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45 銀の狼牙

 ナギとフィリオラはセントリースの街から見て西側の街道近くで待機していた。周囲には同じく待機している冒険者たちが立っている。仲間と会話している者、手持ち無沙汰そうに立っている者、入念に武器チェックを行っている者など様々だ。


 この場にいるのはナギたちを含めて五~六十名といったところで、セントリースが多くの冒険者が集まる街のわりにはそこまで数は多くなかった。急な召集だったのと、ある程度の実力がある人間に限定しているからだとシャロンから聞いている。


 今回シャロンから依頼された仕事は西の街道付近に現れたという蛇型の魔物の討伐であった。多数の数が確認され、シルヴィアナ大森林から移動してきたと推測されている。今のところは街道から離れた位置にいるので通行人に被害はないがそれも時間の問題だろう。


 討伐は冒険者ギルドの主導で行われるが、ナギのような自由冒険者にも声がかかったのは、敵の数が多いので戦える人間をできるだけ集めることになったからだ。大陸を東西に結ぶ大動脈がもし麻痺すれば、人の流れや物流に大きな打撃を被るため素早い駆逐が必要となる。ウェルズリー商会も他人事ではないため人材を出して討伐を手伝うことになったのである。


 そして今回の討伐において中心的な役割を担うのが、セントリース政府及び冒険者ギルドからの信頼も厚いとあるクランなのであった。そのクランのリーダーが討伐の指揮を執るらしい。


 しばらく待っていると周囲からかすかなざわめきが漏れた。人々の視線を追うと十数人ほどの集団が近づいてきていたのだ。噂をすればなんとやらだ。


「シオンさんです。ルイサもいますね」


 フィリオラが集団の中にいたシオンに視線を向けていた。いつもの装備に身を包んで真剣な表情で歩いている。その後ろにはケビンやルイサの姿も見えた。


 どうやら先頭を歩いている男が集団のリーダーのようだ。身長はおよそ百九十ほどで立派な鎧の上からでも筋肉隆々なのが見てとれる。その堂々とした立ち居振る舞いといい、自信に満ちた眼差しといい、およそリーダーに相応しい人物だ。ここに集まった人間から一目置かれているようで、中には尊敬の眼差しを向けている者もいる。名のある高位冒険者で間違いないだろう。


 リーダーらしき男は皆から見えやすいようにちょうど近くにあった手頃な岩に足をかけて登った。岩の上に立つと皆を睥睨するように見下ろす。


「よっこらせ、と。みんな待たせて悪かったな」


「団長、そのかけ声はやめてください。実におじさんくさいので。いえ、紛うことなき中年なのですが」


「これからみんなに挨拶するって時に冷静な顔でけなしてんじゃねえよ! 俺の体面とか威厳とかそういうのを考えろ!」


「そんなものはありません」


「相変わらずひでえな!」


 岩の上の男はそばにいた眼鏡をかけた冷たい表情の女性となにやらコントをしていた。先程感じた威圧感は一体何だったのかと思うほどフランクなおっさんの姿がそこにあった。


 ただ集まった人間からはそんな彼らを嘲笑する様子などは見られなかった。むしろ柔らかい表情で見守っている。どうやらそんなに珍しい光景ではないようだし、それくらいで揺らぐような実力や信頼ではないのだろう。もっともシオンは溜息をつきながらその光景を眺めていてケビンも仏頂面をしている。ルイサは爆笑していたが。


 男は女性と少しばかり言い合っていたが、皆の視線に気付くと取り繕うようにわざとらしく咳払いしてから背筋を伸ばした。


「あー、見苦しい所を見せてしまったな。とりあえず手早く自己紹介するぜ。クラン『銀の狼牙』の団長を務めてるヴィクトルだ。今回の討伐の指揮を任せられてる。現れた魔物の数は多いが、ここに集まったやつらなら問題なく対処できるはずだ。よろしく頼むぜ」


 ヴィクトルは話を一度切って皆を見回した。その際ナギと目が合った時に、面白いやつを見つけたとばかりににやりと笑ったのは気のせいだと思いたい。


「それじゃあこれから概要を説明する。といってもそんなに複雑なことじゃない。大雑把だが魔物が出現する地域をエリアごとに分けてあるから、それぞれのエリアに人数を割り振ってその場にいる魔物を退治してもらうだけだ。割り振り方はこちらで決めさせてもらう。一部は街道に魔物が来た場合に備えてこの辺りで防衛線を敷くことになる。今回参加している人間は同じ仕事をこなす仲間だ。余裕があるなら近くで戦ってるやつにも気を配り、もし危ないようだったら手助けしてやってくれ」


 ひと通り話が終わると、そばにいた眼鏡の女性がエリアの説明をして、参加者の配置に関して手元の名簿らしきものを見ながらてきぱきと決めていった。急な召集だったにもかかわらずあらかじめ手際よく決めていたのだと思う。


 眼鏡の女性が名前やパーティ名を呼んで各エリアに振り分けていく。


 当然、ナギとフィリオラの名前も呼ばれることになり、ヴィクトルの近くにいたシオンが驚いた表情をすると慌てて周囲を探し始めていた。集まったメンツの中にまさかいるとは思わなかったのだろう。こちらはあらかじめシャロンから『銀の狼牙』のことを聞かされていたので、彼女が昼食の約束をキャンセルした理由もすぐに察することができたのだ。


 やがて集団の奥にいたナギたちを発見したようで視線が鉢合うと目を見開いて口をパクパクと動かしていた。なんとなく何を言っているのか分かりそうだ。


 集まった人間の振り分けが完了するとさっそく皆が移動をはじめ、ざわざわと辺りに喧騒が響くなか、群集を縫うようにしてシオンが足早にやってきた。


「ちょっと、何であんたがここにいるのよ。しかもフィリオラまで一緒だなんて」


「俺もまさか同じ仕事をすることになるとは思わなかったよ」


 シオンにこれまでの流れを簡潔に説明する。


「昼食後に商会から今回の討伐の要請がきたってわけね。想定よりも集まりが悪かったから応援を募るとは聞いてたけど……。二人の名前が呼ばれた時はさすがにびっくしたわよ」


 そこでシオンはフィリオラに顔を向ける。


「それにしてもフィリオラが仕事の手伝いをするためについてくるなんて。そこらの冒険者よりも経験は積んでるし、治癒術を使える神官がいると助かるけどね」


「皆さんの足は引っ張りません!」


 気合いの入っているフィリオラを見てシオンもとやかく言うつもりはないようだった。ナギよりも付き合いが長いので信頼しているのだろう。


 気付くと周囲の人間がそれぞれの担当エリアに散っていき人影がまばらになっている。ナギもそろそろ移動しようかと考えていると複数の足音が近づいてきた。


「そいつが例のシオンの親戚ってやつか? 俺にも紹介してくれよ」


「団長。それにヒルダ副長も」


 ナギの前に立つ一組の男女。それは先程喋っていた『銀の狼牙』の団長であるヴィクトルとそばにいた眼鏡の女性であった。どうやら女性はクランのNO.2だったらしく、ヒルダという名前らしい。いかにも有能な参謀といった風情の知的美人である。


「お前さんがナギ・テンドウだな。一度直接話をしたいと思ってたんだ」


 男くさい笑みを浮かべながらこちらのことを観察するように眺めるヴィクトル。ナギよりも一回り大きなガタイをしていることもあって目の前に立たれるとけっこうな圧迫感がある。有名ギルドを束ねる長だから並みの人物ではないのだろう。


 とりあえず挨拶すると次にヴィクトルは隣にいるフィリオラに目を向けた。


「そんで、そっちの嬢ちゃんが聖女候補でもあるアストラル教会の神官か。シオンやルイサとは何度か仕事を共にしたことがあったよな」


「はじまして、ヴィクトルさん。シオンさんたちにはお世話になってます」


「ははは。いいってことよ。こっちも仕事だし、ルイサもお前さんのことを気に入ってるみたいだからな。……しかし、この前の地下遺跡での一件に関わった二人がコンビを組むとはな」


 ヴィクトルはナギとフィリオラを面白そうに見比べた。やはりあの場にいたシオンから例の事件の詳細を聞いているのだろう。


「ナギ・テンドウ。あとで時間をくれないか? 少し話をしたいことがあるんだ」


「俺に?」


 そういえば以前も『銀の狼牙』の団長が話をしたいようなことをシオンが言っていた気がする。


「とりあえずその話は後だ。今は仕事を済ませないとな。悪魔を倒したほどの腕なら心配はないだろうが健闘を祈るぜ」


 ヴィクトルは踵を返して歩いていくも、隣に立っていたヒルダはなぜかナギのことをじっと見つめたまま動かなかった。心なしか目を見開いている気もする。


 どうしたのかと見返していると、ヒルダは我に返ったような表情をして静かに団長の後を追うのだった。

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