48 ヒルダの告白
討伐隊が無事にソードボアを全滅させてから一時間ほどが経過し、ようやく解散する運びとなった。最終的に死亡者はもちろん大怪我を負った者もフィリオラの活躍もあってゼロですんだそうだ。
討伐を完了させて一度全員で集合したあとは、皆の話を聞きながら実際に<銀の狼牙>の冒険者がソードボアの死体を確認して査定を行った。これは仕事の報酬を決定するためである。
今回の仕事の報酬内容は基本報酬+撃破数で決まる。討伐に参加した人間全員に基本となる報酬が支払われ、それに加えて倒した敵の数によって報酬が加算されていく仕組みだ。多くの敵を倒したパーティほど報酬が高くなる。
解散するまで一時間もかかったのはその査定に時間が必要だからであった。ナギたちの報酬は依頼主である国から冒険者ギルドを経由してウェルズリー商会へと振り込まれる。その後シャロンから直接受け取ることになるのだ。
「よう、待たせたな」
『銀の狼牙』の団長であるヴィクトルと副長のヒルダがナギとフィリオラのもとに歩み寄ってきた。解散後に何か話があるらしいので動かずに待っていたのだ。
「それで話というのは?」
「それなんだが、まずお前に詫びなければならなくてな」
「侘び?」
ヴィクトルはバツが悪そうに後頭部に手をやりながら隣を見る。そこには思いつめたような表情のヒルダが立っていた。
状況がよく分からずにナギがフィリオラと顔を見合わせていると、突然、ヒルダが地面に両手と膝をついて土下座したのだ。
「ナギさん、申し訳ありません!」
土下座したまま頭を下げて謝るヒルダ。思わぬ行動にナギは呆気に取られる。まさか冷徹そうな印象の副長がいきなりそんな行動に出るとは思わない。
「ちょ……意味が分からないんですけど!? とりあえずやめてくださいよ!」
「いえ! 私はあなたに対して愚かなことをしてしまいました! これくらいしなければ気が済みません!」
ナギは慌ててヒルダを立たせようとするも当の本人は頑なに土下座を止めようとはしなかった。遠くでちらちらとこちらを眺めていた『銀の狼牙』の面々が驚いた顔をしている。その中にきつい目を向けてきているシオンを発見して、あとで問い詰められることになるのだろうなと溜息をつきそうになった。
「えっと、どういうことなんですか?」
フィリオラが困った表情でヴィクトルに水を向ける。確かにこのままでは埒が明きそうにない。
「代わりに俺が説明するとだな、ヒルダのやつが勝手にお前さんに<鑑定>を使ってしまったんだ」
「それってステータスを閲覧できるスキルだよな」
この世界で個人のステータスを確認する方法は主に二つある。ひとつは専用の魔道具を使用することだ。ただし、高価な道具ということもあってあまり出回っていない。そしてもうひとつが<鑑定>という固有能力を使うことであった。
「ヒルダは<鑑定>の固有能力持ちなんだ。このスキルに限らず固有能力を持っている人間は少ないし、普段は重宝している能力なんだが……」
<鑑定>はその気になれば対象のステータスを自由に閲覧することができる。プライベートに関わることなので普段は相手の了承なしに使用することは禁じているそうだ。
「もともと知的好奇心の強い性格とはいえ、自制心の強いこいつには珍しく衝動的に使用してしまったそうでな。なんでもまだ若いお前さんが指揮官級の悪魔を単独で倒したことで興味を刺激されてしまったらしい。いったいどういうカラクリなんだとな。まあ、俺もかなり気にはなっていたが」
ヴィクトルの話を聞いて討伐前のヒルダの様子を思い出した。そういえばナギの方をじっと見てなにやら驚いたような仕草を見せていたが、どうやらあれはステータスを使っていたようだ。
それで罪悪感を抱いていたヒルダは仕事が終わった後に団長であるヴィクトルに打ち明けて今につながるというわけであった。
「すぐに我に返って<鑑定>を打ち切ったのですが、一部はばっちりと見てしまいました。本当に申し訳ありません!」
ヒルダは更に頭を深く下げる。このままだと地面に頭をこすりつけそうだ。
ナギはしばらくヒルダの後頭部を眺めていたが、やがて彼女の肩に手を置いて強引に立たせた。
「もう済んだことは仕方ないし、あなたのことを許しますよ」
「……本当にいいんですか?」
「正直に話してくれたし、謝罪までしてくれたんでいいですよ」
ヒルダは<鑑定>を使用したことを誰にも喋らずに隠すこともできたのだ。それが正直に告白してちゃんとけじめをつけた。有力クランの幹部がろくに知らない年下の人間に土下座などそう簡単にできるものではない。
というか他に同じ固有能力持ちがいたとしても相手の許可を取らずにしれっと使っているやつはいると思う。むしろ彼女のような高潔なタイプの方が珍しいのではないだろうか。
「もちろん、みだりに言いふらしたりはしないでほしいですけど」
「女神に誓って他の人間に喋ったりはしません」
「それならいいです。それじゃあこの話は終わりってことで」
ナギのセリフでその場に安堵の空気が流れた。ヒルダは改めて頭を下げて感謝の言葉を述べる。
「しかし、このくらいで許されるのも悪い気がします。お詫びといってはなんですが、しばらくご奉仕させていただけないでしょうか」
「ご奉仕!?」
「家事、洗濯、身の回りのお世話まで何でもしましょう」
「何でも!?」
一瞬、目の前の知的美人なお姉さんがメイド服を着て甲斐甲斐しくお世話をしてくれる光景が頭をよぎる。もしかして男の夢のひとつなのではないだろうか。
「……ナギさん?」
フィリオラの普段より少し低い声が聞こえてきて我に返る。隣を見ると神官少女がむくれた表情で見上げてきていた。魅力的な提案だと小指の先程くらいに思っただけなのでそんな顔で見ないでほしい。
「ヒルダさん、冗談は止めてくださいよ。仮に本気だとしてもさすがにそんなことをしてもらうわけにはいきませんよ。……というか冗談ですよね?」
「ふふ。どうでしょうか」
こちらの内心の動揺を見透かしたように怪しい笑みを浮かべるヒルダ。このお姉さんはSなのだろうか。
「隣のお嬢さんから嫌われたくないのでここまでにしておきましょう。それにうちのシオンにも悪いですし」
なんでシオンの名前が出てくるのかは知らないがこの話が終わって安堵する。十代の若造にとって年上の女性相手にこういうやり取りは分が悪い。
「やれやれ。学生をからかうもんじゃないぜ。ともかくヒルダを許してくれてありがとな。俺からも礼を言わせてくれ」
静かに見守っていたヴィクトルがナギに笑いかけるのだった。