36 闖入者
昼食をとっていた三人に声をかける男子生徒がいた。背丈はナギと同じくらいで、すらっとした細身だが制服越しにもよく鍛えられていることが分かる。
(うちの制服だよな、あれ)
自分も着ているセントリース中央学院の制服で間違いない。色からして同学年のようだ。ただワッペンの絵柄が違っており、シオンと同じ戦術科のものであった。
「ケビンくん。あなたもここで食べてたの?」
「今来たとこなんだけど、シオンさんを見かけたんで」
ケビンと呼ばれた男子生徒が近寄ってきた。彼の背後には連れであろう生徒たちが何人かいてこちらを眺めている。どうやら同じ戦術科の生徒たちのようだ。普段あまり接点がなく、入学してからそんなに経っていないので知っている顔はなかった。
ちらりとケビンはナギを見た後にシオンに視線を戻す。
「よかったら、シオンさんもこれから一緒に食べないか? 最近、僕ら戦術科の生徒と昼食を共にする機会がほとんどなくなったからみんな寂しがってるし」
堂々とそんなセリフを口に出す男子生徒。すでにこちらと食事をしているのになかなかいい度胸をしている。腹が立つよりも思わず感心してしまうほどだ。
シオンも呆れ気味に口を開く。
「あのねえ、ケビン君。見て分かると思うけど、もう先に約束した人間と昼食をとってるの」
「こっちに合流すればいいよ。そちらの付属の子はフィリオラ・ノリスさんだよね? 教会の神官で神聖術の使い手だと聞いている。これまでどんな仕事をしてきたのか話を聞きたいし、君も一緒にこっちで食べるといい」
急に水を向けられたフィリオラが困った表情で口を開こうとすると、ケビンは機先を制するように続けた。
「……ただ、君は遠慮してもらおうかな、ナギ・テンドウ君。シオンさんから少し話は聞いてる」
シオンやフィリオラに対するのとは違い鋭い視線を向けてくるケビン。何かよく分からないがかすかに敵意すら感じる。
「ちょっと、ケビン君。あなたなに勝手に話を進めてんのよ」
「シオンさんももう少し付き合う人間を考えた方がいい。あなたは十代にしてクラス7に至った冒険者で戦術科のみんなが目標にしてるんだから。いや、この国の若手冒険者を代表する存在といっていい。だから残念だけど、テンドウ君には釣り合わないよ」
はっきりとそんなことを言われて少々呆気にとられた気分になる。初対面の人間にここまでぼろくそに言われるのは初めての体験だ。隣では珍しくフィリオラがむっとした表情をしていた。
「誰と食べるかはシオンの勝手だろ? 食事をするのに釣り合うとか釣り合わないとか関係ないと思うけどな」
「関係ならあるさ。彼女は戦術科のみならず学校中から注目されている人間なんだ。君のような奴と一緒にいれば誤解されて彼女自身の評判を落としかねない。彼女は彼女にふさわしい人間といるべきなんだよ」
ナギはまじまじとケビンを見つめる。どうやら本気でそう思っているらしい。彼が言うところの『ふさわしい人間』というのがどんなものなのかは分からないが、ケビン基準ではナギは失格のようだ。
そっとシオンの耳元に届くぎりぎりの声で話しかける。
(おい、シオン。こいつはお前の同級生なんだよな?)
(そうよ。同じ戦術科のケビン・アルトマン。あと私が所属するクランの仲間でもあるの)
(お前と同じ冒険者だったのか。たしかお前のクランってけっこう有名なとこなんだよな。実力者揃いって聞いたことがある。てことはあいつも強いんだな)
(戦術科の中でも実力はトップクラスよ。うちのクランでも期待のルーキーってところね)
(なるほどな。偉そうな口を利くだけの実力はあるわけだ。プライドも高そうだし)
「……なにをこそこそ話してるんだ。こっちの話はまだ終わってないぞ」
若干苛々した様子でこちらを睨んでくるケビン。
さてどうしたものかと思考しているとシオンが立ち上がって男子生徒に向かい合った。
「そこまでにしときなさい。ケビン君、さすがにあなたの言い分は聞き捨てならないわね。こいつの言うとおり私が誰と食べるかは私が決めることだし、一緒にいるのに資格なんていらないでしょう」
「しかし、こんな軟弱そうな男と一緒にいてもシオンさんにはなんの得にもならない」
「それこそ余計なお世話ってものよ。クランの仲間といっても、人付き合いにまで口を出されるいわれはないわ」
二人の会話を聞きながらナギは自分の身体を見下ろす。これでも一応子供の頃から鍛えているのにそんなに軟弱そうに見えるのだろうか。
(……フィリオラ。俺って言われるほど弱そうに見えるか?)
(そんなことはないですよ。ナギさんは普段は自然体で話しやすそうな雰囲気ですけど、決して軟弱ではありません。それにいざという時はとても頼りになって格好いいですから)
(そ、そうか……)
年下の女の子にそこまで褒められれば悪い気はなしない。というか少しフィリオラのナギに対する評価が高い気もする。
なんにしろ地味に落ちこんでいた気分が元に戻っていると、さすがに不機嫌になっていたシオンが強めの口調で言い返していた。
「いい加減にしなさい。それにはっきり言って、こいつはあなたよりずっと強いわよ」
「……へえ。僕よりも普通科の彼の方が強いね。それじゃあ、一手手合わせ願おうかな」
「……あ?」
何か不穏なセリフが聞こえた気がして、こちらを品定めするような視線を寄越しているケビンを見た。
「そうね。もういっそのこと戦った方が手っ取り早いかもね。このままじゃ埒が明かないし」
「……は?」
今度はシオンに顔を向ける。こいつも何を言っているのだろうか。
「ただの勝負じゃつまらないから条件を設けないか? 親戚みたいだから全く会わないようにしろとは言わない。けど、学校やその周辺じゃシオンさんとの接触をできるだけ控える。それでどうだい?」
「勝手にそんな事を決めないでほしいんだけど、まあいいでしょ」
「いや、お前らこそ勝手に話を進めるなよ……」
なにやら話がどんどん変な方向に向かっており、ナギは茫然と不敵な笑みを浮かべている二人を見つめるのだった。