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34 学校生活と日常

 人知の及ばないどことも知れない空間に神殿のような場所が存在していた。内部はとにかく広大で、等間隔に並んでいる巨大な円柱の柱は永遠に続いているかのように錯覚させられるほどだ。


 そのしんとしていて生き物の気配をほとんど感じない場所をひとりの少女が歩いていた。純白のローブを身に纏った少女は、非の打ち所のない精巧な容姿に艶やかな銀髪を背中に流しており、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。


 管理者と呼ばれている少女はほとんど音をたてることなく部屋から通じる廊下に出るとそのまままっすぐに進む。とにかく長い廊下で、こちらも等間隔に扉があり装飾品などもないためよけい長く感じる。


 どれだけ歩いたか。やがて管理者はひとつの扉の前で立ち止まり、そのまま無造作にノブを握って開いた。


「やはりここにいましたか」


『……ん? おお、そなたも来たのか』


 広い部屋の中央には巨大な狼である星霊アルギュロスがのんびりと横になって寝そべっており、部屋の壁際に流れている幅の広い滝を眺めていた。何もない天井から大量の水がこんこんと落ちてきてそのまま床に吸い込まれていく不思議な滝である。


「あなたも熱心ですね。きちんと仕事をしている分にはいいですけど」


『なにせ我にとって初めての契約者だからな。気にかけるのも当然だろう』


 アルギュロスは部屋に入ってきた管理者に首だけを向ける。足の長い大きなカーペットに寝そべってくつろいでいる様はまるで人間のようだ。


『そなたも気にはなっているのだろう。今回の『渡り人』はなかなか興味深い人間だからな』


「否定はしませんけどね」


 管理者は自身の補佐をしている半神半霊の狼のそばに立つと滝の方を眺める。そこにはどこかの風景が映っており、映像の中央にいる黒髪の若者の動向を追っているようだった。この滝はプロジェクターのような機能があり下界の様子を水面に映すことができるのだ。


「天堂那樹。最も新しい『渡り人』にして最高位の星霊であるあなたと契約した人間。予想以上の成長速度を見せ、危機に陥っても乗り越えるだけの胆力や運を持っている。正直ここまでとは思いませんでした」


『さすが我の契約者といったところか』


 どこか嬉しそうに話すアルギュロス。まるで親戚を自慢するかのような口ぶりだ。魂同士が繋がった契約者であり、眷族に近い存在といえるのであながち間違ってはいない。


 当の本人はどこかの建物の部屋の中で同じ衣服を着た同世代の人間たちとおとなしく座って前を見ていた。管理者も詳細はおおむね把握しているので、あの場所が学校と呼ばれる教育のための場だと知っていた。


「彼の生活を見るのもほどほどにしてくださいね」


『分かっている。必要以上に契約者のぷらいばしーを覗き見るような真似はしないとも』


 理解しているのかしていないのかアルギュロスは適当に頷く。どうやらあの若者は格好の暇つぶしにされているようだ。


『しかし、異世界に転移してそう時間が経たないうちに悪魔と鉢合わせるとはな。よく生き延びたものよ』


「そうですね……」


 管理者はわずかに目を細める。世界の敵ともいえる悪魔は彼女でも意識せざるをえない相手だ。


『もしかしたら我が契約者はそういった厄介事に巻き込まれる星の下に生まれたのかもしれん』


 本人が聞いたらおもいきり顔をしかめるようなことをアルギュロスは大きな口を開いて笑いながら言うのだった。


『ともあれナギは新しい生活を始めたようだ。せいぜい応援してやろうではないか』


「ええ。我々にできることはこれまで通り見守ることですから」


 少女と狼は滝に映るどこか眠そうな若者を見つめるのだった。



 ☆ ★ ☆



 かつて出会った管理者と星霊に見られているとは露とも思わず、今まさに話題に上がっていたナギは自分の席に座ったままあくびをこらえていた。入学してからおよそ一カ月ほどが経過しており、現在ではすっかり学校生活にも慣れてきたのでややだらけているのだった。


 黒板の近くで授業を行っている教師の声をなんとはなしに聞きつつ周囲に目を向ける。この部屋はセントリース中央学院にある教室のひとつで、大半の授業をここで受けるためもはや見慣れた場所だ。


 学校の教室や施設はナギが通っていた中学や高校と似通っており意外と近代的な造りであった。なんとなくファンタジー小説にでも出てきそうな中世風の学校を想像していたのだ。


 教室にいる級友たちはそれぞれの態度で授業に参加している。ナギと同じように眠そうな者、真面目に教師に視線を送っている者、机の上に置かれたノートに何かを書き込んでいる者、窓から外を眺めている者など様々だ。異世界とはいえこの辺はかつての同級生たちとほとんど変わらなかった。


 入学当初はマイペースなナギでも新しい環境に適応できるかやや緊張したものの、同級生たちは編入してきた新参者をすんなりと受け入れてくれたので少し拍子抜けしたくらいだ。今ではほとんどの生徒と気軽に挨拶できるようになった。この世界では十代で就職や結婚するのも珍しくないので、精神年齢が高めだということも関係しているのかもしれない。


 頬杖をしながらぼんやりと視線を移動させていると、視界に入ったひとりの男子生徒がこちらに小さく手を振ってきた。茶色の髪にまあまあ整った顔立ちでどこか愛嬌のある生徒だ。


 手を小さく上げると茶髪の男子生徒はにっと笑って手元のノートに筆を走らせるのだった。あの生徒はエドワード・アシュレイという同級生で、同性では学校内で最も親しい人間である。ナギが編入してきた時に率先して話しかけてきてくれた生徒でそのまま仲良くなったのだ。ちょっとお調子者なところがあるも気さくで付き合いやすい男だ。どうやら友人も結構多いらしい。


 エドワードこと通称エドはもともと中央学院の商業科にいたそうで、二年に昇級する時にこの普通科に転科してきたらしい。なので普通科ではナギの次に新参者だったりする。


 セントリース中央学院には普通科、商業科、工業科、武術科と四つあり、ナギは普通科に、シオンは武術科に通っている。シオンからは武術科に誘われていたものの、学校でも修行のような生活をしたくないので無難に普通科へと決めたのだった。もっとも武術科といっても戦闘に関する授業ばかりだけでなく、半分くらいは一般教養などの座学だそうだ。


 その後、教師の言葉に耳を傾けたり、たまにノートに黒板の内容を書き込んだりしていると、チャイムの音が聞こえてきて本日の授業が全て終了したのだった。もうお昼なのでだいぶお腹が減ってきた。あとはいつも通り学校の近くにある広場で昼食をとって帰るだけである。


 この学校はだいたい午前中までに授業が終わるので午後はけっこう自由に過ごせるのだ。その分、部活など課外活動に力を入れているらしい。なんにせよがちがちにカリキュラムが詰まっていないのは良いことだ。


 現在のナギの生活は、平日の午前中は学校で授業、たまに平日の午後と週末に自由冒険者の仕事をこなすというサイクルを送っていた。あの悪魔と戦うことになった一件以来はわりと平穏な日常を過ごし、求めていたのんびり異世界生活を送ることができていた。


「さてと、メシを食べるとするか」


 鞄に筆記用具や必要な教科書などを詰め込むと、ナギは席を立って教室から出るのだった。

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