39 学校の部活
武術棟での決闘を終えた後、ナギは小休止を取ってから帰ることにした。決闘から少し時間が経っており、それは周囲で観戦していた生徒たちに何度も声をかけられていたからである。
「いやー、お前もこれでこの学校のプチ有名人くらいにはなったんじゃねーの?」
「はなはだ迷惑だけどな。あんなに人が来るとは思ってなかったし」
隣を歩くエドの能天気なセリフにナギは肩をすくめる。何人かは目敏い野次馬がいるかもしれないとは思っていたものの観戦者の数は予想を遥かに超えていた。
「明日にはもっと話が広まってるかもなー。教室で話題になってるんじゃね?」
「というか、お前のせいだろーが。他人事みたいに言いやがって」
「待て待て。俺は道すがら知り合いにこんな面白いことが始まると声をかけただけだ。あちこち宣伝して回ったわけじゃない。教えたやつから更に広まった可能性は否めないけど」
「やっぱりお前が悪いんじゃねーか。てか、エドはどうやって知ったんだよ」
昼食時に決闘の話が決まってから実際に始まるまではそんなに時間はなかったはずだ。なのにエドの話しぶりだとわりと早い段階で把握していた感じである。
「広場でのお前とアルトマンのやり取りはけっこう噂になってたからな。それこそ有名人であるエルフォードもその場にいたわけだし。そんで学校には俺にネタを提供してくれるやつが学科に関係なく何人もいるんだよ」
どうやらこの男は自分なりの情報網を構築しているようだ。下手したら他校にまで及ぶかもしれない。
「それにしても、ナギ先輩は強いんですね! シオン先輩から自由冒険者をしてると聞いてましたけど、これほとどは思いませんでした」
後ろでフィリオラと並んで歩いていたルイサが声をかけてくる。
「ケビン先輩だってけっして弱くはありません。うちのクランでも将来を嘱望されてるんですから」
「そのアルトマンよりもふたつ年下で『銀の狼牙』に入団してるルイサちゃんも十分凄いけどな。まあでもナギが想像以上だってのは同感だ。俺も仕事の話は聞いてたけどまさかアルトマンを完封するとは」
「ナギ先輩は刀を扱う剣術士なんですね。剣捌きや身のこなしも見事でまだまだ余裕を持っているように見えました。スキルでもケビン先輩の<強化>を上回っていましたし、あれほど綺麗に木剣を切り裂けていたのは同じ<強化>でも力量にかなり差があったからです」
熱弁するルイサの観察力にナギも感心する。中学生くらいの年齢で大手のクランに在籍しているのは伊達ではないようだ。
「ナギさんは凄いんですよ。私の事も何度も助けてくれたんですから。この前だって私のピンチに駆けつけてくれて――」
そこまで言いかけてフィリオラはあわあわと口を閉じた。地下遺跡で悪魔と戦った件については一応みだりに口外しないようになっているのだ。
「ピンチに駆けつけて、それからどうなったんだ? フィオちゃん」
「フィオっち、教えてよ! 凄く気になるんだけど!」
「ええと、あはは。ごめんなさい。今のは無しってことで」
笑って誤魔化すフィリオラに二人は少し落胆していた。
「うう、そんなところで止めるなんて生殺しだよ。ナギ先輩はまだ底が知れないし、他にも奥の手を隠してる気がするんだけど……」
「あれだけの戦闘技術をどこで身につけたのか気になるよな。エルフォードの縁戚だからそこまで不思議じゃないけど。遠い国の田舎出身とか話してたけどなんか気になるんだよなあ。その辺をつついたら面白そうなネタが出てきそうな予感がする」
エドとルイサの鋭い言葉に内心で舌を巻く。このふたりにはいつか色々とばれそうな気がする。悪い人間ではないので問題はない気もするが。
「さて、こいつをいじるのはここまでにしとくか。個人情報を必要以上に探るのは趣味じゃないし。それより、お二人さんはここでお別れだな」
校門まで来るとエドが立ち止まる。フィリオラはこれから教会の仕事があり、ルイサはクランの拠点に顔を出すそうだ。
それぞれ別れの挨拶を交わして二人は去っていった。
「そんじゃあ俺たちは予定通り店を巡るとするか?」
「ああ。頼むぜ、エド」
ナギはこの後、エドに日用雑貨を扱う店を教えてくれることになっていた。必要な日用品の購入のためである。学校に入学してから一月ほど経ったとはいえまだ学生街を全て把握しているわけではない。この男はその辺にも詳しいようなので案内役を買ってくれたのだ。
「もし時間が余ったら他の店も紹介しようか? いわゆる大人の店ってのをさ。お前も興味あるだろ?」
「何言ってんだ、お前は。俺は必需品を買うために頼んだんだよ。……興味あるかないかと問われれば……あるけどさ」
にやにやしたエドがみなまで言うなと肩に腕を回してくる。
うざったいので外そうとすると背後から声をかけてくるやつがいた。
「何に興味があるの?」
特に悪いことをしていたわけではないのに心臓が飛び跳ねるナギ。隣のエドもびっくりしたように硬直していた。この聞き慣れた声はシオンだ。どうやら部活にいく途中で出会ってしまったのだろう。
「い、いや、何でもない。俺たちは仲良しだということを確認してただけさ。なあ、エド?」
「お、おう。そのとおりだぜ! 相棒!」
お互いに肩を組んで意味不明なことを主張する男ふたり。
「……はあ。よく分からないけど、買い物に行くんでしょ? こんな所でアホなことやってないで早く行けば?」
「言われなくてもそうさせてもらう。シオンはこれから部活――」
何気なく振り返ってシオンの姿を視界に納めたナギはまた動きが止まってしまった。
「どうしたの?」
「いや……。何だその格好は?」
声をかけてきたシオンは白と青を基調とした半袖のシャツと短めのスコートを穿いていたのだ。いわゆるテニスウェアと呼ばれるもので、スコートから伸びた長くて白い足が眩しい。スタイルが良く背の高い彼女によく似合っていた。
「何って、部活で着るユニフォームだけど?」
「お前ってテニス部だったのか……」
「あんたには話してなかったっけ。そういえば前にも似たようなやり取りがあったわね……」
なにやら思い当たった表情をしたシオンがそっと耳に顔を近づけてくる。
「もしかして、あんたの世界の球技だったり?」
「たぶんな。さすがに驚いたぜ」
「『渡り人』がアストラルにもたらしものは想像以上にあるのかもね」
ひそひそとふたりで話していると、近くからこほんと咳払いの音が聞こえてきた。
「あー、お二人さん。いちゃつくのはもっと人目がない所にしたらどうだ? じゃないとまた決闘を申し込む輩が現れかねないぞ」
二人はエドの言葉にさっと離れる。
「いちゃついてないし!」
「まったくだ」
「分かった分かった。それよりエルフォードは部活に行かなくていいのか?」
「あんたたちを見かけたから声をかけたんだけど、こんなことならさっさと行けばよかったわ」
手を振りながら去ろうとするシオンにナギは声をかける。
「テニス部がどんなもんか興味があるから見学してもいいか?」
「別にいいけど」
ナギはテニスウェアバージョンのシオンについていく。エドにも付き合ってもらうことになった。
「見学って、テニスが好きなのか? ちょっと意外だな」
「そういうわけじゃないけど、気になってな」
エドの質問に適当に答えながら歩いていると学校の敷地内にあるテニスコートに到着した。何面ものコートが並んでいてけっこう広い。コート内ではすでにテニスウェアを着込んだ部活生たちが活動していて、男子生徒と女子生徒でそれぞれ分かれて練習をしているようだ。
コートは土と芝の二種類があった。シオンの話だと雨天の場合でも屋内で練習できるようになっているようだ。名門校だからか、なかなか設備が充実しているというかお金がかかっている。
「やっぱり俺の知ってるテニスだな」
コートのひとつに視線を向ける。そこには手に持ったラケットで黄色い球を打ち合ってラリーしている女子生徒たちがいた。見た感じルールもほとんど同じようだ。
ただ、コートの広さがやや大きいように感じた。おそらく向こうの世界の人間に比べてこちらの方が身体能力が高めなので、それに合わせた設計になっているのだと思う。
時折スコートの端を揺らしながら対戦している女子生徒たちを観戦していると腕を組んだエドが並んだ。
「それにしてもいい目の保養になるな。もしかしてナギもこれが目的で見学を申し出たのか?」
「違うっての。お前も懲りないやつだな。シオンに聞かれたらどうするんだよ」
当の本人は部活仲間に囲まれて笑顔で会話していた。男女問わずに声をかけられていて人望の高さをうかがわせる。
エドに話を聞くと、部活動には他にもバレーボール、フットボール、卓球、チェス、将棋など馴染みのあるものがいくつもあり、今度改めて学校中の部活を見て回ろうと考えるのだった。