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35 両手に花

 大都市セントリースの東地区にはいくつもの学校が集中する区画があり、ナギの通うセントリース中央学院もそこにあった。通称、『学生地区』といい、だいぶ昔に国が教育のために構想した計画的な区画でけっこうな広さがある。


 区画内には学生向けの寮、宿泊施設、商店、銭湯など生活に必要な施設がひと通り揃っており、他にも図書館や憩いの場となる公園や広場などが配置されていて、この区画だけで生活が完結できるようになっていた。


 授業を終えたナギは道を行き交っている多くの学生たちとすれ違いながら学校からほど近い広場まで来ていた。普段からしっかり管理されている広場はきれいに刈られた芝生に覆われており、学生たちが談笑しながら昼食をとっている。


 広場内のあらかじめ約束していた場所に到着すると二人の女子生徒が芝生に座って待っていた。ひとりは凛とした雰囲気の黒髪をポニーテールにした同じくらいの年の女の子。もうひとりは柔らかそうなセミロングの金髪に優しそうな表情をした少し年下の女の子だ。


「お待たせ。シオンも今日は早いんだな。だいたい最後なのに」


「武術科で訓練があった時は授業の後にシャワーを浴びたりするから、どうしても他の科の生徒よりも少し遅れ気味になるのよね。今日は座学で終わったから早く来れたの」


「フィリオラもいつも昼食を用意してもらって悪いな」


「私が好きでやっていることですから気にしないでください」


 ナギが二人の前に腰を下ろすと、フィリオラが横に置いていた紙袋からお弁当を取り出して渡してくれた。蓋を外すとサンドイッチが詰めてあり、いろんな具材が入っていて美味しそうだ。最近気付いたのだがいつも栄養のバランスなどを考慮した構成にしてくれているようだ。


「あんたもフィリオラにばかり頼ってないで少しは自分で用意しなさいよ」


「今はお前だって同じだろ」


「私の場合はたまに自分でお弁当を用意してるでしょ。……三、四回に一回くらいは」


 最初はそれぞれが昼食を用意していたのだ。しかしナギがいつも売店で適当に購入したものばかりで、シオンに注意されてもほとんど変わらなかったことから、いつからかフィリオラが作って持ってきてくれるようになったのだ。


 そのうちシオンもナギが美味しそうに食べているのを見てたまに用意してもらうようになったというわけである。


 実際、フィリオラの作る弁当は美味で、どこかお袋の味というか、懐かしい味がするのだった。どうやら孤児院の頃から当番制で調理をしていたこともあって料理が得意らしい。


 ちなみにお弁当の食材費はナギとシオンが出していた。本人は別に構わないと言っていたがさすがに食べさせてもらっているだけでは申し訳ないので強引にでも受け取ってもらっている。


 芝生の上に車座になった三人はさっそく昼食を頂くことにした。


「シオンの気持ちも分かるけどな。作ってくれる料理はマジで美味いし。これならいつでもお嫁にいけるな」


「えと……そ、そうですか? その、嬉しいです」


「……あんたって無自覚にそういうセリフをたまに吐くわよね」


 フィリオラは頬を軽く染めながら食べる手を止め、その隣でシオンがジトっとした目を向けてくる。


 それからシオンが紅茶入りの水筒を用意してくれていたので、カップに注がれた琥珀色の紅茶を飲みながらサンドイッチを頬張る。


 二人と談笑していたナギは広場に優しく吹く風を感じながらのんびりと食事を進める。実に平和で穏やかな時間だ。学校生活も特に問題はなく、自由冒険者の仕事も順調にこなしている。これぞまさに求めていた異世界ライフだ。将来がどうなっていくのかは分からないが今はこういう時間を楽しんでいこうと思う。


 紅茶を口に含みながら遠くを眺めていると、周囲で同じように食事をしていた生徒の何人かがちらちらとこちらを見ていることに気づいた。主に男子生徒が多いようだが女子生徒もちらほらいるようだ。好奇心に彩られた視線が多いものの中には敵意に近いものもある。後者は全部ナギに向けられているものだ。


(やれやれ、またか)


 自分達が密かに注目されていることに気づくも、毎度のことなので今ではできるだけ気にしないようにしている。そうなる原因は一緒に食事をしている二人の女の子にあった。


 まずシオンは若くして高位冒険者に名を連ね、大手のクランでエース級の活躍を見せているだけあって有名人だったりするらしい。名門エルフォード家の息女であり、母がセントリースの議員を務め、祖母も父も名を馳せた冒険者だったこともあり、小さい頃から注目されるのが普通だったようだ。


 そしてフィリオラも最近知ったのだがけっこう知名度があるようだ。二年前にこの街に来た彼女は、素直で明るい性格に、皆を優しく包み込むような献身的な態度から、多くの教会関係者や信者に評判がよく可愛がられているらしい。かつてコルテス司教にいいように使われながらもへこたれずにやってこれたのは彼らが支えていた面もあるようだ。同時に稀少な神聖術の才能を持つ聖女候補というのも理由としてあるだろう。


(それに二人とも可愛いからなあ)


 それらの理由に加え、タイプは違えど双方とも美しい少女なのだ。これで注目が集まらないわけがなかった。


 そして、その二人と毎度仲良く食事を共にしている男が周囲からどう見られているかは押して知るべしであった。


(気持ちは分からんでもないぞ。けどそんなに俺を睨むのはやめてくれ)


 少し離れた位置にいた体育会系っぽい男子生徒三人組が両手に花状態のナギを羨ましそうに凝視していた。今にも血の涙が出てきそうである。たまに見かける制服で確か男子校のものだったはずだ。親の敵に向けるような視線も理解できなくもない。


 そんなもろもろの視線を向けられつつも三人は食事を続けた。ナギはもとよりシオンもフィリオラも当然気付いているだろう。ただ慣れているからかほとんど気にしている様子はなかった。二人ともこの辺りはしっかりしている。


「フィリオラは午後から教会でお勤めだったよな」


「はい。今日も怪我や病気で苦しむ人たちがくると思いますから頑張りたいと思います!」


 神官少女は片手にサンドイッチを持ち、もう片方で拳をぎゅっと握りながら意気込む。彼女は神聖術を使って怪我人などを治癒する仕事もしていて、たとえお布施という名の料金がかかるとしても、可愛らしくて一生懸命な少女に癒されるなら患者も喜ぶだろう。実際、老若男女に関係なく人気があるらしい。


「私はこれから冒険者の仕事が入ってるわね。南の街道の方で複数の魔物が確認されたそうだから退治しにいくの」


「そうなのか。怪我しない程度に頑張れよ」


「そういうあんたはどうなのよ。この後何か予定はあるの?」


「うんにゃ、何もない。適当にぶらぶらしながら帰る予定だ」


 たまにある午後の授業がなく、自由冒険者の仕事も緊急のものをのぞけばだいたい週一ほどなので、今日みたいに暇な日がけっこうあるのだ。ただもう日課となっている剣術などの修練は欠かしていない。


「シャロンさんの所に顔を出して仕事を探すこともできるでしょう。あるいは部活動に入る手もあるし」


「いいんだよ、ほどほどで。俺は余裕のあるのんびり異世界生活を満喫してるんだから」


「のんびりしすぎじゃない?」


「まあまあ、シオンさん。ナギさんも学校と仕事をちゃんと両立してるんですから」


「フィリオラ。あまりこいつを甘やかさないように。ほっといたら怠惰な生活になっていくわよ」


「そんなことはないですよ。ね、ナギさん」


 フィリオラの優しい言葉に感動したナギがうんうんと頷き、その様子を見ていたシオンが呆れた表情をする。


「あんたたちねえーー」


「シオンさん!」


 シオンがなおも言い募ろうとすると、誰かが背後から声をかけてきた。


 ナギが声の方に首を向けるとそこには金髪を短く揃えた真面目そうな男子生徒が立っていたのだった。

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