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54 三人目の侵入者

 ナギが体育館でローブの大男を撃破した頃、練武場の中央に佇んでいた少女はどこからか音が聞こえた気がして振り返った。紫がかった長いポニーテールが軽やかに翻る。


 セントリース中央学院の制服に身を包んだ少女ことシオン・エルフォードは愛用の槍を片手に持ったまま耳を澄ませる。しかしその後はとくに気になる音や動きは確認できなかった。


 先程、かすかに戦闘音のようなものが聞こえたが気がしたのだ。痺れを切らした警備隊が突入したわけでもなさそうでだし、もしかしたら他にも学校に侵入したやつがいるのかもしれない。


 真っ先に脳裏に浮かんだのは『渡り人』である黒髪の少年だ。人質の中にいるフィリオラを救出するためなら危険を顧みずに飛び込んでもおかしくはない。かつてシオンを助けてくれたように、出会って日の浅いフィリオラ救出のため悪魔という強敵に立ち向かったように。


 ナギ・テンドウという人物は打算などを働かせることもなく自然とそういった行動ができるようだ。母であるアマネが出会ったばかりの彼に全幅の信頼を置いたり、できるだけ力になってあげたいと考えるのは、この世界に身寄りがないからだとか祖母のセツナと同郷の人間だからだけではない。セントリースの議員を務めている母は人を表面上だけでなく内面を見る力に長けている。だから彼の性根を見抜いて信頼に足ると判断しているのだ。


 ナギはその辺の生徒と変わらず特に目立つような存在ではない。むしろ必要以上に目立つことや厄介ごとを嫌う性格である。なのにいざという時は驚くような行動力を発揮する不思議な少年であった。


 そして同年代ではほとんどいないシオンと互角以上に戦える強者でもあった。稀少な星霊術士であり、星霊術と剣術を併用するスタイルで自由冒険者の登録を早々に勝ち取り、この前は悪魔をひとりで打倒してしまった。平和な世界からやってきて実戦経験に乏しいというわりには著しい成長速度で、むしろこちらの世界にやってきたことで才能が開花しつつあるのだ。


 当然、事情を知る一部の人間からナギはマークされるようになった。シオンの所属する『銀の狼牙』の団長ヴィクトルもその一人だ。クランの最年少幹部であるシオンが事前に勧誘することを聞かされた時は納得したのものだ。それだけの実力と将来性があるからだ。


 ただシオンから話を聞いただけで実際に見定めてもいないのに、すぐに幹部として迎えてもいいと発言したのには驚かされた。まさに破格の待遇でそれだけ評価しているということだ。ヴィクトルもあれでけっこう人を見る目があると副長のヒルダも言っていた。


 もっともナギはあっさりと断っていたのでケビンなどは信じられないという表情をしていた。セントリースのNo.1クランである『銀の狼牙』からの誘いを蹴るなど普通の冒険者では考えられないからだ。性格的に金や名声などにあまり興味がないのだろう。


 おそらく他にも注目している人間は何人もいるはずだ。いずれ同じように声をかけられる可能性は高い。それに本人はトラブルに巻き込まれやすいような気がするので、否が応でも注目度を上げていく気がする。


 同時にまだまだ強くなっていくはずだ。まだ実戦経験が浅く、魔力量増加の鍛錬も始めたばかりで伸び代は計り知れない。


 うかうかしているとどんどん置いていかれるかもしれないと、シオンは脳裏に黒髪の少年を思い浮かべながら闘志を燃やした。まずは目の前の事件を解決することだ。


 練武中の床に視線を向けるとそこにはひとりの武装した男が倒れていた。先程この場で遭遇して倒したのだ。なかなかの錬度だったがシオンの敵ではなかった。間違いなく学校を占拠した武装勢力の一味だろう。現在は気を失っていて、マジックポーチに入れていた頑丈な縄で縛って転がしてある。


 武装勢力の素性もあらかた分かっている。学校を包囲しつつあった警備隊から聞いたのだ。本来なら関係者以外は漏らせない内容も『銀の狼牙』のメンバーであることが分かると教えてくれた。これまでも警備隊と共同で仕事をこなしたりと国の信頼も厚い一流クランだから特別に教えてくれたのだ。もっともそのまま学校に侵入するとは想像もしていなかっただろうが。


 倒れている男とその仲間は傭兵だという話だ。聞けばダーティな仕事も引き受けるらしい。セントリースの隣国で指名手配されシルヴィアナ大森林を経由して街に逃げ込んできたのだという。その後は警備隊に捕捉されて中等科に立て篭もったのだ。


 警備隊は人質となった生徒の特定も進めていてその中にフィリオラとルイサがいることも知った。彼女たちがむざむざ捕まるとは思えないので人質を守るために残ったのだろう。


 シオンも早く駆けつけるべく練武場から続く渡り廊下を進んでいると校舎からプレイトメイルに身を包んだ二十代前半くらいの男が出てきた。背中にはシオンと同じ長槍を背負っている。武装集団のひとりだろう。全員倒すつもりだったので向こうから姿を現してくれて手間が省けた。


「そこのお嬢さん。この辺を巡回していた俺の仲間の姿が見えないんだけど知らないかな?」


「そいつだったら後ろの建物の中で伸びてるわよ」


「やっぱりそうか。あんたが堂々と歩いてきた時点でそんな予感はしてたよ」


 気安く話しかけてきた男は髪の毛をかき回すとシオンを見据える。


「リーダーの指示で巡回してたけど、警備隊でもない人間が侵入しているとはね。高位の冒険者だけあって制服姿でもなかなか貫禄があるじゃないか」


「私を知ってるの?」


「そりゃもう。この街じゃ有名人だし、若手冒険者の代表格である『舞風の槍姫』の名声は近隣諸国にまで響いてるんだから」


 おどけた様子の男の目に何か暗いものが宿る。


「若いのに目覚しい活躍をしてるみたいだね。一流の冒険者だった祖母と父を持ち、若くしてランク7の冒険者になり、『銀の狼牙』の幹部にまで登り詰めた。俺と違って羨ましいくらいのエリート街道だ」


「その口ぶりだと昔はあなたも冒険者だったとか?」


「数年前まではね。実はこの街で活動していた時期もあって、有望な若手冒険者として将来を嘱望されていたんだ。それがくだらない連中の妬みでクランを追い出されてしまったんだよ」


 口調は軽いがどこか鬱屈とした感情が伝わってくる。今でも彼らを恨んでいる様子が見て取れた。


「くだらない連中の妬みね……。あなた、かつて『大地の盾』に所属していた槍使いでしょ」


 男の顔がかすかに歪んだのを見てシオンは確信した。『大地の盾』はセントリースに拠点を構える中堅クランである。高位冒険者の数も少なく派手な活躍をするわけではないものの堅実に仕事を遂行する姿勢が評価されていた。これまでも何度かクラン所属の冒険者と一緒に仕事をこなしたこともある。


「私が冒険者として活動をはじめた頃に話を聞いたことがある。『大地の盾』にいた若い槍使いがクランの方針に反抗して、あろうことか仕事中に同僚と揉めて大怪我させたって話を。幸い命は取り留めたそうだけど、その一件によりギルドから資格停止処分を受けた。それでも反省する態度が見られずギルドの職員にまで掴みかかったそうね。そしてとうとう冒険者の資格を剥奪され、その後は姿をくらませたまま所在は不明だということだったけど……」


「違う! その話は嫉妬したやつらの流言だ! かつて所属していたクランの幹部は俺の才能に嫉妬して大きな仕事を他のメンバーばかりに流してた。あいつらは若い俺がクラスを順調に上げて幹部候補になるのが気に食わなかったんだろう。なんせ頭の固い連中だったからね。俺と揉めたやつも上から目線で説教するばかりでうんざりしてたんだ」


 将来有望な若手を慎重に育てるのはどこもやっていることだ。だが彼にそんなことを話しても聞く耳を持たないだろう。なまじ才能があるがゆえに自分が正しいと勘違いしているのだ。


「おまけにギルドのやつらまで俺を虚仮にしやがった。挙句の果てに資格まで取り上げられたんだ」


「それで最終的に傭兵稼業に落ち着いたってわけ? あんたの事情になんて興味ないけど、さっきから聞いてれば見苦しいことこの上ないわね。あんたが同僚に暴力を振るって冒険者をクビになった事実は変わらない。そして今度は学校を占拠するという暴挙に出た。あんたみたいのを救いようがない馬鹿って言うのよ」


「……最初は苦しまずに一突きでトドメをさすつもりだったけど気が変わったよ。元暗殺者の同僚ほど嗜虐心はないつもりだったけど、お前は滅多刺しにして殺してやる」


 先程までの穏やかな物腰は消え去り、表情が一変した槍使いの男は凶悪な眼差しで一歩を踏み出したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやいやいや、傭兵団は貴族から冤罪を掛けられたお話ぽいでしたけど、団員達が少女を嬉々と痛めつけようとしたり、己を崇めない者を殴ったり、全然冤罪の気がしない。。。まぁ、無実の学生を攫うの時点既…
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