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43 放課後の出来事

休日明けの学校。たまにある午後の授業を終えたナギは自分の席で背伸びをした。関節の鳴る小気味のいい音がする。


「ナギ、途中まで一緒に帰ろうぜ」


「おう」


 教科書などを鞄に詰め込んでいるとエドがやってきた。こいつも部活動などはやっていないので放課後はわりと暇らしい。ただ、何の仕事なのかは知らないがたまにバイトをしていると聞いたことがあった。


 二人で連れ立って教室を出る。他の生徒たちも部活にいったり友人と街に繰り出したりとそれぞれの目的のために散っていく。


「昨日は自由冒険者の仕事だったんだろ? 怪我もなく普通に登校してきたから無事に達成できたみたいだな」


「まあ、なんとかな」


 もう少しで巨大なトロルに押し潰されそうになったものの仕事はきちんと終えることができた。まだこなした依頼自体少ないとはいえ達成率100%なのは優秀だとシャロンが褒めてくれた。達成率が高いほど信頼も高まり重要な仕事も回ってくるだろう。


 それとシャロンが教えてくれたところによると、あの巨大トロルはトロルクイーンと呼ばれる上位種であることが判明した。クイーンというだけあってやはりメスだったらしい。子供を定期的に生んで群れを作る場合もあるので倒しておいてよかったそうだ。


 難敵であるトロルクイーンと遭遇して洞窟の一部が崩落したことを聞いたシャロンはナギの無事を喜ぶと同時に無傷で生還したことに少々呆れた様子だった。


「そういえば森で冒険者の集団と出会ったな。なんというか独特な雰囲気の男達だった」


「独特ってどんな感じだ?」


「視線とか纏ってる空気がやけに鋭かったな」


 ナギは出会った時のことを思い出しながら喋る。まさに百戦錬磨という言葉が似合う男達であった。


「そいつら冒険者だと名乗ったのか?」


「そう言ってたけど、実際は分からん。でも森の中をうろついているのは大抵冒険者だろ?」


「そうとは限らないぜ。例えば密入国者という線もある。シルヴィアナ大森林は隣国にも広がっていて森の中までは国境警備の目も届かない。だから密入国や密輸のルートとしてよく使われるんだよ。森を移動できるだけの実力があればだけど」


「……なるほど。そういう可能性もあるのか。でも、ちょっと待てよ。もしそういう怪しげな連中だったとしたら、実は俺けっこう危なかったんじゃないか?」


 連中の去り際の光景が脳裏に浮かぶ。男たちの中にいた赤毛が不穏な視線を向けてきていたのだ。


「もしそうだったらやばかったかもな。下手したら目撃者であるお前は消されてたかも」


 にやりと意地の悪い笑みを浮かべるエド。まったく笑えない冗談だ。あんな凄腕そうな男たちに一斉に襲われたらピンチどころの話ではない。


「なんてな。そんなやつらと広い森の中で偶然鉢合う可能性は低いだろ」


「お前な。変に脅かすなよ」


 へらへらと笑うエドを睨む。それにしても相変わらずいろいろ知っている男だ。


 それから校舎を出た二人が校門に向かって歩いていると、ふと気になる光景が目に入った。怯えた様子の生徒が複数の体格の良い生徒たちに囲まれて校舎の影に消えていったのだ。控えめに言っても友達同士には見えなかった。少し距離があったので見えづらかったが、たぶん囲んでいたのは戦術科の生徒たちだったと思う。


「あー、まずいかもな。実際に見たのは初めてだけど、戦術科の一部の生徒に脅かされて金をせびられるって噂を聞いたことがある」


 同じ光景を目撃していたらしいエドが少し眉を顰めていた。どうやらこれからカツアゲされる可能性が高そうだ。


 生徒たちが消えた方向にナギが歩き出すとエドもついてきた。


「セントリース中央学院はけっこう名門なんだろ? なのにあんな連中もいるんだな」


「どこにでもああいう自分勝手な連中はいるだろ。名門ゆえに変にプライドが高いやつもいるだろうし。しかも戦術科の生徒は一般人よりも戦闘力が高いから、あんな風に何をしてもいいと勘違いするやつが出てきてもおかしくない。過去には暴行を振るって退学になった生徒もいるらしいぜ」


「学校はその辺ちゃんと取り締まってるのか?」


「もちろん学校としても責任問題になりかねないから普段から厳しく指導してるさ。でも全員が守るとは限らないし、広い学校だから教師の目が届かない部分も出てくるだろうな」


 名門だろうがちゃんと指導していようがああいう手合いが完全に消えることはないようだ。


「けど、お前も物好きというか人がいいよな。普通はあんな面倒事には関わりたくないだろ」


「……見ちまった以上、放置するのは後味が悪いだけだっての。シオンのやつにもどやされそうだしな」


 校舎の角を曲がると少し薄暗い場所に出た。いかにも人目を忍んで悪事を働くのにうってつけの場所だ。


 校舎裏のぽつぽつと木が生えている所にさっき見た連中がいた。連れてきた生徒を木の幹に押し付けてその周りを戦術科の三人の生徒が囲んでいる。にやにやと笑って口々に何かを言っているようだ。今気付いたが連れてこられた男子は普通科の生徒のようだった。別のクラスなので顔や名前は知らなかったが。


 まだ勘違いという可能性もあるので少し離れた場所からこっそり様子を窺うことにする。木の影に隠れていると彼らの会話が聞こえてきた。


「なあ、いいだろー? ちょっとでいいから金を貸してくれよ」


「あとで必ず返すからさ! いつになるかは分かんないけど!」


「俺ら冒険者は装備品やアイテムの補充で金欠気味でさ。日々、お前ら一般人を守るための活動をしてるんだから少しくらい融通してくれよ」


 それぞれ勝手なことを口ずさむ戦術科の生徒たち。あきらかにカツアゲしている場面であった。


 包囲網を徐々に縮められて圧力をかけられている普通科の生徒は完全に縮み上がっている。この分だと要求に従ってしまうのは時間の問題のようだ。


「おい、いい加減にしろ」


「そうそう。ばれたら停学どころか退学もありえるぞ」


 ナギとエドが木の影から出て声をかけると戦術科の生徒たちが警戒したように振り返った。


「なんだよ、お前ら」


「こういうのは見て見ぬ振りをするのが賢い選択ってもんだろ」


「あれ? もしかしてこいつアルトマンを倒した普通科のやつじゃね?」


 生徒の一人がナギを指差した。やはりケビンとの仕合の件は知れ渡っているようだ。あの決闘の後、教室で同級生に何度も聞かれて少々辟易したものである。


「マジでこいつがあのアルトマンを負かしたってのか?」


「途中からだけど観戦してたから覚えてる。間違いなくこいつだった」


「見た目は普通だな。全然強そうには見えねえ」


 じろじろとナギを眺めながら近づいてくる戦術科の生徒たち。興味の対象がこちらに移ったようだ。


 隣のエドに向かって目配せすると、意図を察したよう軽く頷いてみせた。


「どうせアルトマンに勝ったのはまぐれだろ? というかあいつが油断してたんだろ。だせえよな」


「ちょっとは剣術をかじってるみたいだけど、戦術科の生徒に偶然勝ったからって調子にのるなよ」


 これみよがしに威嚇しながら今度は三人でナギの方を包囲してきた。動きからしてたいしたことのない連中だと分かる。途中からでもケビンとの攻防を見ていたなら力量差に気付いてもよさそうなので尚更だ。


「なあ、こいつをボコったら俺らの名も上がるんじゃね?」


「そうだな。まずはこいつを痛い目にあわせるか。正義を気取って首を突っ込んできたお前が悪いんだぜ」


 言うなり正面にいたひとりがいきなり右ストレートを顔面に叩き込んできたので、軽くスウェーして避けるとすぐに懐に入って足を引っ掛けた。バランスを崩して地面に両手を突く生徒。


「こ、こいつ……!」


 予想外の反撃に驚きながら慌てて立ち上がる生徒を見ながら確信する。こいつらは戦術科の生徒といってもシオンはおろかケビンよりも格下だ。仮に武器を持っていても素手だけで対処できる程度の実力である。


 色めき立つ三人を手で制しながら話しかける。


「お前らに絡まれてた生徒も逃げたし、もうこの辺にしとこうぜ」


「いつのまに!?」


 金をせびられていた普通科の生徒の姿はとっくに消えていた。先程押し付けられていた木のそばでエドが親指を立てている。隙をついてちゃんと逃がしてくれたようだ。


「それじゃあお前をボコって財布を巻き上げるだけだ!」


「……財布を巻き上げる? 本気で言ってるのか?」


 怒った三人が今度は全員で詰め寄ってこようとすると背後から冷たい声が聞こえてきて、振り返るとそこには見覚えのある男子生徒が立っていた。


「げっ! アルトマン!?」


 三人は顔面を蒼白にして硬直する。ケビンの方が実力も知名度も上だろうから、先程散々けなしていたわりには頭が上がらないようだ。


「お前たちは以前にも注意したよな。どうやら今回も結果的には未遂で終わったようだが、これから教師も交えて詳しく話を聞かせてもらうか」


 ケビンが鋭い視線を向けると三人は観念したようにうな垂れる。とりあえず一件落着のようだ。


「……身体を張って生徒を逃がしたのは悪い判断じゃないが、今度からは突っ走らずにまず学校の人間に伝えろ」


 三人を連行しながら通り過ぎる間際にケビンがぼそっと言って去っていった。


 入れ替わるようにエドが苦笑気味にやってくる。


「はは。なんというか素直じゃないよな」


「というか、何でここにいたんだ?」


「先輩達が逃がした生徒が報せにきたんですよ」


 ふいにひとりの女の子が近づいて話しかけてきた。


「ルイサ?」


「えへへ。どうも、先輩方!」


 現れたのはフィリオラのクラスメイトのルイサであった。それこそ中等科の彼女が何でここにいるのだろうか。


「さっきクランの用事でケビン先輩と話をしてたんですけど、その時普通科の生徒さんが慌てた様子で駆け込んできまして。風紀委員のケビン先輩に助けを求めてきたんですよ」


「そういうことだったのか。てか、あいつ風紀委員だったのか……」


 真面目な優等生であるケビンらしい役職である。冒険者の仕事もあるので活動できる時間は限られているそうだがなかなか精力的に動いているそうだ。


「あいつ、根は真面目そうなのに、何で俺にはあんな態度なんだろうな」


 あの決闘の後、ナギがエルフォード家に身を寄せていたのも事情があってのことであり、ケビンがいうほど不適切な人物ではないと説明してくれたらしい。誤解は解けたと思うのだがプライドが邪魔しているのだろうか。


「単にエルフォードがぽっと出の男に取られて悔しいんじゃないか? 彼女は戦術科生徒の憧れみたいだから」


「エド先輩の指摘もそう間違ってないと思いますよ。ナギ先輩がセントリースに来てから一緒にいる時間も減ったようですから。これはケビン先輩だけでなく戦術科の生徒の多くに当てはまるかもしれませんけど、シオン先輩を独り占めされてるような気分なのかもしれませんね。ケビン先輩があれこれ言っていたのは表向きの理由な気がします。どのみちケビン先輩はもう少し大人になるべきですねー」


 これまで学校のアイドルのような存在だったシオンが親戚だとかいう男に割く時間が増えたから面白くないということだろうか。当たっているのかは知らないが理解できなくもない。


 それにしても二人ともやはり鋭いというか、ルイサも先輩に対してなかなか手厳しいのであった。

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