44 伝書鳥
カツアゲの現場に遭遇した翌日、授業が終了したナギはこれから昼食をとろうと広場に向かっていた。
いつも昼食をとっている場所に到着するとフィリオラがひとりで芝生の上に座っていた。
「お待たせ。シオンのやつはまだ来てないな」
「あ、ナギさん。シオンさんはさっき一度姿を見せたんです」
「そうなのか? じゃあ、あいつどこ行ったんだ」
「それが急に所属しているクランからお仕事の話がきたそうで、昼食はクランの拠点で頂くそうです」
「そうなのか。遅れてくることはよくあったけど初めてのパターンだな」
そういう事情なら仕方ないのでさっそく二人で食べることにする。
用意してくれたお弁当はいつも通り美味しそうだ。毎回違う内容でバリエーションが豊富である。
いつも通り二人で会話をしながら食事を終えようとすると、唐突に上の方から羽ばたきのような音が聞こえてきた。
「お? こいつは……」
「可愛い鳥ですね! どこから来たのかな?」
ナギの頭の上を一羽の小鳥が旋回していたのだ。頬の丸い斑点が可愛らしいすずめのような鳥である。
小鳥はナギの頭上でホバリングしてから肩にそっと止まって見上げてきた。小鳥の足には小さな筒のようなものが括りつけられている。
筒の蓋を外して中から丸められた紙を取り出して読むと予想通りウェルズリー商会からであった。何か急な仕事を頼みたい時などにこうして伝書鳩のように届けに来るのである。事前に説明されていたので驚くことはなかった。
商会の召集に応じるかどうかは登録した本人の自由だが、可能な限り応じてほしいと言っていた。特に用事もないので顔を出してみるつもりだ。こういった依頼を断っていると信用にも関わるだろう。
ちなみにこの小鳥は伝言を持っていく人間の拠点や商会が把握している足を運びそうな場所などを中心に空から捜索するようになっている。なので必ずしも発見できるわけではなく、一定時間内に見つからない時は撤収するらしい。ナギの場合は寝泊りしている宿と学校及びその周辺にいることがほとんどなので発見するのは難しくなかっただろう。
「ウェルズリー商会から伝言を持ってきてくれたんですね」
フィリオラが肩に乗っている小鳥を撫でると気持ち良さそうに目を細めていた。少女と小鳥が戯れている姿は実に微笑ましい光景である。
紙を受け取ったナギが小鳥の頭を撫でるとまた空へと舞い上がり南の方へと消えていった。役目を果たしたのでこれから商会へ帰還するのだろう。
フィリオラに商会からの召集の件を説明する。
「じゃあナギさんも今からウェルズリー商会に向かうんですね。それなら私も行きます! 今日は教会のお仕事もありませんから」
以前話していた自由冒険者の仕事を手伝う機会が訪れたと気合の入っているフィリオラ。
昼食を食べてから紅茶を飲んで一息つくと、二人は近くにある定宿に戻り、荷物を置いて自由冒険者用の装備に着替える。
部屋を出て一階で待っているとすぐにフィリオラも降りてきた。
「お待たせしました!」
「あれ? いつもと少し服が違うな」
フィリオラが仕事の時に着ている神官衣に似ているがより動きやすそうな服装である。腰にはポーチがついていた。
「正式な神官衣は動きづらいので、けっこう歩く場合や魔物退治などをする時に着る服なんです」
「ああ、そういえば地下遺跡の時にも着てたような」
あの時は急いでいた上に悪魔が現れるなどして服装まで見ている余裕はなかったのだ。それと命懸けの戦闘を終えた後は疲労が溜まっていたということもある。
準備を終えた二人は宿を出ると連れ立ってウェルズリー商会へと向かうのだった。
「あら、ナギさん。来てくれたのね。ちゃんとお昼御飯は食べてきた?」
「こんにちは、シャロンさん。もちろん食べてきましたよ」
いつも通り四階に上がってシャロンのオフィスに入ると栗色の髪の女性が出迎えてくれた。細身でありながらもレディススーツに抜群のプロポーションを包んでいる妙齢の美女である。
ナギに続いてフィリオラが興味深そうに辺りを見回しながら入室するとシャロンがおやという表情をした。
「あら、あなたは……」
「はじめまして。アストラル教会で神官をしているフィリオラ・ノリスといいます」
フィリオラはシャロンに向かってぺこりと頭を下げて挨拶した。
「これはご丁寧に。こちらこそはじめまして、シャロン・ウェルズリーです。教会で活躍してるフィリオラさんのことは知ってるわ。一緒に来たのは何か話があるからのようね?」
ナギは察しの良いシャロンに神官少女がついてきた理由を説明する。
「なるほど。ナギさんの仕事を手伝いたいということね」
「急なお願いですみません。私もウェルズリー商会に登録できないでしょうか?」
フィリオラの真剣な眼差しを受けたシャロンが口を開く。
「一応確認しておくけど、危険な仕事が多いことは承知しているわね?」
「はい。もちろんです」
「フィリオラさんは神聖術の使い手であり、教会の仕事で何度か危険な場所に赴いた経験があるだろうから実力不足だとは思わない。あなたに覚悟があるなら当商会としても歓迎します」
「本当ですか!」
欲しかった言葉が聞けたからかフィリオラが歓喜の声を上げる。
「ただ、商会の仕事をこなせるか試験を受けてもらうわね。ちょうどナギさんを呼んだ件で仕事があるから、それを無事に完了できたら合格としましょう」
「分かりました! 精一杯頑張ります!」
それからフィリオラが自由冒険者として働くにあたって簡単な条件を詰める。原則としてフィリオラはナギとチームを組み単独で仕事を受けることはない。彼女の動機のひとつはナギを手伝うことであり、また戦闘において後方支援を得意としているためだ。報酬に関しては仕事後に内容を聞いた上でシャロンが査定して振り分けてくれることになった。
「少し気が早いかもしれないけど二人には期待してるわ。チームとしてバランスも良いし、星霊術士と神聖術士のコンビはなかなか見られるものじゃないしね。それにひとりだと不測の事態に対応できない可能性もあるけど、パートナがいればいざという時に背中をカバーしあうこともできる」
パートナーという言葉を聞いてフィリオラが嬉しそうな表情をする。
ともかく話がスムーズにいったようでなによりだがナギにはひとつ気になることがあった。
「今更だけどフィリオラは登録して大丈夫なのか? 教会との兼業になる形だけど」
「教会からすでに許可をいただいているので問題ありません」
教会の関係者は許可されあれば自由冒険者登録や冒険者の資格を取ることも可能らしい。なかには冒険者として活躍している神官などもいるそうだ。個人にもよるが神官は治癒などを得意としていることが多いので冒険者の業界では引く手数多らしい。
それはそうと手早く教会の許可を貰っていたようで神官少女の行動力には感心するばかりだ。コルテス司教が責任者だった時代ではまず無理だっただろう。
「そういえば、他の登録者は見当たらないですね」
気になっていたことをシャロンに尋ねてみた。てっきりナギだけではなく他の自由冒険者にも声をかけているのかと思ったのだ。
「他の人は街の外で活動していてナギさんにしか声はかけてないの。仮に街中にいたとしてもタイミングよく見つかるとは限らないからね。けっこう自由人な方が多いから。それに少数精鋭ってわけじゃないけど、そもそも登録している人がそんなにいるわけではないの」
シャロンの話を聞いて納得したところで、今回の仕事の内容について説明を受けることになるのだった。