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41 位階の上昇

 朝食後、ウェルズリー商会に赴いて仕事を受注したナギはシルヴィアナ大森林の中を歩いていた。ここは素材やアイテムの宝庫なので仕事の多くがこの森で行われることが多い。危険地帯であると同時に恩恵も授けてくれる場所なのだ。


 鬱蒼としている森の中は相変わらず不気味だ。時折、怪鳥の耳障りな声や獣の遠吠えが聞こえ、どこから魔獣が襲ってきてもおかしくない雰囲気である。


 目的地を探してしばらく森を歩いていると前方に洞窟の入り口が見えてきた。近くには情報どおり小さな泉が涌いている。どうやらあそこで間違いないようだ。


 今回の仕事は主に洞窟の中など暗くて湿気の多い場所に生息しているミルクマッシュルームという名前のキノコの採集であった。市場でも高値で取引されている高級食材だそうで、ウェルズリー商会が取引している一流レストランから手に入れてほしいとの依頼があったそうだ。


 目の前にある洞窟はミルクマッシュルームがある可能性が高く、天然の繁殖場になっている。洞窟は単純な構造で奥行きもそこまでないので迷ったりする心配はない。あとは洞窟内を捜索して回収してくればいい。


 ただそんな安易な仕事なわけがなく、この洞窟はトロルという魔物の住処になっているのだ。トロルは人間より一回り以上大きく肥満体のような体付きをしていて、知能は低いものの高い再生能力と強靭な肉体を持った化け物だ。


 これまでも仕事中に何度か遭遇して戦ったことがある。風弾をもろに腹に食らっても、風刃で腕を切り裂いても構わず攻撃を仕掛けてくるのである。


 一度首筋を深く切りつけて頚動脈あたりから緑色の血が大量に噴き出したことがあった。これが人間や並みの魔物だったら死亡確定だろうが血を吹きつつも戦闘を続行してきてドン引きしたくらいである。とにかくタフで鈍感な生物なのだ。確実に倒すには首を切り落すくらいしなければならない。


 このように厄介な魔獣だが運良く洞窟にトロルがいない可能性もあった。


 たまにミルクマッシュルーム目当てで冒険者が洞窟を訪れてトロルを退治する場合もあるらしい。駆逐されてもどこからかトロルがやってきて懲りずに住処にしているのは、近くに水場があるから便利なのと大雑把な生態ゆえにあまり深く考えていないからだろう。


 ナギがトロルと出会った時は基本的にさっさと逃げることにしている。相手をするのが面倒だし、特に売却できる部位もないからだ。ただ今回はもともと戦うつもりで来ていた。


「悪いが、俺の新たなスキルを試す相手になってもらうぜ」


 ナギは不敵な笑みを浮かべると洞窟へと歩き出す。片方の手には紫電の光がかすかにスパークしていた。


 洞窟に入ると用意していたカンテラをマジックバッグから取り出して火を灯す。明かりは十メートル先ほどしか届かずその奥は暗闇に包まれている。洞窟の通路の大きさは大人が二人並べるくらいで、天井はそこまで高くない。


 慣れてる人ならいいが、暗闇から急に魔獣が出てきて襲われたら恐怖だろう。日常的にダンジョンに潜っている冒険者はよくやるものだと思う。不意を打たれないよう注意しなければならない。


 地面や壁、天井までくまなく観察しながらゆっくりと進んでいく。入り口の方に目当てのものは生えていないようなので奥の方まで行く必要がありそうだ。


 数十メートルほど一本道を歩くとドーム型の広い空間に出た。外に比べて空気がひんやりとしている。気温が一定で湿度もあるのでキノコの生育によさそうな場所なのは間違いない。まだトロルには遭遇していないもののミルクマッシュルームらしきキノコもなかった。


「さて、どちらに進むか……」


 現在いる空間からは更に奥へと二本の道が続いている。左の道はしばらく進むとまた分岐点があり、片方が行き止まりでもう片方が小さな部屋に出る。右の道はやや長い通路が続いて奥にまた大きなドーム型空間があるそうだ。このように暗記できるほど単純な洞窟で、内部の情報はウェルズリー商会で教えてもらった。


 シャロンの話だとキノコは通路よりも部屋のような空間にある可能性が高いらしい。となると左の小部屋か右の大部屋のどちらかにありそうだ。


 とりあえず左から確認しようと一歩を踏み出した時だった。今しがた歩いてきた通路からから何かが移動している音が洞窟内に響いてきたのだ。どすどすと無遠慮な重い足音と荒い鼻息がここまで聞こえてくる。どうやら外から帰ってきたトロルがこちらに向かっているようだ。


 足音の方向にカンテラを向けながら臨戦態勢に入っていると、光が届く範囲にぬっと大きな影が入り込んできた。ナギよりも頭二つも三つも大きいその生物は肌の色が濃い緑色でずんぐりとした体型をしており、丸太のような太い腕には凶悪なこん棒が握られている。洞窟を住処にしているトロルで間違いないようだ。


 無造作に歩いてきたトロルはナギの姿を捉えると雄叫びを上げて襲いかかってきた。力任せにこん棒で殴りつけてきたので横に跳んで避ける。技術も何もない雑な攻撃だが人をあっさりとミンチに変えるだけの威力があり気は抜けない。


 それからも向かってくるトロルに星霊術を飛ばす。避けようともしない敵の身体に<風弾>が鈍い音を立ててめり込み、<風刃>が深い裂傷を作る。複数の骨が折れる音が聞こえ、千切れかけた腕がぶらぶらと揺れているにもかかわらず攻撃を止める気配がない。


「相変わらずタフな野郎だな」


 それでこそ新技の試し甲斐があるとナギは右手を掲げて魔力を集中させる。戦闘で使用するのはこれが初めてだ。


 掲げた右手の上に長細い電流の束が急速に集まって一本の槍を形成すると、その蒼く輝く雷撃の槍を突進してくるトロルへと投擲した。


 光の帯を残しながら飛翔した槍が敵のどてっぱらに突き刺さり、串刺し状態になったトロルは一瞬不思議そうな表情をするも、これくらい問題ないとばかりに再度攻撃を仕掛けようとした。


 だがその瞬間、貫通していた槍が急に電撃を撒き散らしながら弾け、体内から電撃によって焼かれた敵は身体を痙攣させながらその場に倒れて動かなくなった。その再生能力を発揮する間もなく息絶えたようだ。


 厄介なトロルを一撃で仕留めたことと新たに覚えた強力なスキルを使いこなせたことになぎは満足する。スキルの名前は<雷槍>といいシンクロレベルの上昇とともに習得した星霊術だ。


 実はこの前、シンクロレベルがようやく2になったのである。あの時は新たな位階に昇って存在そのものが成長したような感覚であった。契約しているアルギュロスとの同調が進んだのだろう。どうやらスキルの習熟度が一定に達すると次のレベルに上がるようだ。


 無事トロルを仕留めることができたのも事前にちゃんと練習を積んでいたからである。これまで通り新たなスキルを得てもすぐに使いこなせるわけではなくコツを掴むための試行錯誤が必要となる。練習場所であるエルフォード家の鍛錬場で初めて発動させた時は、学校で使う笛のようなしょぼい槍が出てきて目が点になったものだ。


 トロルを撃破したナギはステータスウィンドウを開いてみた。ここ数週間の成果を確かめるためである。



 ☆ ☆ ☆


【名前】 天堂那樹

【性別】 男

【年齢】 17

【クラス】 星霊術士 10338/18625 / 剣術士

【契約星霊】 風と雷の星霊アルギュロス(シンクロレベル2)

【スキル】 (星霊術)言語理解・ステータス閲覧・風耐性2・雷耐性2・風刃・風弾・風爆・雷撃・雷槍

      (剣術)強化

【オリジナルスキル】 瞬脚・空脚

【その他】 管理者の加護


 ☆ ☆ ☆



 この世界に来て初めてステータスを確認した時よりも魔力値がかなり増えている。これはまだナギの魔力量に伸び代があるということだ。個人差もあるが十代のうちは増える可能性があるらしい。もちろん成長にも限界があり一度伸びなくなればそこで終わりだ。


 魔力の最大値は訓練で伸ばすことができる。具体的には魔力をほぼ使いきることで魔力の限界値を上げるのだ。人間の身体は保有している魔力が空かそれに近い状態になると、それ以降そういう状態になるのを防ごうと魔力量の限界をわずかに増やそうとする。


 主に冒険者や魔力を扱った仕事をする人間がその性質を利用して若い頃に鍛錬を行うそうだ。これはシオンから聞いた話で、彼女の場合はもう何年も前から訓練を行っていて今では増加量も微々たるものらしい。


 今考えるとシルヴィアナ大森林にいた頃にも少し魔力量が増えていたのは、主に覚えたての星霊術の特訓が要因だったのだろう。あの時は魔力がほとんど尽きるまで特訓してから休むということを繰り返していたのだ。


 ナギも毎日ではないが練習を兼ねたスキルの使用により魔力を枯渇させることにしていた。今日のように自由冒険者の仕事がある場合は街に帰還する前に魔力を使いきるパターンが多い。


 ともあれ地道に訓練を続けた結果、ナギの魔力は順調に増え続けている。いずれはアルギュロス級の星霊二体と契約できるくらいになるかもしれない。シオンなどはどこまで増えるのかと呆れていたほどだった。


 ナギはステータスウィンドウのスキルの部分に目を落とす。シンクロレベルが上昇したことで得た<雷槍>が記載されていることはもちろん、<風耐性>と<雷耐性>がそれぞれ2になっている。シンクロレベルの上昇と連動している可能性が高い。試していないので分からないが風や雷に対する攻撃に強くなっていそうだ。


 ナギはステータスウィンドウを閉じると探索を再開することにしたのだった。

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