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51 学生街の異変

 それは授業の合間の休憩時間のことだった。ナギの席にやってきたエドと何気ない会話をしていると、どこからか何かが破裂したような大きな音が聞こえてきたのだ。教室の窓が振動でびりびりと震えている。


「何の音だ?」


「事故でもあったのか?」


 クラスメイトたちが窓際に集まって辺りを窺っている。他の教室からも同じようなざわめきが伝わってきた。


「どうしたんだろうな。けっこう近くからだったけど」


 ナギも気になったのでエドとともに窓から外の景色を眺めてみる。


「お、あれって警備隊じゃないか?」


 エドの指差す方に視線を向けると、街でたまに見かける制服姿の人間が何人も学校の前の道を走っているのが見えた。彼ら警備隊はセントリースの治安や守備を司る者たちなので何かがあったことは間違いない。


「何か緊急事態でも起こったのか? 皆同じ方向に急いでるみたいだけど」


「警備隊が向かってる方角には付属の中等部があったよな。音もそっちの方から聞こえてきたみたいだし」


 エドの指摘を受けて嫌な予感に見舞われる。中等部には今日もフィリオラが通っているのだ。


「まさか付属で何かやばいことでもあったんじゃないだろうな」


 考えすぎだと思いたいが、ここからでも分かる警備隊の緊張感に満ちた姿が不安を大きくする。


 漠然とした不安を抱えながら窓の外を眺めていると校内放送が教室に流れた。内容は生徒たちに対して学校の敷地内から絶対に出ないこと、これから担任の教師が向かうのでおとなしく待機しているようにとの指示であった。先程の音に関しては警備隊が調査中だという。


「エド。念のために確認してくるから、先生には適当に言い訳しといてくれ。何もなければすぐに戻る」


「あいよ。テンドウくんは急な腹痛に見舞われてトイレにこもってますと説明しとくか」


 にっと笑いながらエドは冗談交じりに答える。普段はお調子者だがこういう時は察しのいいやつで助かる。


 ナギは教師が来る前に喧騒に紛れるようにしてそっと教室を出ると足早に階段を降りて校舎を出る。校舎の外は先程の放送もあってか出歩いている生徒の姿はなかった。教師に見つからないように注意しながら学校の敷地内を進む。


 誰にも見咎められることなく学校の裏手まで辿り着くと学校を囲む塀を<瞬脚>を使って越えた。学校の近くにも人気はほとんどなく、ナギは急いで付属を目指すのであった。



 ☆ ★ ☆



 ナギが学校の敷地から出て行くのをひとりの男子生徒が窓から静かに眺めていた。


「状況はよく分からんが、また何か厄介事の予感がするな」


 少し軽そうな見た目の男子生徒――エドワード・アシュレイは友人が消えた方向を見つめながら苦笑する。ナギ・テンドウはつくづくそういった事件に縁があるのだろう。


 というより自分から関わっていくと表現した方が正しい。親しい人間のためならリスクなど考えず、普段の態度からは想像できないような行動力を発揮する時がある。今がまさにそうだ。


「さっきの警備隊の様子からすると事故ではなさそうだし、何らかの戦闘行為が発生する可能性もありそうだな」


 先程は不安を助長させるかもしれないのでわざわざ口にはしなかったが、警備隊が普段とは違う戦闘用の装備を身につけているのを目撃していた。距離があったので普通の人間ならそこまで確認できないだろうがエドは違う。彼にはそれを可能とする能力がある。


 エドは動くべきかしばし思案してやめておくことにした。荒事に発展した場合は自分にできることはそうない。それに二人揃って教室からいなくなるのはさすがにまずい。何も気付かないほど教師も間抜けではないだろう。


「あいつならたぶん大丈夫だろ。なんせ悪魔を倒すようなやつだし、こんな街中で何が起こったのかは知らんが無事に乗り切れるはずだ。しかし、似たような事を考えるやつが他にいたとはな」


 実はナギより少し後にこっそりと抜け出していったやつを目撃していたのだ。おそらく目的は同じだろう。


 エドはナギや付属に通っているフィリオラやルイサの無事を願いつつ、厄介な事にならなければと思うのだった。



 ☆ ★ ☆



 周囲を確認しながら付属学校の方へと歩くとすぐにフィリオラが通う学校が見えてきた。こちらもセントリース中央学院に劣らず広い敷地だ。


 学校の正門まで来ると正門前に多くの警備隊員が集まっているのが見えた。そしてその奥には正門を守るように異形の怪物が何体か佇んでいたのだ。


 少し離れた位置では戦闘で怪我を負ったのか、地面に横になって応急処置を受けている警備隊員がいる。


(あれは確かリザードマンってやつか?)


 リザードマンは二足歩行している大きなトカゲのような魔物である。体長は二メートくらいでそれぞれ武器や鎧を身につけていて警備隊を牽制していた。


(くそっ! 嫌な予感が的中しやがった。一体どういう状況なんだ? フィリオラやルイサは無事なのか?)


 こんな街中に魔物がうろつくことはありえない。リザードマンは普段は湿地帯や水辺のある地域に生息しているのだ。


 焦燥感に囚われながら学校を観察していると背後から急に声がかけれらた。


「そこの君! どこの学校の生徒だ! 学校の敷地から出ないよう通達があったはずだぞ!」


 振り返ると中年男性の警備隊員が立っていた。周囲の見回りをしていたらナギを発見したのだろう。


「あー……今日は事情があって遅れて登校してたんですけど、あんな光景に出くわしてしまって……」


「そういうことか。あんなのを見て気になるのも分かるが危険だから早く自分の学校へ行きなさい。現在、付属の周辺は一般人の立ち入りを禁止している」


「何があったんですか? あの学校には知り合いがいるんですよ」


「心配かもしれないが現時点では何も話せないんだ。ただ近くの広場に生徒や学校関係者が避難してるからそこに行ってみるといい」


 近くの広場というといつもフィリオラやシオンと昼食を摂っているあの場所だ。ここからすぐ近くである。


 ナギが礼を述べようとすると、警備隊員は野次馬らしき人間が学校を窺っているのを見つけてそちらに駆け寄っていったのだった。


 すぐに広場まで走るとそこには大勢の付属の生徒たちが警備隊に守られる形で避難していた。生徒たちは不安そうな表情をしており、なかには泣いている女子生徒や異常事態にテンションが上がっている男子生徒もいて教師らしき大人からたしなめれていた。そしてその周囲には気になって様子を見にきた人間などがちらほらと佇んでいる。


 遠くから生徒たちの群れを眺めてみるもフィリオラやルイサらしき女子生徒は見当たらない。けっこうな人数がいるのでこの中から探し出すのは苦労しそうだ。


 とりあえず適当に生徒を捕まえて話を聞こうとさりげなく集団に近づく。学年を現す制服のリボンの色がフィリオラと同じ女子生徒を探した。


 ほどなくして二人組の女子生徒を発見したので怖がらせないように丁寧に話しかける。


「突然で悪いんだけどちょっといいか? 付属に通ってるフィリオラ・ノリスっていう生徒を探してるんだ。俺は中央学院の生徒でフィリオラの知り合いなんだけど」


「……あ、フィオさんのお知り合いの方ですか?」


「フィリオラのことを知ってるんだな?」


「はい。私は彼女のクラスメイトなんです」


 最初からビンゴを引いたようだ。答えてくれたのはボブカットの大人しそうな女の子でおずおずとナギを見上げている。怖い思いをしたのか少し泣いていたようで目が充血していた。そばには彼女を慰めるように長髪の女の子が寄り添っている。


「あの、もしかしてフィオさんのことが心配で様子を見にきたんですか?」


「そんなところだ。それでフィリオラはどこにいるんだ?」


「それが……」


 ボブカットの女子生徒は言葉を詰まらせて俯き、その様子にナギは嫌な予感がした。


「もしかして、ここにいないのか?」


「……はい。ノリスさんはまだ他の子と学校に残っています」


 俯いてしまった子に変わって長髪の女子生徒が答えてくれた。こちらはまだ落ち着いているように見える。


「最初から話してくれないか。何が起こったのかを」


 長髪の女子生徒はボブカットの子の背中をさすりながら頷いた。


 警備隊員や教師に見つからないよう注意しながら会話する。彼らも生徒全員を気にかけるほどの余裕はないようなのでしばらくは大丈夫そうだ。


「あれは私たちが学校で授業を受けていた時だったんですけど――」


 長髪の子が語ってくれたところによると、授業中に突然近くから何かが破裂するような音が聞こえてきたのが始まりだったという。中央学院にも届いていたあの音だ。


 その後、校内から複数の男たちの怒号や争う音が聞こえてきて、様子を確認しに教室を出ていた先生が慌てて戻ってくると生徒たちに避難を呼びかけたそうだ。なにやら校内で戦闘が勃発しているとのことで、普段から行っていた避難訓練の手順に従い皆で整然と列を組みながらまずは校庭へ退避することにしたのだ。他の教室も同じ対応を取っていた。


「いきなり校内で戦闘って、どういう状況だったんだ?」


「はじめは私たちもわけが分かりませんでした。広場まで逃げてきた後に聞いた警備隊の方の説明によると、指名手配された凶悪な犯罪者たちが捕縛しようとした警備隊員を振り切って学校に逃げ込んだそうです」


「それから警備隊と犯罪者との間で戦闘が行われたってことか。とんでもないことに巻き込まれたもんだな……」


 当初は避難も順調に進んで多くの生徒が校庭へと逃れていたものの、フィリオラたちのクラスがもう少しで校舎から外に出ようという段階で問題が発生した。運悪く犯罪者たちの逃走経路と重なってしまったのだ。武器を持った男たちが急に駆け込んできてその場はパニックとなり、列を組んでいた生徒たちはばらばらに逃げ、その動きは校庭にも伝播した。


 場は一気に混乱し、先生たちが生徒を誘導しようと頑張っていたそうだが、みんな我先に校内から脱出しようとして更に混乱に拍車がかかってしまったのだ。


 その混乱の最中で逃げ遅れた生徒数人が犯罪者たちに捕まってしまったそうだ。おそらく人質にとるために。警備隊も他の生徒を守ることと校庭から安全な場所に逃がすのに精一杯でそちらはどうするこもできなかった。


「フィオさんが捕まってしまったのは私のせいなんです。私がつまずいてしまったせいで怖い男の人に目をつけられて、それをフィオさんとルイサさんがかばってくれたんです。二人とも酷い目にあってないといいんですけど……」


 ボブカットの女子生徒が悄然とうな垂れる。どうやらルイサも捕まっているようだ。彼女は冒険者でありただの一般人ではない。フィリオラもそういった状況で友人を見捨てるような人間はないので、二人とも身を挺して同級生を守ったのだろう。


「二人とも自分の意思で友達を守っただけだ。だからそんなに自分を責めるな。それに人質として確保しただろうからすぐに危害を加えられることはないはずだ」


 気休めとはいえ今はそう信じるしかない。あらかた事情は理解したのであとは行動を起こすだけだ。


「話してくれてありがとな。二人ともフィリオラたちの無事を祈っててくれ」


「先輩、まさか学校に乗り込むつもりですか?」


 こちらの様子から察したのか長髪の子が尋ねてくる。そのとおりだが馬鹿正直に話すと反対されるのは目に見えている。


 適当に誤魔化そうと考えているとボブカットの子が顔を上げて見つめてきた。


「もしかして先輩はナギ・テンドウさんですか?」


「そうだけど、フィリオラに聞いたのか?」


 こちらの返答に二人の女子生徒は顔を見合わせた。表情には驚きと期待のようなものが入り混じってるような気がする。


「やっぱり! フィオさんがよく話してくれるんです。高等科に通っている先輩でとても頼りになる人がいるって」


「私も聞いたことがありますね。以前もノリスさんを助けたことがあるとか」


 彼女たちの言葉にナギも驚く。まさか学校の友達にそんな風に話しているとは思わなかった。しかもけっこう頻繁に話題に上がっているようだ。


「フィオさんは先輩のことをかなり信頼してるみたいです。ピンチには必ず駆けつけれくれるって。だからわざわざここまで来たのも納得です。一度会ってみたかったんですけど……なるほど、こんな人だったんですね」


「別にノリスさんを疑ってたわけじゃないですけど、そんな白馬の王子様みたいな男性が本当にいるとは……」


 二人がまじまじと見つめてくるのでさすがに居心地が悪い。フィリオラもちょっと大袈裟に伝えている気がする。


「フィオちゃんの話だとすごく強いそうですね! 実際に会ってみたら優しそうな年上の先輩だし、羨ましいなあ」


 先程の暗い雰囲気はどこへやら、二人は楽しそうにこちらを見ながら口々に感想を述べる。ナギの精神力がごりごりと減っていると彼女たちは慌てて口を押さえた。


「すみません、こんな時に盛り上がってしまって」


「お、おう。とりあえず俺は学校に行くから他の人間には黙っててくれよ」


「……先輩、本当は警備隊に任せるべきなんでしょうけど、フィオさんをお願いします」


 揃って頭を下げる女子生徒たちに頷いてナギは再び学校へと向かうのだった。

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[一言] ナギ、後輩奪還へ。
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