53 武装集団との接敵
広場で事情を把握したナギは再び中等科の近くまで戻って侵入を試みていた。学校は塀でぐるりと囲まれているもののアストラル教会ほどの高さではない。ただ先程より増員されている警備隊が隙間なく取り囲んでいるのでばれずに侵入するのは容易ではない。
なのでナギは空中から学校の敷地に入ることにした。地道に<空脚>を使って高度を稼いでから学校の方へと移動する。
地上に目を向ければ小さくなった警備隊員たちが見えた。彼らは学校に立て篭もっている指名手配犯やリザードマンを警戒すると同時に周囲に被害が出ないように集中しているようだ。あとはたまにやってくる呑気な野次馬を追い払うなど外部の人間が介入しないように注意しているようだったが、まさか高度数十メートルの空中から侵入しようとするやつがいるとは思いもしないだろう。
もう少しで敷地の上空に差し掛かる所で校内の一角に設置してあった金属製の大きなタンクのようなものが派手に破損しているのを発見した。おそらくあれは配水管からの水を溜めておく入水槽なのだろう。タンクは外面が火で炙られたように変色していて少し溶けている。どうやら学校で聞いた大きな音はあのタンクが破裂したものだったようだ。
敷地内を徘徊しているリザードマンに見つからないように降り立つと周囲を見回した。中等科の敷地には入ったことはなく建物がどういう配置なのか分からないので、とりあえず敵に見つからないように歩き回って人質がいる場所を探し当てるしかない。
とはいえ生徒たちが普段使っている教室にはいない気がする。広場で聞いた話だと武装集団は少なくとも五人以上いて、捕まっている生徒はフィリオラたちを含めて十人近くいるらしい。一般の教室だとこれだけの人数では少々手狭だし動きづらいのである程度広い部屋にいるはずだ。
すぐに思いつくのは体育館である。あそこから十分な広さがあり敵が近づいてきても視認しやすい。今のところ彼らがいそうな第一候補だ。
ナギは空中から見下ろした際に確認した建物の配置を脳裏に思い浮かべながら体育館があった方向に歩き出す。途中、敷地内を警戒しながら歩いているリザードマンから隠れながら進んだ。不意を突いて倒せなくもないが、召喚した術者にこちらの存在を勘付かれるかもしれないのでスルーしておく。人質救出のためにもぎりぎりまで気付かれずに接近できればそれに越したことはない。
無事に体育館まで辿り着くと金属製の重そうな扉が開いたままになっており、顔だけ出して中を窺うと授業で使う道具や生徒の持ち物が散乱しているのが見えた。授業で使用していた生徒たちが緊急事態に慌ててこの場を後にした様子が見て取れる。
ただ、体育館には誰の姿もなくがらんとしていた。一応体育館内部にある更衣室などを確認するもやはり人の気配は皆無だった。どうやらはずれだったようだ。
あと候補になりそうなのはフィリオラとの会話で知っていた練武場くらいだ。こちらも体育館ほどではないがそこそこの広さがあるらしい。そこにもいなければ校舎のどこかということになる。
練武場に向かおうと踵を返すと入り口に誰かが立っているのに気付いた。ローブに身を包んでいた大柄な男で手には小さな杖を持っている。
「誰だ?」
「それはこちらのセリフだ。その制服からしてこの学校の生徒ではないな。巡回しているリザードマンや警備隊の目を掻い潜ってここまで来れるとなるとただの一般人ではあるまい」
ローブの大男は一歩進んで体育館に入ると目を細めた。
「……驚いたな。まさかシルヴィアナ大森林で出会った若者か? こんな所で再会するとは」
「あんた、あの時の連中か」
目の前の男は仕事でミルクマッシュルームを採取しに行った際に遭遇した集団のひとりだったのだ。確かに見覚えがあるような気がする。あの時助けてくれた男とリーターっぽい男、そして睨みつけてきた刺青の男だけ印象に残っていたのですぐには気付かなかった。
「あんたらが学校を占拠した連中なんだな。冒険者じゃなかったのか?」
「俺たちは傭兵だよ。事情があってこうせざるを得なかったんだが、お前には関係のないことだ」
「関係はあるさ。俺の知り合いがあんたらに捕まってるんだ」
「なるほど。その知り合いを助けるためにわざわざここまで来たのか。ならばお前は未熟な正義感に突き動かされた若手冒険者といったところか。お前みたいな無謀な若者は先程も見かけたよ」
ローブの大男は杖を構えながらナギを見据える。
「逃げ遅れた生徒以外は排除しろとの命令だ。せいぜい自分の軽率な行動を後悔するといい」
傭兵だという彼らがなぜこんな暴挙に出たのか気になる。ただ男のセリフに聞き逃せない部分があった。
「おい、俺以外に侵入したやつがいるのか」
「剣を片手に乗り込んできた制服姿の若者がいたよ。校舎の東棟で俺の仲間が相手をしていたが、やつは残忍な性格だから散々いたぶられてから殺されるだろう。それも自業自得だがな」
驚くべきことにナギの他にも外部の人間が侵入していたらしい。しかもどこかの学校の生徒のようだ。
「一応様子を見にいった方がいいか。無事に倒せてればいいけど、もし殺されそうなら助けてやらないと寝覚めが悪いしな」
「……どうやら自分の置かれている状況がまだ理解できていないようだな」
不機嫌そうに顔を歪めるローブの大男。その足元に魔法陣が輝き、構えた杖の先に炎が灯ると、オレンジ色の炎の球が徐々に大きくなっていった。どうやら男は炎系を得意とする魔術士のようだ。
「もしかして水を溜めていたタンクを破壊したのはあんたの魔術なのか」
「学校に逃げ込む時間を稼ぐためにタンクに撃ち込んだのさ。タンクが破裂した衝撃で警備隊の何人かを行動不能にできたんだが、その時の音がお前の学校にまで響いたか」
「やっぱりあんたの仕業だったのかよ。おかげで異変が起きてるのが分かったんだけどさ」
「これ以上お前と無駄口を叩いている暇はない。この魔術を食らえば跡形も残らないだろう!」
大きく膨れ上がった炎の球を頭上に浮かべてローブの大男は攻撃態勢に入る。
しかしナギが炎球に向けて<風爆>を無造作に放つと、炎の球は猛烈な風とともに弾けたのだった。
辺りに暴風と火の欠片が撒き散らされ、間近にいた男は悲鳴を上げながら吹き飛んでいき、しばらく転がった後に体育館の壁にぶつかって止まった。想定外の攻撃で受身もろくに取れずに呻いている。
「お、お前、何をした! 魔法陣は見えなかったし、たとえ得意な系統でもあんなに早く魔術を行使できるはずがない!」
しばらくして身体を起こした男がこちらに驚愕の表情を向けながら喚いた。魔術は回路となる魔法陣を構築して初めて発動することができる。得意系統の魔術だと多少は高速化が可能だそうだが基本的には発動までに時間がかかるものなのだ。だから魔術を主体として戦闘を行う者は、敵と距離を取ったり仲間に守られながら後方で待機するのがセオリーである。
一方、星霊術は魔法陣など必要なく、制御さえきちんとできれば問題はない。もちろん覚えたてのスキルは発動に時間がかかるものの練習を積めば即座に放てるようになるのだ。そう考えれば星霊術とは実にチートな能力である。
そして男は星霊術だとはまだ気付いていないようだった。星霊術士は数が少なくマイナーなクラスなのでそんなものなのかもしれない。
男は理解できない攻撃を受けたからか動揺している様子だったが悠長に待っているつもりはない。学校を占拠したテロリストなので容赦なく今度は<風刃>を飛ばす。
「うおおっ!?」
ローブの大男は慌てて横っ飛びで避ける。傭兵で戦闘経験豊富だからか魔術士といってもなかなか動けるようだ。
だが体勢が崩れており、動きが止まった瞬間にその胴体に<風弾>がめり込む。男の口からくぐもった悲鳴が上がった。
「術をこんなに連続で放つとは……。な、何者なんだ。お前は……」
腹を押さえて膝をついた男はそのまま地面に倒れて気を失ったのだった。こちらをただの若造だと侮ったのがあっさりと敗れた原因である。
とりあえず体育館の用具室にあった縄で縛って転がしておく。これで仲間が助けに来ない限りは意識が戻っても動けないはずだ。
一人倒したナギは他にも侵入して武装集団と戦っているというやつに合流するべく校舎に向かうのだった。