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37 対戦前

 昼食を終えてからしばらくして、ナギはセントリース中央学院に舞い戻っていた。場所は編入してから一度も足を踏み入れたことのない、戦術科が鍛錬のために使用する武術棟の部屋である。


 部屋の床には白いテープのようなもので四角い囲いが作られていてその中で仕合を行うそうだ。


 仕切りのすぐ外でナギが待機していると、仕合の審判を務めることになったシオンが近づいてきた。


「教師の許可は取ってきたわよ。準備はできてる?」


「ああ、問題ない」


 借りた木刀を軽く振りながら答える。武術棟の装備を保管する場所にあったもので、他にも木でできた模擬用の武器が何種類も置いてあった。あとさすがに真剣の許可は下りなかったらしい。


「それにしても、あんたがこの勝負を引き受けたのはちょっと意外ね。てっきり面倒だから断るかと思ったんだけど」


「最初はそのつもりだったんだけど気が変わったんだよ」


 ナギからしてみればケビンとの仕合を受ける理由はないし、仮に断って馬鹿にされたところで特に気にもならない。ただ良い機会だと思い直したのだ。


「ほら、俺ってこっちの世界に来てからお前としか打ち合ったことないだろ。あいつは同世代でも実力のある方みたいだから自分の立ち位置みたいのを測るにはもってこいだと思ったんだ」


「なるほどね。あんたは自由冒険者だから他の冒険者との絡みもほとんどないものね」


 シオンは納得した様子をみせるとナギをじっと見つめた。


「あらかじめ言っておくけど手加減はしなくていいから。なんならちょっと痛い目にあわせてもいいわよ」


「痛い目って……お前のクランの仲間だろ? そんなことしていいのかよ」


「別に構わないわよ。最近のケビン君は調子に乗ってるとこがあって、ちょっと注意したくらいじゃ改善しそうにないから」


 そう言ってシオンがケビンの方に歩いていくと、一人の男子生徒が入れ替わるようにこちらへとやってきた。


「よう、なんか面白いことになってるな」


「まだ学校にいたのか、エド」 


 友人であるエドことエドワード・アシュレイがにやっとした表情で近寄ってきた。どう見ても面白がっているのが分かる。


「なんでまた戦術科のエリート君と戦うことになったんだよ」


「それが俺もよく分からんうちに決まってたというか」


「なんだそれ。お前やっぱ面白いわ」


 腹を抱えてくつくつと笑うエド。そこまで笑う必要はないと思う。


「ケビン・アルトマンのこと知ってるのか?」


「そりゃあな。お前の親戚のシオン・エルフォードほどじゃないけど、この学校じゃ名前が知られてる方だろ。俺らと同い年にしてランク4の冒険者。そしてこの街を拠点にしてるクランでは一、二を争う『銀の狼牙』のメンバーなんだから」


「それってやっぱ凄いことなんだよな。さっきシオンのやつがケビンが調子に乗ってるとか言ってたけど」


「エルフォードがそんなこと言ってたのか。まあ、調子に乗るのも理解できるけどなあ。俺らくらいの年齢でランク4まで上がれれば十分エリートだしさ」


 冒険者ランクというのは徐々に上がりにくくなっていくものだが、ランク3から4に上がるのがひとつの難関になっている。いわゆる下級冒険者と中級冒険者の境目で、学生でランク4へと至ったケビンはかなり優秀な部類らしい。実際、学院には他にも冒険者資格を持った人間が多数いるそうだがランク4以上はごくわずかだそうだ。


「となると、ランク7のシオンはいったい……」


「彼女は別格だな。セントリースでも十年にひとり現れるかどうかの逸材だし、そんな凄い人間と親戚のお前はけっこう羨ましがられてるんだぜ」


 シオンはこの世界に来て初めて会った人間であり、その後も家族ぐるみで良くしてくれている。気さくな性格で昔から友人だったみたいに軽口を叩き合える仲なので、凄いと言われてもいまいち実感がないのだった。


「ま、ランクが何だろうと、あいつはあいつだしな」


 後頭部をぼりぼりと搔いていると、エドがなにやら笑みを浮かべてナギを見つめていた。普段見ないような優しげな笑みというか、正直ちょっと気持ち悪い。


「なんだよ、その笑顔は。キモいんだが」


「キモいってどういう意味だよ。とりあえず悪口を言われてるのは分かったけど。ともかくお前はそれでいいんだよ」


 わけの分からんやつだと訝しげな視線を向けるも説明する気はないようなのでさっきの話に戻ることにした。


「シオンやアルトマンが所属してる『銀の狼牙』は大手のクランだから、誰でも入団できるってわけじゃないんだよな」


「当然だな。厳格な入団審査があるらしいけど、最低限の条件としてランクが5以上なければ入れないそうだ」


「ランク5以上? ランク4のアルトマンが入団できてるのはどういうことだ?」


「最後まで話を聞けって。『銀の狼牙』は育成にも力を入れてるクランなんだよ。だから、素質のある十代の若手をスカウトして特別に入団させてるってわけだ」


「なるほど、そういうことか」


 強豪クラン『銀の狼牙』からお声がかかる若手はほんの一握りの人間だけらしい。となれば学校内でも一目置かれるだろうし、態度がでかくなるのも理解できる気がした。


「それにしても、お前本当に色んなこと知ってるよな」


「そりゃ、俺は情報通だからな」


 そう言うとエドはおどけたように片目をつぶるのだった。






 仕合が始まるまでの間、エドとしばし話し込んでいると、またこちらに近づいてくる人間がいた。


「ナギさん!」


「どうもー、ナギ先輩。あとついでにエド先輩も」


 ナギの前まで歩いてきたのはふたりの中等科の女子生徒だった。ひとりはふわふわした金髪のフィリオラで、もうひとりは明るいブラウンのショートの髪をした女の子だ。


「フィリオラも見にきてくれたのか。そっちの君はルイサだったよな」


「先輩、この前ぶりですね!」


 にぱっと笑うフィリオラの連れの女子生徒。その快活な笑みに、くりくりした猫を連想させる瞳、外に元気よくはねている髪の毛といい、いかにも活発そうな女の子であった。


 彼女はフィリオラの同級生で中等科では一番仲の良い生徒である。以前、放課後にエドと道を歩いている時に紹介されたことがあるので面識があった。


「なにやら先輩が面白そうなことをやるそうなので冷やかしにきました!」


「そんな力一杯言うことじゃないだろ。てかエドと動機が同じかよ」


「もう、ルイサったら……」


「あとフィオっちがどうしても応援に行きたいそうなので、はるばる高等科まで足を延ばした次第です」 


「うー、ルイサはいつも一言多いんだから。あと中等科からそんなに遠くないし」


 顔を赤くしながらルイサの口を塞ぐフィリオラ。相変わらず仲が良いようだ。ちなみにフィオっちとはルイサが使うフィリオラの愛称であった。なんというか少し独特な感性を持った子であった。


「フィリオラは教会の仕事は大丈夫なのか?」


「集合の時間まではまだ少し余裕がありますから、ナギさんの仕合を見届けてから向かうつもりです」


 フィリオラの肩にはスクールバッグがかけられていた。昼食後に教室で回収してから駆けつけてくれたのだろう。


「やれやれ、相変わらずお前は果報者だよなあ。こんないい子に慕われてるんだから」


「こんにちは。エド先輩も見にこられたんですか?」


「そんなとこだ。久しぶりだな、フィオちゃん」


 フィリオラとエドが挨拶していると、仕合の開始を告げにきたらしいシオンにルイサが声をかけていた。


「シオン先輩、お疲れ様でーす!」


「ルイサ? あなたも来てたの?」


 シオンに勢いよく抱きつくルイサ。身長に差があるので小柄なルイサは胸もとに顔を埋める形になっていた。すぐ下にある茶色の髪をシオンがやれやれとばかりに撫でている。


 親密そうな雰囲気のふたりだが、ルイサもまた『銀の狼牙』に所属しているれっきとした冒険者なのである。小さな女の子とはいえ将来を期待されているそうで、ケビンと同じく育成枠で入団したのだ。


 シオンからすればクランの後輩でもあり、よくパーティを組んで冒険する仲らしい。なので学校に入る前から顔見知りだったフィリオラと仲良くなるのは自然な流れであった。


 満足したらしいルイサが離れるとシオンは呆れたように周りを見回した。


「ルイサは面白半分でフィリオラにくっついてきたんだろうけど、けっこう人が集まったわねえ」


「あんまり目立ちたくないんだけどな。こいつら暇人かよ」


 どこから聞きつけたのか、いつの間にか多くの学生が部屋の壁際に立って勝負の開始を待っているようだった。ちょっと手合わせするつもりが見世物みたいになっていて頭が痛い。


「みんな娯楽には飢えてるからなあ。そこに編入したての普通科の学生が戦術科の優等生と対決するなんて話を聞いたら見学したくなるだろうよ。こんな面白そうなネタはそうそうないし」


「……おい、エド。お前、まさか情報を拡散してないだろうな」


 情報屋を自称する男に不審気な視線を向けるとさりげなく顔をそむけた。その態度を見てナギは肩を落とす。


「お前かよ……話を広めたのは」


「あなた、アシュレイ君だっけ。情報通だって噂を聞いたことがあるけど、まさかお金で売買してないでしょうね」


「い、いや~、そんなことはしないさ。下手したら学校から処分を受けるかもだし、使用するのはせいぜい食券とかだな。それより仕合を始めないのか? あちらさんはもう準備万端で待ってるぜ?」


「……なんか怪しいわね」


 あからさまに話を変えようとするエドにシオンは疑わしそうな視線を向けるのだった。

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