52 傭兵団
中等科の三階にある広い会議室に十数人ほどの人間たちがいた。警備隊に追われたあげく学校に逃げ込んだ指名手配犯たちと哀れにも彼らに人質にされる形で捕まった生徒たちである。
生徒たちは椅子や長机が端に寄せられている会議室の奥に固まるようにして座っていた。みな怯えたように息を潜めており、なかには今にも泣き出しそうな女子生徒もいる。運悪く武装した男たちに捕まったあげくに閉じ込められてしまったので先行きに悲観してしまうのは仕方がない。
そんな生徒たちの中にも冷静さを保っている生徒がいた。フィリオラとルイサである。彼女たちは逃げようと思えば逃げられたのに生徒をかばって代わりに捕まったのだ。二人とも修羅場を潜っているだけあって落ち着いていた。ルイサも大人しく体育座りしながら目線だけをしきりに動かして周囲を観察しているようだ。
フィリオラとルイサは少しの間視線を交わした。自分たちの役割を改めて確認したのだ。彼女たちが大人しく捕まったのはここにいる生徒たちのためで、もし危害が加えられるようなら二人で身体を張ってでも阻止するつもりだった。
武装した六人の男たちは二体のリザードマンに人質を見張らせながら、彼らに聞かれないように会議室の片隅でこれからのことについて話し合う。
「あ~あ。面倒臭いことになったっすねえ。ていうか、あいつらしつこすぎでしょ」
「文句ばかり言うな。過ぎたことは仕方ない。それよりこれからこの窮地をどう脱するかを考えろ」
「相変わらずリーダーは冷徹なまでの現実主義者っすねえ。だからこそ頼りになるんすけど」
彼らの中でも最も若い顔面に刺青が入っている男を鎧で全身を固めた短髪の男がたしなめる。彼がこの集団のリーダーだ。
もしナギがこの場にいたら驚いていただろう。なぜなら彼らはミルクマッシュルームを採取しにいった時に出会った集団だったからだ。
「しかし、こんなことになるとはさすがに予想外ですよ。俺らは傭兵として雇われていただけなのに」
背中に槍を背負った若い男がぼやきながら頭をかく。彼らはそれなりに名の知れた傭兵団で、この前までセントリースの隣国でとある貴族に雇われていた。それが雇い主に罪を着せられる形で切り捨てられてしまったのだ。
その後は傭兵団に生きていられたら困る雇い主がしつこく追っ手を差し向けてきており、仲間を何人か失いながらもようやくここまで逃げてきたのだ。
当初は街に入るつもりはなかったのだが、追っ手の猛攻に合い、移動していたシルヴィアナ大森林から追われるようにしてセントリースに入ったのだった。
「街に入ったのはいいですけど、その後もずっと追ってくるんだから参りますよ。あげく学校に逃げ込む羽目になりましたし」
「だいぶ気をつけて移動したつもりだが、手練の隠密を何人も派遣したようだな」
街に入った後は極力誰とも会わないよう注意しながら下水道を移動していたのに補足されてしまった。そのおかげで学生街にある入り口から脱出することになったのだ。
短髪の男はフードを目深に被った男に顔を向ける。
「警備隊に何か動きはあるか?」
「……これまでどおり学校の敷地のすぐそばで警戒体制を維持しながら監視している。ただ学校を包囲する人数は着々と増えているから強行突破は難しいだろうな」
二人はまるで外の動きを把握しているような会話をしていた。この部屋の位置からだと窓から外を眺めても一部しか確認できないはずだ。
それを可能としているのはフードを被った男の能力にあった。リザードマンたちを召喚したのは彼で、召喚術士の召喚した魔物と視覚や聴覚などを共有するスキルを駆使しているのだ。召喚したリザードマンたちに学校の敷地内に侵入されないように配置して、警備隊を牽制させながら外の様子を逐一観察していた。
とはいえ学校の敷地はけっこうな広さである。できるだけ死角をつくらないように配置するとなると相当な数の魔物を召喚して操る必要があり、それができるこの召喚術士は一流と言っても差し支えない実力の持ち主であった。
「やはり咄嗟に人質にとった生徒たちで交渉するのが最善だな」
短髪の男は会議室に張ってあったポスターをおもむろに剥がすと、懐からペンを取り出して何かをポスターの裏に書き始めた。しばらく部屋に筆を走らせる音が響く。
「……こんなものか。今書いた要求書を警備隊に届けてくれ」
フードの男は頷くと新たにリザードマンを召喚して二つ折りにしたポスターを運ばせる。人質解放と引き換えのための要求を書いたのだ。
「リーダー、どうするつもりなんすか?」
「人質と引き換えに俺たちを国外まで安全に出られるように要求した。あとそのための足となる馬車もな」
「具体的にはどうするんすか?」
「要求が通ったら人質のほとんどは解放し、馬車で国外まで出られれば残りの人質を解放するという手筈だ」
今度は傭兵団のひとりでローブを纏った巨漢の男が腕を組みながら口を開く。
「そうすんなりいくかな」
「そこまで楽観的ではないさ。仮に要求が通っても人質を解放したあとすぐに捕縛できるように体勢を整えてくるだろう。だから街の外に脱出した後、国外に出ると見せかけてシルヴィアナ大森林に駆け込んで追っ手を撒く」
「なるほど、入国した時と同じ手っすね。そしてそのまま隣国にとんずらすると」
男たちはセントリースの東にある国から数カ国にまたがって広がっているシルヴィアナ大森林の中を通って不法入国していた。国境警備の目も森までは届かず、魔物というリスクも強力な個体が出現しやすい森の奥まで行かなければ問題はない。
「……もし要求が通らなければどうする」
「その時は人質を盾にしながらまた下水道に逃げ込むしかないな。今度は複雑で迷路のようになっている地下遺跡まで潜って逃走する機会を窺う。不完全だが遺跡の地図もある。その後はセントリースの街に精通した裏情報屋の手を借りてなんとか街から逃げ出せればいいんだが」
フードの男にリーダーが答える。現状では他に手はなさそうで、極刑は免れないだろうから大人しく捕まるのはありえない。リーダーの方針に傭兵団のメンバーから異論は出なかった。
各々が今後について思索を巡らせていると、部屋の奥にいた人質の女子生徒が嗚咽を漏らし始めた。これまで我慢していたが恐怖や緊張感が限界を迎えたのだ。
「……勘弁してくれよ。こちとらずっと逃亡生活続きでいらいらしてんだよ。力ずくで黙らせてやろうか?」
刺青の男が嗜虐心を表情に滲ませながら歩み寄っていく。泣いていた女子生徒は口を手で押さえてがたがたと震え始めた。他の生徒たちはますます顔を伏せる。
男が女子生徒に手を伸ばそうとすると、フィリオラが両腕を広げて生徒を守るように二人の間に割り込んだ。
「彼女に手を出さないでください。それはあなたたちの事情であって彼女は悪くないでしょう」
「……へえ。君、なかなか度胸あるじゃん。そういえば最近同じように睨み返してきた生意気なガキがいたな」
へらへらと笑っていた刺青の男はおもむろに右手を振りかざしてフィリオラを打擲しようとした。
「フィオっち!」
すぐそばで成り行きを見守っていたルイサが懐に隠し持っていた小型ナイフを抜いて刺青の男の首元に突きつけようとする。
しかし、その動きを読んでいたかのように男は軽やかに避けると、逆にその腕を取ってルイサを床に叩きつけたのだった。
顔面を床に押し付けられ、掴まれた腕を極められてルイサは苦悶の声を上げる。
「ルイサ!」
「逆に俺を人質にしようって腹積もりだったんだろうが甘いねえ。お前からはなんとなく俺と同じ匂いを感じてたんだよな。おおかた冒険者でクラスは斥候術士ってとこだろ? 目線の動かし方や落ち着き方からして明らかに一般生徒じゃなかったからな。お前はちょっと厄介そうだし腕を折っとくか」
刺青の男は嘲るように言うと腕に力を込める。
フィリオラが殴られるのを覚悟で止めようとすると背後から声が聞こえてきた。
「……おい、そこまでにしておけ」
「なんすか、いいとこなのに」
声をかけてきたのはフードを被った召喚術士であった。刺青の男は不満そうな視線を返す。
「もう勝負はあっただろう。拘束して転がしておけばいい」
「相変わらずお優しいですねえ。とても主君を半殺しにした人間とは思えないっすよ」
一瞬、二人の間に剣呑な視線が行き交う。ただそれも長くは続かなかった。
「勘違いしないでくださいよ。別に俺はあんたを馬鹿にしてるわけじゃない。ただ俺らは結局同じ穴のムジナだということを言いたかっただけっす」
「……お前に言われるまでもない」
召喚術士が視線を切ると刺青の男は肩をすくめ、そこに短髪のリーダーが歩いてきた。
「こういう時に余計な揉め事を起こすな。それよりお前が拘束した女子生徒は斥候術士なのか」
「そうだと思いますよ。たぶん俺らの会話も聞かれてたっぽいですね」
斥候術士は五感を高めるスキルを有していることが多く、先程の計画も筒抜けだった可能性が高い。
「……そういうことならおいそれと解放することはできんな。最後まで俺たちに付き合ってもらう不運な人質は君で決まりだ。ひとりでは心細いだろうからそこの金髪の女子生徒も一緒に来てもらおうか」
短髪のリーダーはフィリオラとルイサの二人に冷徹な視線を向ける。
「今頃は国や警備隊の上層部が俺たちの要求を見て対応を協議しているだろう。生徒たちの安全のために下手な動きは見せないとは思うが侵入を試みるやつもいるかもしれない。お前らは校内をひと通り見回ってきてくれ。侵入者を発見したら即排除。もし逃げ遅れた生徒がいたらつまみ出せ」
指示を受けリーダーと召喚術士以外の四人がそれぞれ校内へと散っていく。召喚術士の男は留まって魔物の制御と情報収集に集中してもらわなければならない。
教室を出る前にルイサは刺青の男に手首と手足を紐で拘束されていた。もちろん隠し持っていたナイフは没収されている。
フィリオラは芋虫のように転がっている親友に声をかける。
「大丈夫? ルイサ」
「にゃはは。失敗しちゃった。あの刺青の男、軽そうなやつだったけどかなりの手練だよ」
腕を折られかけたのにルイサはあっけらかんとしていた。どんな状況でも気持ちをすぐに切り替えられるのは彼女の長所だろう。
「盗み聞きしてたけど、逃亡のための作戦を練ってた。どういう展開になっても逃げ切るまで連れていく人質が必要みたいで私たちが指名されちゃったみたい。ごめんね、フィオっち」
「謝ることはないよ。むしろ私たちでよかったくらいだし。それよりこれからどうなると思う?」
「生徒に何かあれば国や警備隊の責任になるし、とりあえずは慎重に交渉で打開しようと試みるはず。突入して生徒を救い出すのは最終手段だね。警備隊があいつらの要求をあっさり呑むとは思えないからけっこう長丁場になるかも」
「解放されるまで生徒たちは我慢するしかないよね……」
人質になった生徒たちの精神状態が心配だ。先程泣いていた女の子も何かをこらえるような表情でうつむいている。
「でも案外早い段階で助けが来るかも。この状況を知ればナギ先輩やシオン先輩が傍観するとは思えないし」
声を更に潜めながらにぱっと笑うルイサ。それはフィリオラも考えていたことであった。中央学院から近いので異変に気付く可能性は高いし、あの二人の性格なら学校に侵入しようとしてもおかしくはない。
助けにきてほしいような、しかしあの危険な男たちと戦うのは避けてほしいような、そんな複雑な心境を抱えながらフィリオラは窓の外を眺めるのだった。