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60 人生の終着点

 夜のセントリースの街をナギたちは駆け回っていた。他のメンバーにはシオンとフィリオラがいて三人一組で行動している。目的は追っ手よりも先にヘイデン・トラヴァーズを確保することだ。


 ナギは『銀の狼牙』団長ヴィクトルの依頼を正式に受け入れてフィリオラも同行することになった。シオンはクランの一員でありなによりヘイデンを助けたいという動機がある。このメンバーは編成分けをしていたヒルダが決めた。


 現在、この街では多くの人間がヘイデンの行方を追っている。ナギとフィリオラを含めた『銀の狼牙』の面々に警備隊、そして隣国の貴族が組織した追撃部隊だ。他にもヴィクトルが何人かの協力者を雇って捜索を手伝ってもらっているそうだ。


 三人は闇雲に街中を探し回っているわけではなく、いわゆるスラム街と呼ばれる地区をしらみつぶしに探していた。ヘイデンが学校から逃走する際に召喚した魔物は飛行できるわけではなく滑空するタイプでそこまで遠くには行けない。


 それに昼間に空を移動していればかなり目立つので追跡はそこまで難しくない。警備隊及び追撃部隊がしっかりと後を追いスラム街あたりに降下したのを確認していた。彼らはすぐさま包囲網を敷き、下水道にも逃げ込めないよう監視していた。


 スラム街は身を隠したい人間にとっては格好の場所だろう。なんせ怪しげな人間が日夜を問わずうろついているのだ。空き家や廃墟も多いので尚更隠れるのにうってつけだった。


「なんか迷路みたいな区画だな。けっこう広いみたいだし、この中から探し出すのは骨だな」


「ある程度潜伏していそうな場所や建物などをヒルダさんが絞ってくれましたけど、それでもかなりの数がありますからね」


 薄暗い路地の奥を覗き込みながらフィリオラも頷く。路地の脇にはごみが散乱していたり、何なのか分からない染みがあちこちについていてかなり不衛生だ。他にも無許可であろう怪しげな露天商が軒を連ねていたり、目付きの悪い男たちをそこかしこで見かける。実際、犯罪の温床になっていて一般人はあまり近寄らない場所であった。


 道中でこちらに絡んでくる連中も当然いた。まだ若い男女三人組なのでいいカモだと思われても不思議ではない。もっともナギが星霊術をぶち込みシオンが高速で槍を突くとみな速攻で逃げていった。


「あのおっさん、やけになって街中で魔物を召喚して暴れたりしないだろうな」


「追い詰められてもおじさんはそんなことする人じゃないわよ。無関係な人間を無闇に傷つけたりはしない」


 そういえばソードボアの件でも街道から外れた場所で通行人に被害はなかったし、学校占拠においても魔物が生徒を傷つけたという事実はなかった。それにフィリオラの話だと反抗して捕まったルイサに助け舟を出してくれたらしい。


「あんたもよくこの依頼を引き受けたわね。ここまで付き合う義理はないのに」


「一応、あのおっさんには助けられたからな。もし追っ手に確保されたら死刑は確実なんだろ。それはちょっと寝覚めが悪いってだけだ」


 学校を占拠した傭兵の一味には違いなく、フィリオラやルイサを含めた生徒たちを危険な目にあわせた。そのことについて理由はともかく同情の余地はない。ただ、ナギを助けれてくれた時にフードの奥に見えた瞳は荒涼としつつもこちらを案じる温かみを感じた。少なくとも根っからの悪人ではないと思う。


「それに純粋にシオンさんの助けになりたいんですよ。私も同じです」


 後ろをついてきていたフィリオラが微笑みながら言い、シオンがちらっと視線を向けてくる。


「……お前とアマネさんには世話になってるからな。しかも報酬も貰えるってんだからこれくらい付き合ってもいいさ」


「……そっか。ありがと」


 柔らかな笑みを向けるシオン。普段ほとんど見せない笑みにナギはそっと目を逸らした。いつもは凛々しい彼女に急にそんな表情をされるとちょっと調子が狂う。


「けど、俺たちが先に確保したからといって死刑を免れるのか? 結局その貴族に引き渡すことになるんじゃないかと思うんだが」


「団長も言ってたけど時間稼ぎにはなると思う。彼らにも弱みがあるし」


 指名手配をかけた貴族は当初セントリース国内に追撃部隊を派遣したことを通告していなかった。人知れず秘密裏に始末する予定だったのだろう。


 しかし、傭兵たちを逃した上に大量のソードボアを相手にしなければならなくなったことでその目論見が崩れる。街道から少し外れた場所だったとはいえ、放っておけば通行人に被害が及ぶのは時間の問題であり、そうなれば下手すれば国際問題になってしまう。なので渋々セントリース側に事情を打ち明けてソードボア討伐を依頼したというわけだ。


 もちろん凶悪な指名手配犯が入国したことで警備隊が動き出すことを容認せざるを得なくなった。セントリース市街に入ったことを掴むと合同で捜査に乗り出すことになる。それでもどちらが先に捕まえるか競争のような様相を呈していたらしい。


 ヴィクトルの話ではその貴族も隣国ではだいぶ影響力があり、かつ傲岸不遜な人物らしい。それでも魔物の大量発生に学校占拠の事件まで発展した手前、あちらもさすがにそこまで強くは出られない。しかも隣国の王族にも話を通さずに行った可能性が高いとのことだ。


「確保が成功したら団長はヘイデンおじさんをセントリースに留めるように仕向けるようね。こちらでも事件を起こしたわけだからセントリースの法でも裁く必要があるし、それまでに相応の時間がかかるはず。その間に隣国での罪が本当なのかあらゆるコネを総動員して徹底的に調べるみたい」


「かなり険しい道のりだなそれは」


 他国の事情に首を突っ込むのは簡単なことではない。それに貴族側からの妨害も考えられる。いくら『銀の狼牙』が一流クランで協力者がいるとしても減刑を勝ち取るのは厳しいだろう。


 ただ、それでもかつての親友を助けるためなら労を惜しまないのだろう。どれだけ大変なことだとしても。


「なあ、ヘイデンはどんな人だったんだ?」


「……そうね。あまり喋る方でもないし表情豊かではないけど優しくて気の利く人だったかな。仲間を大切にしていて皆からも信頼されてた。若い頃の父や団長は戦闘で勢いのままに突撃するようなタイプだったけど、それは後方から冷静にフォローしてくれるヘイデンおじさんがいるからだって聞いたことがある」


「いいパーティだったみたいだな」


「他にも何人かいたけど、彼らは固い絆で結ばれていて、お互いの背中を預けることのできる真の戦友だった」


 そんな彼らを見て憧れる気持ちも分かる気がする。


「シオンも彼らとよく会話してたのか?」


「仕事が終わった後なんかに家に寄っていくことがあったからそこでよく話したかな。今日はどんな冒険をしたのかよくせがんでたものよ。あとたまに稽古もつけてもらってたし。ヘイデンおじさんは剣も使えるから、よく打ち込みの修行に付き合ってもらってた」


「そういえば剣を使ってましたね。多くの魔物を召喚できますし、ひとりでも大勢を相手に戦えそうです」


「優秀な召喚術士は軍隊にも例えられるからね。おじさんは小隊規模の魔物を統率しながら時に自ら前線で剣を振るうこともあったの。だから『銀の狼牙』では前衛から後衛までこなしてたし、魔物を使った斥候や陣地の防衛までやってたみたい」


「そう考えると本当に凄い人ですよね」


 フィリオラが感嘆の声を漏らす。これだけ色々なことができるのだから冒険者以外でも雇ってもらえるところは沢山ありそうだ。


「だから、私も尊敬していたおじさんと敵対する日がくるなんて思いもしなかったかな」


「シオンさん……」


 カツカツとブーツの音を立てながら前だけを見て歩くシオン。その横顔からは彼女の心境は読み取れない。怒り、悲しみ、迷い、やるせなさ、あるいはそられ全てなのかもしれない。


 ただ、その決意に満ちた視線は何をするべきなのかをしっかりと定めていた。仮に確保できてもうまくいくかは分からない。それでも今は先の心配をするよりも一刻も早く彼の元に辿り着くことが先決なのだから。


 そして、ナギとフィリオラはそんな彼女とともに戦うためにここにいるのだった。



 ☆ ★ ☆



 スラム街にある元は何かの工場だったらしい廃墟の一室にヘイデンはいた。


 随分前から誰もいなくなって久しいようで石でできた壁がぼろぼろになっている。かつて使われていた机や椅子、仕事道具のようなものが床に埃をかぶって散乱していた。


 この場所に逃げ込んでからヘイデンはこれまでの人生を走馬灯のように振り返っていた。逞しい戦士になるよう鍛えられた幼少時。世話になっていた貴族に仕えることを望んでいた両親のもとを飛び出して冒険者になったこと。荒削りだが才気と人を魅了するカリスマを持った若かりしシオンの父親とたまたま組むことになり、時に対立しながらもヴィクトルなど徐々に仲間を増やしていきながら信頼できるパーティを構築していったこと。そして最愛の女性と出会い、故郷に帰ってから宝である娘をもうけたこと。両親は既に亡くなっていたものの幸せな人生だった。


 それが妻に先立たれ、娘を理不尽な仕打ちで亡くして以降、ヘイデンは生きる目的を失い、これまで抜け殻のように生きてきた。全てを捨てて再び故郷を出ると、傭兵となって日銭を稼いで暮らすだけの無味乾燥な日々を過ごす。


 冒険者として復帰しなかったのはかつて『銀の狼牙』で過ごした思い出を汚したくなかったからだ。かつての雇い主が自分に謝罪したがっていると風の噂で聞いたが戻る気にはなれなかった。


 世界中を流れていくうちに傭兵団『レネゲイドクラブ』に拾われることになる。団長のウォーカーから熱心に誘われて入団することになったのだ。後に酒を飲みながら聞いた話だとヘイデンの噂をたまたま耳にしたから声をかけたのだという。


 『レネゲイドクラブ』はかつて所属していた場所でトラブルを起こして追放されたり逃げ出したものばかりで構成されていた。リーダーのウォーカー自身もかつては騎士隊長を務めるも、高圧的な貴族から部下を守るために暴力を振るってしまい、地位を剥奪されて国から追放されることになったのだ。だからヘイデンの境遇に共感したのだろう。


 その後いくつもの国で仕事をこなし、やがてルートリンデ王国のとある大貴族に雇われることになる。だがこれが失敗だった。傭兵は仕事柄使い捨てにされるのは珍しくないが、あろうことかヘイデンたちも知らぬ罪を着せられて追われることになったのだ。


 ただ百戦錬磨の傭兵団は数人を失うも包囲網を突破し、その後の追跡もかわして逃げ続けた。やがて一行はシルヴィアナ大森林を踏破してセントリースに不法入国することになる。ヘイデンとしてはかつての知り合いが多くいる国なのであまり乗り気でなかったもののこの際仕方なかった。


 しかし嫌な予感は当たってしまう。何度もの襲撃を受けて市街に入ると追い込まれた挙句に学校を占拠する羽目になってしまった。そこでかつての親友の娘であるシオンと再会することになったのだ。


 シオンの姿を一目見てすぐに気付いた。学生服を着ていたとはいえ、かつてセツナが使用していた槍を構えてこちらを鋭く見据える姿は、幼き日に彼女に稽古をつけていた時の姿と重なったのだ。別れてから十年近く経ち美しく成長した彼女はセツナやアマネの容姿を引き継ぎながらも眼差しは父に似ていた。


 傭兵仲間が次々と倒れ、追っ手から逃れるためにあらかじめ召喚しておいた魔物で逃走したが、シオンはかつて慕っていたヘイデンを見てどう思っただろうか。困惑していたが失望の色は見られなかった。何があっても仲間を見捨てなかった父と同様にヘイデンを救うつもりなのかもしれない。


 現在、スラム街に密かに放った魔物たちからの情報によって多くの人間がヘイデンを探していることは知っている。隣国からしつこく追ってきた刺客、警備隊、『銀の狼牙』の冒険者たち。団長を継いだヴィクトルやかつての後輩の姿も確認できたので間違いないだろう。森で出会った少年や人質の中にいた少女もいた。彼らはおそらくこちらを捕縛して力になるつもりなのだろう。


 だがヘイデンは彼らの世話になるつもりはなかった。かつての古巣が追っ手を差し向けた貴族と相対することになれば『銀の狼牙』でもだたでは済まない。自分のために彼らに大きなリスクを背負わせることは耐え難いことだった。それにどのみち死を免れないなら生き恥を晒すつもりもない。


 行き着く先がこの街だったのも運命だったのかもしれない。娘を失った日からいつ死んでも構わなかったヘイデンにとって成長したシオンやかつての仲間を一目見られたのは幸運であった。大事なものを失ってしまった自分にとって、眩く輝いていた青春時代の象徴である『銀の狼牙』のその後を直に確認できたのだから。


 薄暗い部屋で椅子に座っていたヘイデンは目をゆっくりと瞑る。彼は人生の終着点が来たのだと悟り、全てを終わらせるためにその時を静かに待つのだった。

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