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31 神官少女を救え!

 フィリオラたちを追うためナギとシオンは下水道の中を小走りに進んでいた。魔道具による光源が等間隔に設置されているので視界は悪くない。


「思ったより広いんだな」


「大都市セントリースを支える設備だからね。それに下水道の点検をする作業員や魔物退治の冒険者とかけっこう人が入るし」


 下水道内は人が三人ほど並べる通路と排水溝とで構成されている。思ったよりも清潔に保たれているが、すぐ横を排水が流れているのでやはり臭いはある。


 しばらく歩くもシオンたち冒険者が掃討したばかりだからか魔物には一度も出会わなかった。


「そういやレイスってのは地下遺跡にけっこう出没するのか?」


「大昔の戦乱の時代では地下で死んだり生き埋めになったりする人がいて、そういった犠牲者が悪霊となって彷徨ってると言われてる。だからか地下遺跡に潜る冒険者とかがたまに遭遇することがあるのよね。下水道にまで現れることは滅多にないけど」


 足音が反響する中を二人は進む。途中何度か角を曲がったので方向感覚がおかしくなりそうだ。シオンは何度か潜っているようなので脳内に大まかな地図があるようだが、ナギひとりだと入り口まで戻れないだろう。


「フィリオラのいる場所は分かるんだよな?」


「だいたいね。豪商の息子が襲われたあたりに向かったはず。地下遺跡にいくつかある大広間のひとつで『冥界の入り口』って呼ばれてる」


「何だよ、その不吉そうな場所は」


「行けば分かるわよ。ほら、あの扉!」


 シオンが指差した壁には古ぼけた扉が取り付けられていた。あそこから地下遺跡に入れるようだ。


 取っ手を引っ張るとあっさり扉が開き、その向こうに地下へと下る階段が見えた。


「普通に開くのな。無用心じゃないか?」


「下水道の奥に一般人が来ることはまずないし、作業員や清掃員が入り込むこともないもの」


 そもそも下水道の入り口は鉄格子で覆われており普段は施錠されているので問題はないのだろう。ちなみに鍵はシオンが所持していた。下水掃除のためにギルドから預かっていたのだ。フィリオラのことが気がかりでそのまま家まで持って帰ってきてしまったそうだがこの場合は結果オーライである。


 螺旋気味になっている階段を下りていくと石で固められた小部屋に出た。そこから三方向に通路が伸びている。ここからが地下遺跡になるようだ。


「こっちよ」


 シオンの先導で通路を黙々と進む。通路の壁には松明がいくつもかけられているので明るい。たぶん先行した神官団が設置したようで道しるべのようになっていた。


 どれだけ歩いただろうか。いくもの分岐を経て、何度も部屋を通り過ぎると、やがて目的の場所が近づいてきた。この通路の先が目指す大広間のようだ。


 通路を足早に進んでいると広間の方から複数の悲鳴が聞こえてきた。二人は顔を見合わせるとダッシュに移行して通路を一気に駆け抜ける。


「何だこの場所!?」


 通路を抜けて広間に出ると、体育館がいくつも入りそうな広大な空間に圧倒されたが、部屋を分断するような形で大きな亀裂が入っていて更に驚かされた。縦に長々と続く亀裂を覗いてみると暗闇が満ちていて底が見えそうにない。


「これが『冥界の入り口』と呼ばれてる亀裂よ。一度潜ったら帰ってこられないとか、悪霊はここから這い出てくるとか、いろいろな噂があるの。まるで地獄に通じる深淵のようだからそういう名前がついたみたいね」


「確かに冥界に続いてそうな不気味な穴だけど、なんで地下にこんな亀裂があるんだ」


「一説にはずっと昔の地殻変動で亀裂が入ったとか言われてるわね。――そんなことより、あっち!」


 シオンが指差す方向に視線を向けるとそこには神官服姿のフィリオラがいて、その周囲に同じような格好の人間が何人も倒れていた。状況を見るに少女以外は行動不能なようで、神官団は複数の青白い幽鬼に囲まれていたのだ。


 すぐにフィリオラのもとに駆けつけたいが大きな亀裂が邪魔でぐるっと迂回しなければならない。


「ああ、もう! なにかやばそうな敵もいるし! 急がないと――って、ちょっと!」


「先に行くぞ!」


「あんた、何して――ええっ!?」


 今にも敵に襲われそうなフィリオラを見てナギは<空脚>で亀裂の上を駆け抜ける。背後から驚く声が聞こえてきたが気にしている暇はない。


 あっという間に『冥界の入り口』の上空を渡りきると、全身が黒い人型の魔物が神官少女の首を掴もうとしていたので、腰から太刀を抜き放って横から全力で叩き付けた。


「フィリオラに触るんじゃねえええ!!」


 <強化>を施した刃が黒い魔物の頭部に直撃する寸前、こちらの攻撃に気づいた敵が腕を振り上げて刃と交錯した。金属同士をぶつけ合わせたような硬質な音が鳴り響く。


 急に現れたナギを警戒してか、黒い魔物は地面を蹴って後方へと距離を取り、その隙にへたり込んだままのフィリオラに駆け寄って声をかける。


「フィリオラ! 怪我はないか!」


「は、はい! ちょっと疲れただけですから。それにしても、なんでナギさんがここに?」


 少女は急いで立ち上がろうとするも身体がよろめいてしまい慌てて支える。


「おい、本当に大丈夫――」


 もう一度確認しようと声をかけたナギは腕の中の少女がかすかに震えていることに気づいた。他の人間はやられてしまい、救援が来る可能性も低く、たったひとりで魔物たちと対峙しなければならなかったのだ。恐怖と戦いながら相当な緊張を強いられていたはずだ。それが絶体絶命の危機に助けが来たことでその緊張が切れてもおかしくはなかった。


「もう大丈夫だ。よく頑張ったな」


 頭を軽く撫でるとフィリオラはナギの服を掴みながらこくんと頷いた。こんな小さな身体でよくあんなおっかない敵と戦っていたものだと思う。


「……なにどさくさに紛れてフィリオラを抱きしめてんのよ。しかも敵に囲まれてるってのに」


 亀裂を大きく回り込んできたシオンが呆れた様子で声をかけてきたのでそっとフィリオラをはなす。ただ彼女も神官少女の心情を思いやってか責めるような口調ではなかった。


「ともかく無事みたいで本当によかった」


「シオンさん! 心配して二人で駆けつけてくれたんですね」


 ぎゅっとハグする二人。美しい少女同士の実に微笑ましい光景だが、黒い魔物が一歩を踏み出した圧力を感じたので振り返る。


『翼もなしに空中を駆けるか。なかなか興味深いな』


 二メートルを優に超える黒い魔物はナギを見下ろしながら呟いた。こいつが何者かは知らないが尋常でない相手だということは理解できる。これまで出会った中で最も危険な敵だと本能が警鐘を鳴らしていた。


「嘘でしょ……。まさか悪魔がいるなんて。こいつが裏で糸を引いてたってこと?」


「そうです、シオンさん。この悪魔が人間をおびき寄せるために仕組んだ罠だったんです」


 二人の会話を聞きながら改めて魔物を見据える。確かに角が生えていたり蝙蝠のような翼があったりと想像していた悪魔の姿に近い。


「こいつはどれだけ強いんだ」


「個体にもよるけど上級冒険者でも勝てるとは限らない強敵よ。悪魔には階級があって、下から兵士(ソルジャー)級、指揮官(ジェネラル)級、支配者(ロード)級と三つに分けられるんだけど……」


 異形の怪物を見据えていたシオンが表情を険しくする。


「全身に纏っている禍々しいオーラからしておそらくは指揮官(ジェネラル)級の悪魔。本来なら上級冒険者が複数で当たらなければならない強敵よ」


「何でそんなやばい魔物が大都市の地下にいるんだよ」


「冒険者ギルドでもレイス以外の強力な魔物がいる可能性は考慮されてたけど、まさか悪魔だったとはね……。ギルドが送った冒険者たちが全滅したのも当然だわ」


 シオンくらいの手練の冒険者が数人必要な魔物がいるとはさすがに予想外だろう。


「逃げる……のは無理よね」


『むざむざ餌を逃すわけがないだろう』


 言葉を被せるように悪魔が口を開く。


『我も運が良い。神官の少女に加え、またも美味そうな魂を持った獲物が二人もかかったのだから。レイスどもよ、殺さぬ程度に無力化せよ。この三人は我がいただく』


 支配者の命を受けてナギたちを囲むように浮遊していたレイスたちが距離を詰めてくる。そして悪魔自身も更に一歩を踏み出してきた。


「シオン、フィリオラ。俺があの悪魔とやる。二人はレイスたちの相手をしてくれ」


「あんた本気で言ってるの? あいつはマンティコアを遥かに凌駕する化け物なのよ」


「だろうな。でもこいつらをまとめて相手もできないだろう。俺が時間を稼ぐから、その間にレイスどもを片付けて、その後こっちに加勢してくれ」


「……問答してる暇なんかないわね。分かった。できるだけ持ち堪えなさいよ!」


 シオンが槍を構えてレイスたちを牽制し、フィリオラが心配そうにナギを見つめてくる。


「ナギさん……」


「こんな所で死ぬつもりは毛頭ないさ。生き延びてまた美味しいスイーツを食べに行こうぜ」


 フィリオラは真剣な顔で頷くとシオンとともにレイスたちに立ち向かう。


「それじゃあタイマンといこうぜ、悪魔野郎!」


 ナギは太刀を片手に歩み寄る悪魔目がけて飛び出すのだった。

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