしまっていた。傷つけないよう注意を払っていた寝床の木を含めた数本がまばらに立っている有様だ。


 敵が接近すれば気づきやすい利点もある反面向こうからも丸見えである。実際、何度も魔物らしき影が遠巻きにこちらを窺っている気配を感じ、そいつらに向かって練習がてらに星霊術をぶち込んだものである。そんなことを続けているとほとんど寄ってこなくなったが、それでも派手な音を連日出しているので周辺の魔物達からすっかりマークされていることだろう。


 そこでナギは考えた末に、徐々に探索範囲を広げていくという当初のプランを変更することにした。その方法だと正直森を抜け出すまでにどれだけの時間がかかるか分からない。あまりに慎重に行動した結果、脱出できたのが一年後だったりしたら笑えない。


 無事だったとしてもその頃にはすっかり野人みたいになっていそうだ。なので拠点となるゴンズの木を転々と変えながら森を移動し続けて脱出を目指すことにした。要は行き当たりばったりということである。


 寝床に戻ってきたナギはさっそく移動のための準備を始めた。枝にぶら下げておいたややくたびれたタオルと水がたくさん入ったペットボトルをリュックサックに入れる。数日前に小さな湧き水を見つけたので飲み物には困らないですんだ。


 他にも周辺で採集した果物などの食料がいくつか入っているのを確認する。スナック菓子はすでに食べ尽くしてしまったので袋だけの状態だ。


 準備が終わったナギはリュックを背負い最後に剣を持つと木から地面へと降りる。


「まずは次の寝床探しが最優先だけど、あとは川か湖でも見つけたいよな」


 ナギがジャージに鼻を近づけるとけっこうきつい汗の匂いがした。身体の汚れは水をタオルに含ませて軽く拭いている状態だ。小さな湧き水では身体や衣服を洗うような余裕はなく、どうしても飲料用への使用が優先されてしまうので仕方がない。もっと大量の水を発見する必要がある。


「あとは手に負えないような化け物が出てこないことを祈るか」


 ナギはそう言うと薄暗い森の中を歩き始めるのであった。

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