49 ヴィクトルの話
ヒルダの告白と謝罪が終わり、改めて本題に入ることになった。
「それじゃ俺の話をしたいところなんだが……」
ヴィクトルはふと何かに気づいたようにヒルダに顔を向ける。
「そういえば、ステータスを閲覧した時に驚いたとかぽろっとこぼしてたがあれはどういう意味なんだ?」
「団長、ついさっき他の人間に喋らないと誓ったばかりなのですが」
「それは分かってるけど、やはり気になってしまうものだろ?」
ヴィクトルがちらとナギの方に視線を向けてくる。内緒にされると好奇心が疼くのは分からないでもない。
「まあ、他言無用ってことならいいですよ」
「おお! もちろんだ! もし万が一約束を破ったらお詫びに俺がご奉仕してやろう!」
「冗談でもそんなことを言うのはやめてくれ!?」
ナギは心の底から叫ぶ。むさ苦しいおっさんに身の回りの世話をされるとか拷問でしかない。
思わずおぞましい光景を脳裏に浮かべてげんなりしていると、当の本人は好奇心旺盛な子供のような顔をヒルダに向けていた。
「それでお前は何を見たんだ?」
「私が見たのは名前、性別、年齢、クラス、魔力値、そして契約している星霊の名前です」
「それのどこかに驚くような要素があったのか?」
「それなのですが……。まず彼は二万近い最大魔力を保有していました」
「マジかよ……」
絶句した様子のヴィクトルがこちらを眺める。かなり多いとは聞いていたがそこまで驚くことなのだろうか。まだこの世界に来て日が浅いのでその辺の常識に疎いのだ。
「お前さん、いまいち分かってないみたいだな。万越えですら少数なのに、二万近いとなると大陸規模でも何人いるか……」
「改めて聞くと凄いですよね」
フィリオラも同意したように追随する。彼女とはチームを組むにあたりひと通りの情報は共有していた。他にナギの素性やステータスをある程度知っているのはアマネとシオンだけである。
「それと、もうひとつ目を瞠る点があったのですが……」
「まだあるのか」
「彼の契約星霊なのですが、一等級の星霊である『風と雷のアルギュロス』なのです」
「アルギュロスだと? 確か神話に出てくる伝説の星霊の名前じゃなかったか」
「そうです。白銀の毛並みの優美で威厳のある狼の姿をした星霊だと言われています。彼の者が怒れば嵐のような暴風が渦巻き雷鳴が轟いて大地を打ち付けたそうです。気が遠くなるような大昔に存在していたという大星霊で長い間確認されていません。それなのにまさか契約している人間にお目にかかれるなんて……。星霊の格を示す等級において、最高位の一等級はお飾りのようなものだと認識していました」
「星霊術士に関しては詳しくないが、とにかく規格外だということは分かった」
やはりアルギュロスは伝説と化しているくらいの大物だったらしい。もっとも優美で威厳があるかは本人を知っている身からすれば少々異論があるところだ。
「どうやってそんなとんでもないやつと契約したのか気になるところだが、これ以上詮索するような真似は控えておこう。それはともかくもともとの本題に入るとするか」
ヒルダの突然の土下座ですっかり忘れていたものの、団長から何か話があるというので残っていたのだ。
ヴィクトルは真っ直ぐにナギを見据えながら口を開く。
「単刀直入に言う。『銀の狼牙』に入団しないか。入団してくれれば即座に幹部候補として扱おう」
「――本気ですか!? 団長!」
急に割り込んできた声の方に視線を向けるとケビンがショックを受けたように立ち尽くしていた。先程からこちらの会話が気になっていたようでじわじわとさりげなく近づいてきていたのだ。少し離れた位置にはシオンとルイサの姿も見える。彼らの行動はばればれだったので、内容を聞かれる前にヴィクトルもさっさとステータスに関する話を終わらせてくれたようだ。
「ケビンは黙ってろ。……ったく、こいつら聞き耳立てやがって」
「あなたたち、どうやらお仕置きが必要なようですね」
ヒルダが冷たい微笑を浮かべると、ケビンは脂汗を流しながら後退り、シオンとルイサはそっぽを向いた。
「ともかくだ。例の地下遺跡の件から興味を持ってたんだ。今聞いた話を抜きにしても、お前さんの実力や素質は同世代の中でもずば抜けてる。今回の討伐任務においても俺たちのクランをのぞけば撃破数でトップだ。お前さんたちが助けた冒険者からも話を聞いたが、見事な戦いぶりだったそうだな」
ヴィクトルの話を聞いてナギはフィリオラと顔を見合わせた。
「俺たちがトップだってよ」
「やりましたね、ナギさん!」
「私たち『銀の狼牙』は参加したパーティの中で最も人数が多いので討伐した数が一番なのは当然のことです。あなたたちは最小の二人だったにもかかわらずこの成績なのですから見事というほかありません」
ヒルダも手元の資料に目を落としながら賞賛の言葉を口にする。近くでは悔しいのか仏頂面のケビンが立っていた。
「ヒルダの件で見せたお前さんの度量の大きさといい俺個人としても気に入った。うちは将来を見据えて若手の育成やスカウトにも力を入れてる。お前さんが入ってくれれば『銀の狼牙』の未来も安泰ってもんだ。入団にあたり何か要望があるならできるだけ応えよう。どうだ、うちに入らないか?」
ヴィクトルとヒルダだけでなく他の面々の視線もナギに集まるのを感じた。セントリースでも一、二を争うような強豪クランから勧誘されるのは光栄だが答えは決まっている。
「悪いけど、冒険者になるつもりもクランに加入するつもりもない。今の生活や立場もけっこう気に入ってるから当分はこのままでいくつもりだ」
「……そうか。シオンの話から望み薄だとは感じていたが残念だな。ただこの場ですぐに快諾してくれると思ってたわけじゃないし、お前さんもそのうち考えが変わるかもしれないから気長に待つことにするよ。入団したくなったらいつでも尋ねてきてくれ。その時は歓迎させてもらおう」
ナギの返答にヴィクトルはしつこく食い下がることなく引いた。さすがに引き際を心得ているようだ。
ヴィクトルへの答えは紛れもないナギの本心である。自由冒険者の仕事で生活費や学費を稼ぎつつ学校生活を満喫する。異世界に飛ばされた時はどうなることかと思ったが、色んな人間の助けを借りることができて現在は納得のいく生活を送ることができている。
ただ、学校を卒業した後はまた改めてどう生きていくのか考えていかなければならない。今までどおり過ごすのか、それとも別の道を選ぶのかをだ。
(ま、なるようになるだろ)
今はともかくこの生活を楽しみたいし、まだ先の話だとナギは気楽に考えるのだった。