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62 最後の召喚

 仮面の男がくれた地図に記された場所にくるとそこには工場のような建物があった。警戒しながら建物の中へと入り、薄暗い内部を慎重に進むも魔物による妨害などは一切なかった。


「……来たか」


 結局一体の魔物にも出会わずに建物の最奥までくると、広い大部屋の奥の椅子にヘイデンが座っていた。部屋のあちこちにはろうそくが立てられていて、ぼんやりとしたいくつもの光が部屋を照らし、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


 シオンが一歩前に出てヘイデンと正面から向き合う。


「……ヘイデンおじさん。ヴィクトル団長はおじさんの力になろうとしています。だから……」


「悪いが説得は無駄だ。『銀の狼牙』であっても大人しく捕縛されるつもりはない。あいつのことだ、元仲間を見捨てたりはしないだろう。それでもヴィクトルの世話になるつもりはないし、あの陰険な貴族の前で処刑されるつもりもない」


「そんなことはさせません! 難しいかもしれないけど、おじさんの減刑を勝ち取ってみせます!」


「正論や常識が通用するような相手じゃない。あいつらの目的は邪魔な傭兵団の抹殺なんだ。どんな手を使ってでも最後のひとりである俺を始末しようとするさ」


 ヘイデンは立ち上がると腰の剣帯から剣を抜き放つ。


「何を言われようが俺は従うつもりはない。俺を捕縛したければ力づくでこい。こうなることは予想できただろう」


「……そうですね。団長も言ってました。おじさんの性格からして大人しく捕まったりはしないと」


 槍を握りしめて構えるシオン。ナギもその横に並ぶように立ち、背後ではフィリオラが援護すべく『閃光の魔弓』を取り出す。


「三対一だけど魔物は召喚しなくていいのか?」


「心配するな。とっておきのを召喚してやる」


 そう言うとヘイデンの足元で魔法陣が輝き出した。魔力が活性化して召喚する魔物を呼び出すための門が開く。


 召喚の最中にナギたちは手を出したりはしなかった。ヘイデンを正面から負かさなければ意味がないからだ。


 やがて召喚術士の前に巨大な魔法陣が出現すると異変が起こった。急に顔を歪めたヘイデンが胸を押さえながらよろけたのだ。


「おじさん!?」


「待て、シオン!」


 慌ててシオンが駆け寄ろうとするもその腕をナギが掴んで止める。ヘイデンの前に出現した魔法陣から禍々しい気配が這い出ようとしていたからだ。大きな影が徐々に実体化していく。


「……こいつは本来呼ぶことのできない高位の魔物を己の生命力と引き換えに召喚するスキルだ」


「あんた、もしかしてはじめからこうするつもりだったのか」


「ああ。傭兵稼業で汚れ仕事にも手を染めた俺だがこれでも戦士として育てられた身だ。娘を失ってから最後は戦いの中で死ぬと決めていた。かといって追っ手に殺されるのはごめんだ。最初に駆けつけたのがお前らでよかったよ」


「そんな……」


「それに……もう俺も疲れた。死に場所をずっと探してたんだ」


 声を失うシオンの前で立っているのも辛くなってきたのかヘイデンは膝をついた。スキルによって急速に生命力を失っているのだ。たとえ今から止めてももう間に合わないだろう。


「……すまんな、シオン。最後に俺のわがままに付き合ってくれ。お前らは『銀の狼牙』のメンバーじゃないみたいだが巻き込んで悪かったな」


「いいさ。これも乗りかかった舟だ。最後までちゃんと付き合うさ」


「はい。私も一緒に戦います」


「……助かる」


 命を燃やして最後まで戦士であろうとする男に対してナギは太刀を構えフィリオラも魔力の矢を番える。


 そのやり取りを見ていたシオンは目端に浮かんだ涙を拭うと槍を構え直した。


 そんな彼女を見てヘイデンはかすかに笑みを浮かべる。


「俺の生涯において最後にして最強の召喚獣を倒してみろ」


 戦闘態勢に入る三人の前にはすでに召喚された魔物が実体化を終えてその姿を顕現させていたのだった。






 魔法陣から現れたのはナギの倍くらいはありそうな大きなリザードマンだった。身体の各所に金色の鎧を装着し、両手には鋭く反り返ったギロチンのようなシミターを持っている。


「こいつは……」


「リザードマンキング。一族を支配するリザードマンの王にして最強の戦士。本来は高位冒険者数人で相手にするようなやつよ」


「クイーンの次はキングか」


 王と名乗るだけあって威厳に満ちた雰囲気を纏っている。以前遭遇したトロルクイーン同様かなり厄介そうな相手だ。全身から発散させているプレッシャーはかつて戦った悪魔のそれに近い。


 リザードマンキングは辺りをゆっくりと見回した後に正面にいるナギたちを睥睨して咆哮を上げた。


「来るぞ。俺とシオンが前に出て戦う。フィリオラは後ろから援護を頼む」


「分かったわ」


「任せてください!」


 二人の声を聞きながらナギは太刀に<強化>のスキルをかける。通常の攻撃ではたいしたダメージは与えらないだろう。最初からスキルを使った攻撃で戦う必要がある。


 ナギとシオンはそれぞれ左右からリザードマンキングに迫る。間合いに入ったナギが鋭い斬撃を浴びせ、シオンも空を切るよう音とともに槍を高速で突き出した。


 しかし、蜥蜴の王は両手に持った剣で同時に受け止めてみせたのだ。渾身の一撃だったにもかかわらずその巨体は揺るぎもしなかった。逆にこちらの武器を弾きながら腕力を生かした攻撃を繰り出し、すぐに避けるも凄まじい攻撃で風圧が顔面を叩く。


 一旦距離を取ろうとすると敵が突進しながらシオンを追撃していたので援護のために<風刃>を叩きつける。後方からはフィリオラが魔力の矢をいくつも放って追撃を阻止した。


「二人ともありがと。助かったわ」


「半端ない相手だな」


 無事二人のもとまで戻ってきたシオンにナギは肩をすくめる。足止めのためで全力ではなかったとはいえ、ナギとフィリオラの遠距離攻撃は敵の一振りによって全て消滅させられたのだ。リザードマンの頂点に立つ王の実力は伊達ではない。


「あいつの一撃一撃が必殺になりうる威力だ。機動力を使いながら隙を探り、機会が訪れれば全力の攻撃を叩き込む」


「そうね。出し惜しみなしでいくわよ。三人がかりなら十分勝機はあるはず」


「私もチャンスがあれば最大魔力の矢で攻撃します!」


 ナギとシオンは再びリザードマンキングに挑むべく駆け出し、フィリオラが牽制のための光の矢を放つのだった。



 ☆ ★ ☆



 三人の若者がリザードマンキングと戦っているのをヘイデンはかすみつつある視界で眺めていた。もう先は長くないだろう。一秒ごとに命の水が零れ落ちていくような感覚がある。だが死ぬことは怖くない。ようやく妻と娘のもとにいけるのだから。


 ヘイデンが最後に使用したスキルは一度発動すると生命力が尽きるまで解除はできない。逆にいえば死ねば勝手に解除されて魔物は送還されるのだ。おそらくあと数分といったところだろう。


 だから彼らが命懸けで戦う必要はない。彼らももしかしたら気付いているのかもしれないが、どちらにせよヘイデンのわがままに付き合ってくれていることに感謝していた。


 三人はリザードマンキングと互角以上の戦いを展開していた。当初は蜥蜴の王が両手の剣を駆使して繰り出す猛烈な攻撃に押され気味だったがすぐに対応しはじめたのだ。もっとも驚きはない。彼らなら倒せるだろうという確信はあった。


 ナギと呼ばれていた少年は高速移動する技で攻撃を避け、シオンは符術による重力軽減で舞うように動きながら敵を翻弄する。二人が少し態勢を崩しても後方支援に徹している金髪の少女が正確な射撃で援護する。彼らの息の合った連携は見事の一言であった。


 徐々にリザードマンキングが劣勢へと追い込まれていった。鎧の一部が剥落して身体に生傷が増えていく。フラストレーションが溜まっているのか、イラついたように反撃するも大振りになってしまい逆に隙をつかれてしまう始末。もはや勝負がつくのは時間の問題であった。


 そしてリザードマンキングの動きが鈍ったところで金髪の少女のこれまでで最も輝きの強い矢が肩にヒットした。鮮烈な一撃を受けて苦痛の咆哮とともに動きが止まる。


 このチャンスを逃す二人ではない。ナギとシオンは申し合わせたようにそれぞれ武器を構えて駆け出す。


『はああああああ!!』


 一瞬で間合いを詰めた二人の気合の声が重なり、ナギはウォーカーを倒した時よりも更に強烈な風を纏った一撃を繰り出し、シオンが<閃突>と呼ばれる突きの威力を増幅させるスキルを叩き込んだ。


 強烈極まりない二つの攻撃を同時に食らったリザードマンキングは成す術なく肉体を破壊されると力なく崩れ落ちる。


「……お見事」


 息絶えたことによって魔物が送還されていき、強敵を打ち倒した若者らを見つめながらヘイデンは賞賛の言葉を口にするのだった。



 ☆ ★ ☆



「……おじさん」


「……見ていたぞ。たいしたやつらだ。最後にいいものを見れた」


 壁にもたれかかりながらヘイデンがかすかに笑う。その顔は土気色でもはや生気が消えかかっていた。


「……シオン。ヴィクトルの野郎に伝言を頼みたい。いつでもいいから、もし俺の故郷に立ち寄ることがあったなら俺の遺灰を妻と娘の墓標に葬ってほしいと。こんなことを頼める身ではないかもしれんが……」


「必ず伝えます。それに団長もきっと応えてくれますよ」


「……そうだな。あいつや後輩どもに伝えてくれ。迷惑をかけた。そして感謝しているとな」


 ヘイデンは光が失われつつある目をナギに向ける。


「……こんなところまで付き合うお人よしなお前さんにもひとつ頼みたい。シオンは俺にとってかつての相棒の忘れ形見であり、もうひとりの娘みたいなもんだ。シオンは成長して強くなった。だが、もし彼女が危機に陥ったときは守ってやってくれないか。お前になら安心して任せられる」


「もちろんだ。その時は絶対に駆けつけて助けるよ」


「頼む……」


 そう言ったきりヘイデンは動かなくなった。激動の人生を生きた召喚術士は永遠の眠りについたのだ。ただその死に顔はとても穏やかであった。


「おじさん……!」


 シオンが両手で顔を覆って泣き崩れ、隣ではフィリオラが膝を折って鎮魂のための祈りを捧げる。


 ナギはシオンの肩に手を置きながら、ヘイデンが天国で妻子と再会できるよう願うのだった。

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