38 決闘
待たされたケビンが少々苛々した様子だったが、ともかく仕合を始めることになった。両者が開始位置の向かい合うように配置されている白線に立ち、ふたりのそばに審判役であるシオンが移動する。
「それじゃあ始めるわよ。分かってると思うけどお互い正々堂々と戦うこと。勝敗は有効打が入るかどちらかが降参するか、あるいは武器を失った時点で決まりね。相手の急所を狙ったり、必要以上に痛めつけたりはしないように」
シオンは少し間を取って続ける。
「それと攻撃する手段はお互いが選んだ武器のみよ。ただし、その範疇ならどんな技を繰り出してもいいから」
その言葉にナギとケビンがぴくりと反応する。
「それは認められた攻撃手段においてはスキルの使用も可能ということかい?」
「そういうことね。もちろん相手が大怪我しないよう配慮はしてもらうけど」
ケビンの問いにシオンはあっさりと頷く。スキルは強力なものが多い。まともに当たれば木でできた模擬用の武器でも相応のダメージを受ける可能性は十分にある。しかしそれでも問題はないと言っているのだ。それはこの対決において両者の実力に開きがあることを示唆していた。
「なるほど……やっぱりシオンさんは君のことをかなり買い被っているようだね」
意味を正確に汲み取ったケビンの雰囲気が変わった気がした。その背後にめらめらと闘気のようなものが燃え上がっているかのようだ。
必要事項を説明するとシオンが距離を取り、ナギは改めてケビンを観察する。彼が選んだ武器は木でできた片手剣だった。立ち姿もしっかりとしていて、これまでかなりの鍛錬を積んできたことが分かる。こちらと同じく制服の上着を脱いだだけの格好だ。
ケビンもナギの格好を観察するように眺めて眉根を寄せる。
「おい、防具はつけなくていいのか。怪我しても知らないぞ」
「別にいいさ。こっちの方が動きやすいし」
「どうやら少しは武器の扱い方をかじってるようだが、実戦を何度も経験してる俺に一般人が勝てると思うのか」
「それはやってみないと分からないさ」
ナギの言い分が気に入らなかったのかケビンの目付きが鋭くなる。
「この際だから聞いとくか。お前、なんか俺のことを目の敵にしてるような気がするんだが、なんでだ?」
「……それも当然だろう。なにせ、シオンさんたちエルフォード家に迷惑をかけてるんだからな」
「は?」
「親戚であることをいいことに、お前は何もせずにずっと衣食住の面倒を見てもらい、中央学院入学の手配から何までお世話になっているそうだな。だから俺は彼女たちの好意に甘えるだけの情けないお前はふさわしくないと言ってるんだ」
「うぐっ!」
痛い所を突かれたとばかりにナギはよろめく。なまじ間違っていないだけに反論できない。ただこちらとしても異世界に放り出されたばかりなので仕方なかったという理由があるのだが、この男にそんなことを説明もできない。
「ケビン君、なんだか悪いように受け取ってるみたいねえ。詳しい事情は話してないから、客観的にはそう見えるのかもしれないけど」
「こいつが俺を敵視する理由ってそれだったのかよ……」
シオンはケビン曰く戦術科の皆が目標とする若手冒険者の代表で、ナギはそんな彼女の家に寄生している男とか思われてそうだ。
「そもそも家に招待したのは私を助けてもらったお礼というのもあるんだけど、その辺は後でちゃんと説明しとくから。とりあえず今は勝負を始めるわよ。この場所を使用できる時間も限られてるんだから」
ちょっと気が抜けた面もあるが改めて勝負に集中する。
「ケビンー! 頑張れよー!」
「ケビン君! やりすぎないようにね!」
「相手は一般人なんだから手加減してやれよ!」
ケビンの背後から戦術科のチームメイトの声援が飛ぶ。周囲の雰囲気からしてもほとんどの人間はナギが勝利するとは考えていないようだ。そんな中でも必死に応援してくれているフィリオラの姿が微笑ましい。
「それでは、始め!」
シオンの勝負開始の合図とともにケビンがダッシュで間合いを詰めてくる。なかなかのスピードでみるみるうちに接近してくる。
目前まで迫ったケビンは短く息を吐いて木剣を袈裟切りに振り抜いてきた。容赦のない鋭い一撃で当たれば左肩の鎖骨あたりがぽっきりいってしまうかもしれない。
もちろん痛い目にあいたくないのでタイミングを合わせた木刀で冷静に受け止める。武器同士が噛み合い、身体に強烈な振動が伝わってくる。間違いなく本気の一撃だろう。初手で早々に決めるつもりだったようで、あっさりと防がれたケビンが驚きの表情を浮かべている。
その後もあらゆる方向からこちらの防御を崩そうと木剣を振るってくるが、ナギは巧みに剣の角度を変えて受け流していく。
試合開始から一分近く経過するもケビンの攻撃はナギの身体にかすりもしない。予想と異なる展開からか徐々に観戦している人間たちのざわめきが大きくなる。
「……こいつ!」
全ての攻撃に対応され痺れを切らした様子のケビンが木剣を高々と掲げて切り落しを狙ってきた。仮に防がれてもこちらの態勢を崩して次の攻撃につなげるつもりなのだろう。ただ焦りがあるのかこれまでよりも明らかに隙が大きい。
ナギはその隙を見逃さずすっと一歩前に出て木刀で相手の胴を薙ぐように振るうも、慌てて木剣を手元に戻したケビンに防がれてしまった。
「お前……」
後退して間合いを取ったケビンが危機を脱した直後で息が少し荒い状態で睨んでくる。もしナギが本気なら力の入りきれてない木剣が弾かれて今頃勝負が決まっていたことに気づいたのだ。できるだけ怪我をさせないために手加減したのである。
ナギが得意としているのは基本的に後の先――カウンターを主体としたものである。そのためには相手の動きを見極める冷静さと観察力が求められ、先程のような大味な攻撃なら余裕で反撃することができる。
(冒険者のクラス4でこれくらいの実力なのか)
クラス4といっても個人差はあるだろうがだいたいの強さは分かった。そして、シオンと比べればやはり格が数段落ちる。彼女との打ち合いならあんな隙はまずできないし、むしろわざと隙を見せて誘ってくる高度な駆け引きまで行ってくるくらいだ。
屈辱的な一合を終えてケビンの目の色が変わった。武器を握る手に力が入っているのがここからでも分かる。おそらく次にはスキルを使ってくるのだろう。
ケビンは態勢を低くしながら距離を縮めると武器を構えて攻撃の体勢に入った。その瞬間、木剣に魔力の輝きが走るのが見えたので即座に回避を選択する。これまでみたいに受けていたら木刀が折れていただろう。
「避けたか。なかなか勘がいいな。安心しろ、このスキルでお前の身体を直接攻撃するつもりはないさ」
こちらが初めて回避したからかケビンに余裕が戻ったようだ。スキルありなら自分が優位だと思っているのかもしれない。だがそれは勘違いである。今使用した剣術スキルの<強化>はナギも使えるし、木刀を破壊する意図がみえみえで狙いが分かりやすい。
ケビンは今度こそ勝負を決めるべく再び<強化>を使用した攻撃を仕掛け、今度はナギも避けずに迎え撃つ姿勢を見せる。それを見て勝利を確信した相手の木剣に横から<強化>を施した木刀で薙ぎ払うのだった。
攻防を終えた両者が動きを止めると、しばらくしてから何かが地面に落下する音が聞こえてきた。それは根元から断ち切られた木剣の刀身であった。
「嘘だろ……。俺が最近になってようやくものにした<強化>をあいつも使えるってのか? それも俺以上の切れ味だなんて……」
刀身が無くなってしまった木剣を呆然と見つめるケビン。武器による攻撃力は扱う得物の性能、スキルの強度、使い手の技量などで決まる。お互いが使っていた模擬用の武器にそこまで性能差はなく使用するスキルも同じだったため、総合的な実力でナギの方がケビンを上回ったということになる。まして武器を破壊されたのは両者に大きな差があるということを示唆していた。
武器が破壊されたことでシオンがナギの勝利を告げると、途中から固唾を呑んで見守っていた観衆から大きな歓声が沸き起こった。まさか普通科の生徒が戦術科の優等生に勝てるとは思わなかったのだろう。予想外すぎる結果に驚いているようだ。そしてケビンを応援していた戦術科の生徒たちは呆気に取られているようだった。
ナギのことを称えたり口笛を吹いている観衆もいて少々照れくさい気分を味わっていると、片膝をついたまま固まっていたケビンがふらりと立ち上がりそのまま武術棟から出ていってしまった。その後を仲間たちが慌ててついていく。負けたのがかなりショックだったようでまるで幽鬼のような後ろ姿であった。
「大丈夫かあいつ。というか約束はどうなった」
「約束を破るタイプじゃないから大丈夫よ。今後同じように絡んでくることはないでしょう」
「まあ、シオンがそう言うなら問題ないか」
「ケビン君はプライドが高くて、最近はそれを更にこじらせてる感じだったけど、性格的に問題のある人物がうちのクランには入団できないからね。態度が尊大になっていたとはいえ、他の科の生徒に暴力を振るったりするわけでもないし。団長はもう少し様子を見るように言ってたけど、ともかくこの戦いを機に自分を見つめ直してくれればいいわね」
いまだ歓声が鳴り止まない部屋でナギとシオンはケビンが出ていった扉を見つめるのだった。