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57 予期せぬ再会

 ナギとシオンは人質のいる会議室目指して廊下を走っていた。中央棟に入ってからはペースを落として慎重に進む。


「こうやってあんたと一緒に走ってると地下遺跡のことを思い出すわね。あの時もフィリオラを助けるためだったんだけど」


「それもずいぶん前の出来事に思えるな」


 その後はすぐに中央学院の入学があったりとしばらく慌しい日々を送っていたのでそう感じるのだろう。


「それにしても用意がいいな。ちゃんと愛用の槍が入ったマジックポーチを持ってきてるんだから」


「常在戦場ってわけじゃないけど備えておいて損はないからね。こういう非常時に役に立つから。あんたもケビン君から剣を借りられたからよかったじゃない。もともと学校のものだけど」


「星霊術は遠距離攻撃が主体だし、手元に武器があると助かるよ」


 ナギの左手には鞘付きの剣があった。これはケビンから取り上げていた刺青の男が腰にぶら下げていたのを発見したので回収したのである。これからの戦いに必要になるかもしれないのでそのまま借り受けてきたのだ。鉄製の標準剣で出来は悪くない。


「そうね。おそらく残っている二人が傭兵たちの中で最も手強いだろうから、全力を出せるならそれに越したことはないわね」


 一部とはいえ傭兵たちの個人情報も警備隊はだいたい掴んでいたらしい。その中でも特に名のある人間が二人いるそうだ。そしてこれまで倒した四人にはいなかったので自然と残りがその二人ということになる。


「ひとりはウォーカーという名前で、傭兵団のリーダーにして剣の達人だそうよ。もうひとりは本名は不明だそうだけど『蛇使い』の二つ名を持つ召喚術士。こいつがリザードマンを召喚した張本人ね」


「リーダーってのはおそらくあの短髪の男だろうな。となると『蛇使い』ってのは……」


 脳裏にシルヴィアナ大森林で助けてくれたフードをかぶった男の姿を浮かべる。おそらくあの男で間違いない。


「そういえば、あんた森で連中と偶然出会ったんですって? 何気に危なかったんじゃない?」


「エドみたいなこと言うなよ。それよりこの前のソードボアが発生した事件と関係してるんじゃないか? あの時も召喚されたのが混じってたし」


「おそらくね。詳しい事情はまだ分からないけど『蛇使い』が召喚した可能性が高いと思う」


 つい最近蛇がらみの事件があって、ここにきて『蛇使い』という名前の召喚術士が現れたのはさすがにタイミングが良すぎる。


 会話しているうちに会議室の近くまでやってきた。階段の近くの角から顔を出して様子を窺う。二つある扉は閉まっていて、この角度だと窓から中を覗き込めないので室内の状況は分からない。


「どうする?」


「もちろん奇襲できれば一番だけど、相手は経験豊富な傭兵だから慎重に行くわよ」


「俺とシオンでそれぞれ残りの二人に奇襲をかけるってことだな。召喚している魔物がいた場合はどうするんだ?」


「状況にもよるけど、そっちはフィリオラとルイサに期待したいわね」


 短い打ち合わせを終えていざ動こうとした時だった。近い方の扉が唐突に開いて中から声が聞こえてきたのだ。


「……奇襲をかける必要などない。お前らの存在にはとっくに気付いてる。大人しく部屋に入ってこい」


 男の言葉にナギとシオンは視線を交わす。なぜ早々にばれたのか分からないが隠れている意味はもうない。二人は言われたとおり会議室へと警戒しながら入っていった。


 会議室は普通の教室の二つ分くらいの広さがあり、その奥に囚われた生徒たちが固まって座っていた。生徒たちの中にいたフィリオラと目が合い彼女はかすかに微笑む。その隣にいるルイサも手足を縛られているものの無事なようだ。


 そして生徒を見張るように二体のリザードマンが直立しており、更にナギたちの前に立ちはだかるように二人の男が佇んでいた。傭兵たちのリーダーである全身を鎧で固めた短髪の男と、森で助けてくれたフードを目深に被った静かな雰囲気を漂わせた男だ。


「なぜ気付かれたのか疑問に思っているようだな」


 フードを被った男が指を鳴らすと開けっ放しだった扉から一匹の小さな蛇が身体をうねらせながら入ってきたのだ。蛇は主人の足元までくると光に包まれて消えていった。役目を終えて送還されたのだろう。


「念のため会議室の近くに見張りを配置していて正解だったようだ」


 召喚術士はナギたちを見ながら呟く。用意周到に小さな蛇を気付かれないような場所に潜ませておいたのだ。


 こちらを観察していたリーダーのウォーカーが感嘆の眼差しを向けてくる。


「しかし驚いたな。侵入した上にここまで辿り着く人間がいるとは。誰一人戻ってくる気配がないところを見ると君らが巡回に行かせた四人を倒したと考えていいんだろうな。しかも君は森で遭遇した少年じゃないか」


「まさか警備隊やあいつら(・・・・)よりも先に制服を着た学生が乗り込んでくるとはな。正義感からか、あるいは人質になった知り合いでも助けにきたのか……。どちらにせよ蛮勇だとは一概に言えないだけの実力が備わっているのは確かだ。森でも俺たちを前にして気圧されなかっただけはある」


 召喚術士はナギから隣に立っているシオンに目線を移す。わずかに目を細めた気がした。


「……そして、そこにいる少女がシオン・エルフォードだ。冒険者クラン『銀の狼牙』の若き槍術士」


「ということは少年も『銀の狼牙』の冒険者だったのか。ならば部下たちを倒したのも頷ける。若くてもかの強豪クランのメンバーならばな」


 得心がいったとウォーカーが頷く。シオンと一緒に現れたので勘違いされているようだ。


 ここからどう仕掛けるか策を練っていると、ふと隣にいるシオンの様子が少しおかしいことに気づいた。


「……嘘。そんなわけが……」


 シオンは信じられないようという風に目を見開いていた。いつも気丈な少女には珍しく顔を蒼くして動揺している。彼女の視線は召喚術士に向いていた。


「もしかして……ヘイデンおじさんなの?」


「……久しいな、シオン。十年ぶりくらいか。背も伸びて見違えたよ」


 雰囲気をかすかに柔らかくしてヘイデンと呼ばれた召喚術士が返答する。会話から知己の間柄だと分かりナギも驚いた。


「知り合いなのか?」


「……かつて『銀の狼牙』に所属していた冒険者で父の親友だった人よ。まさかこんな所で再会するなんて」


 ヘイデンを見つめながら答えるシオン。相手は亡くなった父親とパーティを組んでいた冒険者で『銀の狼牙』の先輩に当たる人物だったらしい。二人の間に流れる雰囲気から親しかったことが窺える。


「どうしてヘイデンおじさんが傭兵に? それになぜ隣国で指名手配に……」


「……話せば長くなる。だがこの場では関係ないことだ」


 召喚術士の足元に魔法陣が輝くと新たに二体の武装したリザードマンが出現した。


「現在は敵同士だ。かつての戦友の娘だからといって容赦はしない」


 冷徹な眼差しに戻ったヘイデンは殺気を纏いながら召喚された魔物を一歩前進させる。


「ヘイデンおじさん……」


「お前も目的があってここまで来たのだろう。知り合いが相手ならその槍を収めるつもりか?」


 ヘイデンの言葉にシオンは表情を引き締めると槍を構えた。当初の動揺もおさまり気力が漲っている。敵が旧知の仲だからといって自分のすべきことを見誤るような人間が若くしてランク7の冒険者にはなれない。


「なるほど。お前が所属していた古巣の関係者か。俺たちの間で過去を詮索するのはタブーだから、かつて冒険者だったことくらいしか知らないが……」


 ウォーカーも腰元の鞘から長剣をゆっくりと抜き放つ。


「相手がかつての仲間の娘だからといっても心配は杞憂だったみたいだな」


「俺が手を抜くとでも思ったか? 見くびられたものだな」


「そうだな。お前はいつでも冷静沈着に仕事をこなせる男だ」


 二人の傭兵が臨戦態勢に入ったのを見てナギも借りた剣を正眼に構えた。立ち位置的にはナギが短髪のリーダーと、シオンが召喚術士と相対する形になっている。


「俺がヘイデンっておっさんとやろうか?」


「余計な気遣いは無用よ。むしろ私がヘイデンおじさんをとっ捕まえて詳しい事情を聞き出すつもりだから」


 さすがに知り合いが相手だとやりづらいと思ったのだがそんな配慮は必要なかったらしい。


 お互い二対二の状態で睨み合い、徐々に戦意が高まっていく。


 いつ戦闘の火蓋が切られてもおかしくない頃合になって、ウォーカーは力を抜くように後方に下がった。


「気合が入っているところ悪いが、そもそも俺たちは君らとまともに戦う必要はないんだ」


 長剣の切っ先を人質たちに向けるウォーカー。捕まっている生徒たちが一層怯える。


「こちらには何人もの人質がいる。部下を倒してここまで来れたのは大したものだが君らの行動は無意味だ。……さあ、大人しく武器を捨てて投降しろ。もし従わなければ、本意ではないが少々乱暴な真似をせざるを得ないな」


 生徒たちに剣を向けたままナギたちの行動次第では生徒に危害を加えることもいとわないと脅しの言葉を口にする。傭兵の様子からして決してハッタリではないだろう。


 それでもナギとシオンがうろたえることはなかった。そうくることは十分予測できたことだし、なにより人質の中には彼女たちがいるからだ。


 再びナギとフィリオラの視線が交わると、すぐさま神官少女が祈りのポーズとともに神聖術を起動させ、清らかな光が突如として教室を照らす。


「……これは!」


 何をしようとしているのかすぐに気付いたウォーカーがフィリオラを止めるために駆け寄ろうとする。


 しかし、そばに転がっていたルイサが両手を縄から解放すると、どこからか取り出した鉛筆を敵の顔面目掛けて投擲したのだ。どうやら密かに縄抜けを成功させていたらしい。


 近距離での攻撃にも咄嗟に剣を振るって対処されるも、そのわずかな時間稼ぎの間にフィリオラの<聖域(サンクチュアリ)>が発動した。光のベールが生徒たちを守るように展開され、近くで見張り役をしていたリザードマンが剣を振るうも結界はびくともしなかった。


「……してやられたな。まさか人質の中に神聖術士がいるとは。こうなれば仕方がない。直接武器を交えて決着をつけるしかないか」


 ウォーカーは長剣を構え直し、改めてナギたちと傭兵たちは対峙するのだった。

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