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55 舞風の槍姫

いつも誤字報告ありがとうございます。

 槍使いの男から強烈な殺気が放たれる。どうやらかなり怒らせてしまったようだ。背中の槍を構えながら腰を落として戦闘体勢に入る。


「小娘が調子に乗るなよ。俺があのまま冒険者を続けていれば、お前と同じランクかそれ以上になっていただろう」


「仮定の話をしてもしょうがないでしょ。いいからさっさとかかってきなさい」


「後悔するなよ!」


 男は猛然とダッシュして槍を一直線に突いてきたので振り払う。なかなか鋭く重い一撃だ。


 その後も突きだけでなく払いや斬りなどを効果的に使って攻めてきた。遠心力や重力を利用して槍の長所を存分に生かし、時折<強化>も混ぜてこちらの守りを崩そうとしてくる。自信家だけあって実力は本物のようだ。


 それでもシオンは全ての攻撃に対応してみせた。天才的ともいわれる槍捌きで徐々に主導権を握り、一瞬の隙をついて突きをお見舞いすると男は慌てて回避した。


 一度後方へと下がった槍使いの男は息がやや乱れた状態でシオンを凝視しながら唇を噛み締める。これまでの攻防で実力差を悟ったのだろう。


「……俺がこんな小娘に劣っているだと? そんな馬鹿なことがあるか!」


 再び槍を構えながら間合いを詰め、最後の一歩で地面を蹴ると空中から連続で高速の突きを放ってきた。<二連突>と呼ばれる槍術スキルは残像が発生するほどのスピードでシオンを襲う。


 しかし、その攻撃を予想していたシオンは腰を深く落とすと同じスキルで対抗した。視認するのが難しい二連撃を穂先で正確に合わせてみせ、二人の間に続けざまに火花が散りお互いのスキルの衝撃で間合いが開く。


 スキルを防がれた槍使いの男は茫然としていた。奥の手だった技が通用しなかったのがよほど衝撃的だったらしい。


 心理的にも優位に立ったシオンだったが槍使いは決して弱くはない。このまま打ち合えば倒すのに少々時間がかかるかもしれない。


「時間が惜しいから本気でいくわよ」


 こちらの雰囲気が変わったのを感じたのか槍使いの男が慌てて構え、シオンは腰のポーチから文字が書かれた札のようなものを取り出して指に挟んだ。


 シオンが魔力を込めると札が淡く輝き、そのまま軽く地面を蹴る。


 それだけで体重を感じさせない身軽さで槍使いの男との距離をゼロにしたのだ。シオンと男の目線が近距離で重なる。


 そのまま槍を突き出すとプレートアーマーの肩の部分が弾け飛んで肉を穿つ感触がした。槍使いの男は痛みに顔を歪めながらも懸命に距離をとる。傭兵として実戦を積んできただけあって咄嗟に身体をずらしたようだ。


 槍使いの男は驚愕の眼差しを向けるもシオンの攻撃は続く。羽根のように敵の周囲を舞い、隙あらば槍による苛烈な攻撃を繰り出した。


「どうなってんだよ!」


 反撃を試みようと槍使いの男が武器を振り回すが少女を捉えることができない。その様はまるで風のようだった。軽やかな動きで華麗なステップを踏み、それでいて攻撃に転じる時はさながら暴風のような荒々しい一撃を放ってくるのだ。男の傷が徐々に増えていく。


 あきらかな劣勢にもめげずに突きを放ってきた槍使いの男の頭上をシオンは軽々と飛び越えると、振り向きざまに払われた攻撃を避けながら石突を敵の胴体に叩き込んだ。プレートアーマーの中心付近にひびが入る。


 けっこうなダメージが入ったはずだが槍使いの男は痛みに顔をしかめながらも距離をとった。なかなかタフな男である。


「……もしかして、あんたが使ってるのは『符術』ってやつか?」


「へえ。知ってたの?」


「これでも戦闘を生業にしてるからね。元冒険者だし、クラスやスキルについての知識はそれなりにあるつもりだよ。それにしても凄腕の槍術士なうえに符術士でもあるなんてね。反則だろ……」


 男の推測どおりシオンの動きが劇的に変わった理由は『符術』と呼ばれる能力にあった。霊符と呼ばれる特殊な紙に様々な効果を発揮するための文字が書かれており、魔力を込めて使用するとスキルが発現するようになっている。この文字はシオンが手ずから書き込んだものだ。


 さっき使ったのは符術による<自重軽減>である。そのおかげで重力の鎖から解放されたシオンは高速移動が可能となり敵を翻弄したのだ。もちろん無限に効果が続くわけではないし、符術のスキルにしても全属性が使えるわけではなく適正のある属性しか発現できない。


 槍術を中心に符術を補助的に用いて戦うのがシオンの基本的な戦闘スタイルだ。槍術士とともに符術士の適正があったことが判明してからこれまでずっと鍛錬を積んできた。この強力なスタイルによって彼女は若くして高位冒険者の仲間入りを果たしたのだ。


 符術の中ではもっぱら重力系統を得意としていて、風のように舞う戦闘方法から『舞風の槍姫』という二つ名がついたのである。これは祖母セツナが『先読みの槍姫』と呼ばれていたことも関係しており、彼女の二つ名を一部受け継いだ形だ。


「悪いけど、これ以上体力回復のためのお喋りに付き合うつもりはないわよ」


「……やっぱり気付いていたのか。けどこのままやられるのは癪だからね、意地でも粘らせてもらう!」


 男は腰を落とすと地面を蹴って勢いよく向かってきた。また<二連突>を放つつもりのようだ。


 対してシオンは跳躍しながら迎え撃ち、間近に迫ってきた槍使いの男が見上げる。


「おおおおおっ!!」


 裂帛の声とともに<二連突>を上空に向けて撃つが、先程のようにシオンが同じスキルで相殺する気配がないのでわずかにその瞳に疑問が浮かぶ。


 高速の二連撃が空中にいるシオンに襲いかかるも、彼女は落ち着いて前もって準備していたスキルを発動させた。


「はああっ!!」


 男にも負けない気合の声を上げたシオンが槍を振り下ろすと、槍使いの男の<二連突>ごと相手を押し潰したのだ。もともと先程の石突きで脆くなっていた鎧がばらばらに砕け男は地面に叩きつけられる。周囲の床には亀裂が何本も放射線状に広がっており衝撃の凄まじさを物語っていた。まるでとてつもない圧力を受けたような有様だ。


 地面に叩きつけられた男は息も絶え絶えな様子で近づいてきたシオンを見上げる。


「……俺のスキルごと粉砕するなんて、何なんだよ今のは。……はは、あんたの二つ名もどうせ大袈裟に伝わってるんだと思ってたけど、これが本物の天才ってやつなのか。俺がどうあがいても勝てるわけないよな」


 最後に自嘲の笑みを浮かべると槍使いの男はそのまま気を失って動かなくなった。槍が手から離れてからからと音が鳴る。


 シオンが使ったのは<加重>のスキルだ。先程重力を軽減させたスキルとは真逆である。槍の周囲に重力を纏わせて振り下ろす問答無用の力技で敵を叩き潰したのであった。


 敵が戦闘不能になったのを確認したシオンは残心を解いて一息つく。この先も武装集団との戦いがあるので余力を残すために短期決戦に持ち込んだのだがうまくいったようだ。


 シオンはマジックポーチから縄を取り出して男を後ろ手に縛り上げた。これで二人倒したことになる。警備隊の話だと傭兵は全部で六人いるらしく、あと最大で四人残っていることになる。もし他にも校内を巡回しているやつがいるなら各個撃破して数をできるだけ減らすのが理想的だ。ただ敵には召喚術士がいるので魔物を呼ばれると厄介である。


 しかし人質の中にはフィリオラとルイサがいる。彼女たちとうまく連携できれば人質に危害を加えられることなく傭兵たちを打倒できるかもしれない。


 すでに傭兵たちはなんらかの要求を行っているはずだ。それを受けて警備隊の方針も定まってくる頃合だろう。生徒たちの安全を優先するはずだが強行突入する可能性もある。そうなれば捕まっている生徒に被害が出てしまうのでその前にかたをつけたい。


 シオンは槍を握り直すと渡り廊下から校舎に入ったのだった。

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[一言] シオンさんの新たな一面が見られた二人目撃破。
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