47 大蛇
ナギとフィリオラが危なげなく敵を掃討していると近くから悲鳴が聞こえてきた。
「ナギさん!」
「ああ、急ごう!」
声が聞こえてきた方向に二人で走ると川が見えてきた。この川は北にあるシルヴィアナ大森林の方から流れてきていて、今回の仕事の範囲はだいたい川の近くに集中している。水辺を好むソードボアたちは住んでいた森から川を下ってこの辺りまでやってきたと考えられていた。
川までやってくると臨戦態勢に入っている冒険者たちが見えた。そして彼らが緊張した面持ちで見据えているのが一体の巨大な蛇であった。一部が川の中に浸かっているので分かりにくいがたぶん全長で十メートル以上はあるだろう。これまで戦ってきたどのソードボアたちよりも大きく胴回りも太かった。人間でも軽く飲み込めそうである。
大蛇の周囲にはやられてしまった何人もの冒険者が地面に倒れていた。彼らは気を失っていたり受けたダメージでまともに動けないようだ。仲間たちが救出しようにもあんな大きな蛇に睨まれていてはうかつに動けない。飲み込まれてしまう前に早く加勢して彼らを助ける必要がある。
そうこう考えているうちに一人の冒険者が果敢に攻撃を仕掛けるも、たいしたダメージを与えられず動きが止まった瞬間に大蛇が素早く巻きついた。ぎりぎりと蛇の胴体が締まり冒険者が苦鳴の声を上げる。
ナギは慌てて助け出そうとする仲間たちを<瞬脚>で追い越して大蛇の前へと躍り出た。目の前に現れた人間に噛み付こうと鎌首をもたげている間に、もう一度<瞬脚>を使って巻きつかれている冒険者のもとまで辿り着くと、敵の胴体におもいきり太刀を突き立てる。
ずぶりと太刀が胴体に埋まるとさすがに効いたのか締め付けが緩んだ。その瞬間に急いで冒険者を引き抜いてすぐに離れる。フィリオラが魔弓で牽制してくれている間に仲間たちが駆け寄ってきて運ぶのを手伝ってくれたのでなんとか無事に後退することができた。
「ありがとう、君たち! 助かったよ!」
冒険者の一人がナギとフィリオラに声をかけてくる。助けた冒険者は気を失っていたものの大怪我は避けられたようだ。
「だいぶ苦戦してるみたいだな。まだ飲まれた人はいないんだよな?」
「ああ。どうやら全員倒してからゆっくり食事を摂るつもりのようだね。不幸中の幸いではあるけど」
「けど、かなりでかいなあいつは。他のやつの倍くらいあるぞ」
「途中までは順調に討伐をこなせてたんだけど、川の中から急にあの大きなソードボアが出てきてね。俺たちともう一組のパーティとで応戦したんだがあっという間に何人もやられてしまったんだ。他の固体よりも大きくて硬いし、かなりの強敵だよ」
まだ無事なのが四人で倒れているのが五人。総勢九人の混成パーティで戦っていたようだ。みな二十前後の若い冒険者たちである。
「倒れている連中はすぐには飲み込まれないかもしれないけど、すぐに救出しないと戦闘のとばっちりを受けるかもしれない。俺たちがあいつと戦うから、その隙に仲間を助けだしてくれ」
「迷っている暇もないし、それでいくしかないようだね。君たちはなかなかの実力者みたいだから任せるよ」
手早く打ち合わせを終えてそれぞれが動き出す。
ナギはまず牽制用の<風刃>をソードボアの顔面に放った。くねりと身体を捻って避ける敵の正面にわざと出て行って注意を引くように動く。<瞬脚>を使えば避けるのは難しくないし、フィリオラも矢を次々と射って援護してくれる。
動き回って撹乱してるうちに冒険者たちが仲間を回収していく。このままいけば予定通りに救出できそうだ。
「おっと!」
敵の口内から痺れ毒が発射されてとっさに上へと逃げる。近辺には救出中の冒険者がいるのでこの場面では上へ避けるのがベストだ。
すぐに噛み付き攻撃がくるも<空脚>で更に上空へと逃れる。ソードボアの意識が頭の上に向いたところで片方の目に光の矢が突き刺さった。大蛇はフィリオラの痛烈な一撃に悶える。
「いまのうちだ!」
「おい、よせ!」
救助活動をしていた冒険者の一人がチャンスと見たのか側面に走りこむ。片目を潰されて死角から攻撃を加えられると思ったのだろう。
しかし、大蛇はその動きが見えているように川に浸かっていた尾を素早く動かして剣を振り上げていた冒険者の胴体に打ち付けたのだ。強烈な一撃を食らった冒険者は川を飛び越えて向こう岸まで吹き飛んでいった。
大蛇は片目がなくともピット器官と呼ばれる熱感知能力で敵の動きを正確に捉えていたのだ。このあたりは地球の蛇と同じでこれまでの戦いからも確認している。やられた冒険者も知っていたはずだが焦りとプレッシャーで迂闊な行動に出てしまったのかもしれない。
上空から周りを見ると今ので他の冒険者たちが動揺したのか動きが止まっていた。どうやらさっさと決着をつけたほうがよさそうだ。
「おらあっ!」
落下する勢いを利用して太刀を振り上げると大蛇は迎え撃つように口を大きく開いた。伸びた長剣のような牙と太刀とが激突し、<強化>をかけた攻撃が牙をへし折る。
牙をへし折られて悶える大蛇の残った目にフィリオラの矢が再び突き刺さった。容赦のない攻撃を立て続けに食らって満身創痍の敵にナギはとどめの<雷槍>を開いたままの口に放つ。
口内に<雷槍>が刺さり体内に雷撃をぞんぶんに撒き散らされた大蛇はとうとう力尽きて倒れこむのだった。
地面に降りたナギが敵の死を確認していると不思議なことが起こった。大きなソードボアの身体が光に包まれたかと思うとそのまま消失してしまったのだ。こんなことは今までの戦闘では起きなかった。
「……消えた? どういうことだ」
ナギはつい先程まで蛇の死体があった場所を呆然と見つめるのだった。
戦闘後、負傷者の手当てに移っていた。ここで活躍したのが神官であるフィリオラである。もともと教会の人間は応急処置のやり方を教えこまれる上に彼女には神聖術による治癒スキルがあるのだ。
「<聖なる癒し>」
フィリオラが寝ている冒険者に手をかざすと優しい光が患部を包み込んだ。尾の攻撃を受けて川向こうまで吹き飛んでいった人でもっとも酷い怪我をしていた。
「これで大丈夫だと思います」
「おお、ありがとう。すっかり良くなったみたいだ」
光が消えると先程まで苦しそうに息を吐いていた冒険者が安らかな寝顔に変化していて仲間が安堵する。骨のひび、打撲、内出血まで完全に治ったようだ。
更にフィリオラは毒に犯された冒険者たちも癒す。彼女の使う癒しの術は解毒もできて万能に近いようだ。神聖術士が重宝される理由の一つである。
「いや、本当に助かったよ。あんたらには頭が上がらないな」
「俺たちだけじゃ死人が出ていたかもしれない。仲間を失わずにすんだ。ありがとよ」
口々に感謝の言葉を述べる冒険者たち。初対面の人間とはいえ一緒に仕事をする仲間に犠牲者が出ないでよかった。
「それにしてもあんたら凄いな。俺らよりも年下なのに」
「俺たちのパーティに誘いたいところだけど、残念だが釣り合いそうにないな」
肩をすくめると冒険者たちは仲間の介抱に戻っていった。
「お疲れ。大活躍だったな、フィリオラ」
「皆さんの力になれてよかったです」
何人もの冒険者を癒してけっこう魔力を使ったのだろう。少し疲労を感じているようだったが神官少女は爽やかな笑顔を見せた。他人のために働くのをいとわない神官の鏡のような性格である。
ともかく問題は片付いたのでナギは気になっていたことを尋ねてみた。
「フィリオラ。最後、ソードボアにとどめを刺したあとに消えたのを見たよな」
「はい。跡形もなく消えてしまいましたね」
「あれってどういうことか分かるか?」
「たぶんですけど、あれは召喚術による『送還』だと思います」
「『送還』?」
「そうです。召喚術士が呼び出した魔物を元いた場所に戻すことを『送還』といいます。送還は術士の意思によるものか召喚対象が死ぬことで起こります」
「ということは、さっきの魔物は自然発生ではなく召喚されたかもしれないってことか」
「直に見たことがないので確証はないですけど……」
「あいつらなら何か知ってるかもしれない。聞いてみるか」
ナギは川沿いを歩きながらこちらにやってくる『銀の狼牙』の面々に視線を向けるのだった。