46 フィリオラの実力
シオンたちと別れたナギとフィリオラは自分たちの担当エリアに向かっていた。そろそろ依頼にあった魔物が出てきてもおかしくない。西の街道付近は平原が広がっており見通しがいいとはいえ警戒しなければならない。
歩いていると風に乗って遠くから剣戟の音や叫び声のようなものが聞こえてきた。すでにあちこちで戦闘が始まっているようだ。
「戦う前に役割分担を確認しておくか。俺が前に出て敵を引きつけながら戦い、フィリオラが後方で援護してくれるってことでいいんだよな」
「はい。ナギさんのサポートは任せてください」
「神聖術で治癒や防御ができるのは知ってるけど、何か攻撃手段とかあるのか?」
「神聖術にも攻撃のための術はありますけど、私が普段使用している武器があるんです」
そう言うとフィリオラは腰のポーチから白い棒のようなものを取り出した。棒といってもそんなに長くはなくわずかに湾曲している。まさかこれで敵を殴りつけるわけではないだろう。
「これが武器なのか?」
「そうです。見ててくださいね」
フィリオラが棒を持つ手に力を込めると、一瞬輝きが走って棒の端が左右に伸びたのだ。目を瞠っている間に三日月のような形となった棒の両端から光の糸のようなものが伸びて繋がる。さっきまではただの棒だったのが見た目は完全に弓へと変化していたのだ。
フィリオラの説明によるとこの白い弓は古代遺物と呼ばれる特別な武器で、何年か前に孤児院で世話になった院長先生から受け取ったものらしい。どうやらシオンの槍に使われていた錬金術の<圧縮>とは違う技術のようだ。
「古代遺物は稀に遺跡などから発見される道具で、現代の技術では再現できない物がほとんどだそうです。この弓――『閃光の魔弓』もそのひとつです」
「そんな貴重な武器をくれるなんて、その院長先生も太っ腹というか、フィリオラのことを大事にしてくれてるんだな」
「院長先生は優しい人でいつも孤児院の子供たちを気にかけてくれてましたから。あの方には感謝してもしきれません」
以前からフィリオラの話などで分かっていたがその孤児院の院長はだいぶできた人物のようだ。
「フィリオラが弓を使えるとは思わなかったよ」
「孤児院に引き取られてしばらくしてから遊び半分で弓を練習してみたんです。そうしたら呑み込みがよかったようで、院長先生のすすめもあって本格的に鍛錬することにしたんです。その後は弓術士の素質を持っていることも判明して」
小柄な神官少女は神聖術だけでなく弓術の才能も持っていたようだ。練習を開始してからめきめきと実力が上がり、これまで魔物を何体も葬ったことがあるらしい。
他にも孤児院時代に食料が足りなくなった時に、院長と孤児院の近くにあった森に分け入って弓で動物などを狩って持ち帰っていたのだとか。もはや立派な狩人である。院長も弓や近接武器などを使いこなせるらしくなかなかワイルドで多彩な人のようだ。
ちなみに地下遺跡で悪魔やレイスたちと遭遇した時は、同僚を守るのに精一杯で弓を使って応戦するような余裕はなかったらしい。
「でも矢はどうするんだ? そのポーチに保管してあるのか?」
フィリオラはその疑問に答えるようにゆっくりと弦に指を添えて弓を構えると、うっすらと輝く光の矢が指の間に出現したのだ。
「矢を用意する必要はありません。使用者の魔力を消費することで魔弓が矢を造りだしてくれるんです」
「凄いな。それだと魔力が続く限り矢が枯渇することはないのか」
矢をいちいち番える必要もなく、しかも普段は棒状にしておくことで持ち運びも便利とはかなり優秀な武器である。どういう原理なのかは知らないが弓を扱う人間だったらみな欲しがりそうだ。
お互いの武器や連携を確認していると何かが這いずりながら接近してくる音が聞こえてきた。どうやら討伐対象が現れたようだ。
「フィリオラ、敵のお出ましのようだ。後ろは任せたぞ!」
「はい!」
太刀を取り出しながら音がする方に走る。視界が開けているのですぐに敵は見つかった。
視線の先には紋様のある長い身体をくねらせて地面を移動する大きな蛇がいた。体長はおよそ五・六メートルで胴回りも太く、いつかテレビで見た巨大アナコンダのようだ。
こいつはソードボアという蛇型の魔物で、まるで磨かれた剣のような長い牙を有することからその名が付けられたのだそうだ。主な攻撃方法は牙を獲物の急所に突き刺して仕留めることが多く、毒を注入したり飛ばしたりすることもある。他には長い身体を獲物に巻きつけて絞め殺したりもするらしい。
ソードボアはナギとの距離を縮めると口内に長く鋭い牙を生やした。普段は邪魔なので体内にしまっているようだ。
威嚇音が出しながら迫ってくる蛇に<風弾>をお見舞いするも身体を器用にくねらせて回避する。
それからお返しとばかりに毒を吐き出してきたので側面に回りこむように避けて<強化>を使用した一撃を振り抜いた。
長い身体の一部が切り裂かれ体液が飛び散る。ソードボアのうろこはなかなか硬いものの<強化>による攻撃ならやすやすとダメージを与えることができる。この分だと苦戦することなく倒せそうだ。
切り裂かれて怒ったソードボアが振り向いた瞬間、その黄色い目に光の矢が突き刺さる。後方にちらと目を向けるとフィリオラが魔弓を構えたまま静止していた。蛇の動きが止まった瞬間を狙ったとはいえ正確に目を射抜くとは大した腕である。そして背筋をぴんと伸ばしている立ち姿もなかなか似合っていた。
強烈な一撃を受けて悶えている敵に対し、ナギは<瞬脚>で飛び上がって容赦なくその頭部に太刀を振り下ろした。根元まで断ち切られた蛇の頭部がごろりと地面に転がる。まずは一体目の駆逐を完了した。
「ナイスだ、フィリオラ!」
的確なサポートをしてくれたフィリオラにサムズアップすると神官少女も笑顔で手を振ってきた。どうやら彼女との連携も問題ないようだ。
その後も一体目をスムーズに倒した勢いそのままにソードボアたちを狩っていく。複数の蛇に囲まれてもフィリオラが牽制してくれるので一匹ずつ確実に葬ることができる。これまでのようにひとりで戦うよりも安定感があった。
三体のソードボアを倒し終えると別の方向からフィリオラに敵が迫っていることに気付いた。
「フィリオラ! 敵だ!」
警告を受けてフィリオラは己に迫る敵の存在を感知した。距離があるのでそばに行くには少し時間がかかるし、精霊術による攻撃を放っても避けられる可能性が高い。彼女が自分で身を守らなければならない。
高速で這ってきたソードボアが牙を突き立てようとすると、フィリオラの周囲に展開された光の結界が攻撃を阻んだ。神聖術の全方位に壁を張る<聖域>だ。
硬質な音がして牙が弾かれると、すぐに結界を消したフィリオラ後ろに飛んで距離を取りつつ矢を放った。
矢は蛇の眉間に突き刺さって貫通し、その攻撃が致命傷になったようでそのまま息絶えた。巨大が地響きとともに横倒しになる。
「大丈夫みたいだな。というか一撃で倒したのか」
「魔弓の矢は込める魔力によって威力を変えることができるんです。先程のような高威力の一撃は魔力の消費が激しいのでここぞという時にしか使わないですけど」
どうやら『閃光の魔弓』は想像以上に高性能だったようだ。スキルと同じで魔力が増えるほど制御も難しくなるそうだが威力を調整できるのは便利である。
それに移動しながらも狙った位置に的中させたフィリオラの腕も見事であった。敵が迫ってきても冷静に対処していたし、最近異世界にやってきたナギよりも経験を積んでいるかもしれない。
「よし、掃討を続けるか」
ここまで順調に仕事をこなしたナギたちは次の敵を求めて移動を開始するのだった。