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63 弔い

 数日後、ナギたちはセントリース市の共同墓地を訪れていた。規則正しく並んでいる無数の墓標の間を歩く。


 やがて三人は『ヘイデン・トラヴァーズ』と彫られた墓標を見つけると立ち止まった。石でできた墓標の前には多くの花束が置かれてある。仲間だったヴィクトルやクランの後輩たちにアマネなど交流のあった人間が置いたものもあるようだ。彼が『銀の狼牙』の一員としてセントリースで活躍していた過去を垣間見た気がした。


 墓標には銀色の牙を模した鎖付きの紋章がかけられてあった。これはヘイデンの持ち物の中にあったそうだ。彼が使っていた剣も棺の中に一緒に入っている。


 シオンが用意した花束を捧げるのをナギとフィリオラが背後から見守る。しばらく黙祷してから目を開けると、目の前の少女は膝を折ったまま長い間静かに祈り続けていた。


「さ、戻りましょ」


「おう」


 三人は元来た道を戻りはじめる。


「そうそう。ヴィクトル団長が近いうちに遺灰をヘイデンおじさんの故郷に持ってくそうよ。国の許可も取れたみたいだし」


「さすがに行動が早いな」


「おじさんの遺言でもあるし、できるだけ早く妻子と一緒に眠らせてあげたいんだって。距離はあるけど仕事に絡めて向こうまで行くそうよ」


 現在はこの墓標の下に眠っているヘイデンだがいずれヴィクトルによって故郷まで運ばれることになるのだ。


「他の方たちもお墓を用意してもらえてよかったですね」


「そうだな。あんなことをしでかした連中だけど、墓にも入れないんじゃさすがに不憫だしな」


 ヘイデンだけでなく死亡した傭兵団の連中は皆この共同墓地に埋葬されていた。いずれ彼らの関係者の誰かが引き取りに来るかもしれない。


「隣国からの追撃部隊はもう帰ったんだよな」


「みたいね。傭兵団の遺体を確認したらさっさと戻っていったそうよ」


 彼らを派遣した貴族の目的は傭兵団の完全抹殺だ。それを果たしたらもう用はないのだろう。遺体の扱いに関してもセントリース側に一任するとのことだ。


「セントリースも情報開示の遅れなどで抗議したみたいだけど、連中を派遣した貴族は形だけの謝罪を記した書状を寄越したそうよ」


 今更だが連中がもっと早くセントリース側と協力体制を構築していれば、街中が戦場になることや学校が占拠されることを防げたかもしれないのだ。


 ただ、国としてもあまり大事にはしたくないのでこの件に関してはこれ以上どうこうするつもりはないようだ。結果的に市民に犠牲者が出なかったから穏便に済ませることができたというのもある。


「それはそれとして……あんた」


「なんだ?」


 共同墓地の入り口辺りまで来るとシオンがこちらを窺うように見上げてきた。


「……その、最後におじさんと約束してたことだけど」


「それがどうかしたのか?」


「……やっぱり何でもない」


 ナギが不思議そうな表情をすると、シオンは顔を戻してなにやらぶつぶつと呟く。


「……よくあんなことをあっさり約束できるっていうか、しかもこいつは本気で言ってるんだろうし……」


 声が小さいので聞き取りづらいが何か文句を言っているようにも聞こえる。


「結局、何なんだよ?」


「何でもないってば。それより予定通りあんたたちの泊ってる宿にお昼御飯を食べにいくわよ。けっこう評判いいみたいで気になってたし」


 シオンは怒ったような早口で言うと強引に話を打ち切る。


 触らぬ神に祟りなしとばかりに肩をすくめるナギの隣でフィリオラがくすくすと笑っていたのだった。






 以前から約束していたとおり、ナギとフィリオラが普段泊っている宿屋にシオンを案内して共に昼食を食べ始めたのだが、そこで予期せぬことが起きていた。


「それで、何であんたらがここにいるんだ」


「よう、奇遇だな」


 ナギたちが食事を摂っているすぐ隣のテーブルにごついおっさんと知的な女性がやってきたのだ。『銀の狼牙』の団長ヴィクトルと副長のヒルダである。彼らは椅子に腰掛けると普通に宿のスタッフに定食を注文していた。


「いや、どう考えても偶然じゃないだろ」


「はっはっは。冗談だ、冗談。お前さんと神官の嬢ちゃんに話があってきたのさ」


「わざわざここで話さなくても……」


 丁度お昼時なので宿の食堂は多くの人間で賑わっていた。ほとんどが学生だが外部の客も何人か混ざっている。そして彼らはちらちらとこちらを窺っており、どこからか『銀の狼牙』という単語も聞こえてきた。有名クランのトップとナンバーツーに知名度の高いシオンも揃っているのでやはり目立っているようだ。


「この宿のオーナーは昔冒険者をしていて俺とも顔馴染みなんだ。普段は忙しいからなかなか来ることができないんだが、今日はたまたま暇ができたんでな。話がてら食べにきたのさ」


 水差しからコップに水を注いでうまそうに飲むヴィクトルを眺めてからシオンに目をやると彼女も二人が来訪することは知らなかったようで軽く首を振った。一応、ヒルダにも視線を向けると素知らぬ顔でこちらも水を飲んでいる。私は付き合わされただけだと言わんばかりの態度だ。


 水を喉に流し込んで一息ついたヴィクトルはナギとフィリオラに向き直った。


「とりあえず礼を言いたかったんだ。ヘイデンの頼みに付き合ってくれてありがとうよ。最後まで自分勝手な野郎だったが、お前さんたちのおかげでやつも少しは救われたんじゃないかと思う」


 そう言ってヴィクトルは頭を下げたあとに少し寂しそうに呟いた。


「……ただ、かつて同じ釜の飯を食った戦友だったんだから、できれば俺らをもっと頼ってほしかったけどな。あんな安らかな表情で逝きやがって。本当に勝手なやつだぜ」


 どこか遠い目をするヴィクトル。彼の脳裏にはシオンの父やヘイデンとともに冒険していた頃の記憶が流れているのかもしれない。


 そんな彼を黙って見つめていると、ヴィクトルはもう一杯水をついで勢いよく呷る。すると次にはもうがらりと表情が変わっていたのだった。


「さて、湿っぽい話はここまでにして、今度はお前さんの話といこうか」


「は? ……俺?」


 意味が分からず問い返すと『銀の狼牙』の団長はにやりと笑った。


「またお前さんのことをうちのクランに勧誘しようと思ってな」


「勧誘って、この前ちゃんと断ったし、あんたもそれで納得したはずだろ」


 確か気長に待つとか言っていたはずだ。あれからそんなに経っていない。というかついさっきまでのシリアスな雰囲気は何だったのだろうか。


「先日の学校占拠事件でお前さんが百戦錬磨の傭兵たちを倒したことは耳聡いやつなら知ってるだろう。更に注目度が上がったと見ていい。だから俺もうかうかしていられないと考え直したんだ」


「だからって早すぎだろ」


「今回のことでお前さんのことをますます気に入ったのさ。ヘイデンもお前を認めていたみたいだしな。あいつが娘のように思ってたシオンを託すなんぞよほどのことだぜ。どうだ? 将来お前とシオンが『銀の狼牙』を引っ張っていくなら俺も安心してクランを任せることができるってもんだ」


「おい、勝手に決めるなよ」


 放っておいたらどんどん話が進んでしまいそうだ。これくらいの強引さがないとクランの団長は務まらないのかもしれないがこっちとしては迷惑な話である。


「神官の嬢ちゃんもどうだ? たしか教会の許可が取れれば冒険者として活動できるんだよな。お前さんも実力や度胸は申し分ない。一緒にうちに入らないか。きっとルイサのやつも喜ぶだろうよ」


「あはは……」


「人の話を聞けよ、おっさん!」


「おお、だいぶ砕けてきたじゃないか。こうやって相互理解を深めていきながら少しずつ真の仲間になっていくんだ! はっはっは!」


 ちゃっかりフィリオラまで勧誘しはじめたヴィクトルに抗議してもどこ吹く風である。


 助けを求めるようにヒルダに顔向けると彼女は申し訳なさそうに首を振った。


「すみません。団長は目をつけた相手にはけっこうしつこいんです。面倒かもしれませんが適当に相手をしてあげてくれませんか。それとうちが接触している事実が広がれば勧誘合戦もだいぶ抑えられるでしょう。ですから全く利点がないというわけでもないので……」


 そう言ってそっと目を逸らすヒルダ。この件に関して副団長殿は役に立たなそうだ。


 周囲ではナギが『銀の狼牙』から勧誘されたからか更にざわめきが大きくなっている気がする。まさかとは思うがこうやってじわじわと既成事実化させていくつもりではないかと邪推してしまう。


 普段寝泊りしている場所ではできるだけリラックスしたいので余計な注目を浴びるのはよろしくない。これは本気で引っ越すことを検討した方がいいのかもしれないと思うのだった。

これにて第二章は終了です。お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、少し微妙の所が有る。話に拠ると、白仮面部隊と戦う理由が有っても、主人公一行とおじさんはお互いを潰し合う理由が全然無さそう。。。おじさんの自殺願望は一応理解できるけど、自分ではなく主人公…
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