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29 建国記念祭

「それじゃあ、ちゃんと掴まっててくれ」


「わっ! えっと、ナギさん?」


 とことこと近寄ってきたフィリオラを横向きに抱きかかえると、ナギはバルコニーの手すりにひょいと飛び乗る。


 そして、びっくりしたような表情をする少女とともに空中へと身を躍らせたのだった。


「え、ええええええ!? むぐっ!」


 常識で考えればナギの自殺行為としか思えない行動にフィリオラが驚きの声を上げるも、慌てて胸に押し付けるようにしてその口を押さえた。他の部屋で休んでいる人間や巡回している警備兵に見つかったら全てが水の泡だ。


 ナギは<空脚>で空中に一歩を踏み出すと、フィリオラに静かにしているよう仕草で合図する。少女は自分で口を塞ぎながらこくこくと頷いた。


 それからフィリオラを抱えたまま空中をテンポよく移動する。すぐに教会の敷地から出ると、地面を見下ろしながら降り立つ場所を探すのだった。


「わあ……! 凄いです、ナギさん。空中を歩いてますよ」


 どうやら少女は空中散歩がお気に召したようだ。教会がやや小高い丘に建てられていることもあって景色も悪くない。


 ナギが段々と高度を下げて教会の近くにあった無人の公園に近づくとフィリオラが少し残念そうな表情をした。あまり長々と空中を移動していると誰かに発見されて面倒なことになりかねないし、それに少女を夜中まで連れ回すわけにもいかないので時間的な余裕もあまりないのだ。


 公園内に降り立つとフィリオラを地面に降ろし、二人並んで賑やかな大通りを目指して歩く。


「……なるほど、ナギさんは星霊術士だったんですね。さっきのとても凄かったです。あんなこともできるんですね」


「契約してる星霊によってできることは違うだろうけどな。まあ、喜んでもらえてなりよりだ」


 道すがらフィリオラにはナギの素性についてひと通り話した。神隠しにあったことからシオンに出会ってエルフォード家にお世話になっていること、それと現在は自由冒険者として活動していることなどだ。


「そうだったんですか……。ナギさんが『渡り人』だったなんて驚きました」


「騙すような真似して悪かったな」


「そういう事情なら仕方ないですよ。……でも、ナギさんは寂しくないんですか? 故郷からこちらの世界に迷い込んで、ご家族とかも心配してるでしょうし」


「んー、そうだな……。意外だけどそこまで孤独感みたいのはないかな。家族と死に別れたわけでもないし、すぐにシオンやアマネさんと出会えたのも大きいと思う」


 同郷であるセツナの血を引く彼女たちの存在は心強かった。もし彼女らに出会えなければしばらくは途方にくれていたはずだ。改めて自分は幸運だったのだと実感する。


「落ちこんでても仕方ないし、ぼちぼちやってくよ。まだ絶対に帰れないと決まったわけじゃないし」


「強いですね、ナギさんは。すごく前向きというか」


「そんな立派なもんじゃないけどな。俺の家族いわく、俺は基本的に呑気な性格なんだそうだ。そんなつもりはないんだけど」


 せめてマイペースだとか表現してほしいところである。それを聞いたフィリオラがくすくすと笑っていた。


「……フィリオラは孤児院の仲間と離れて辛くないか?」


「初めはそうでしたけど、この街でも同僚の人が良くしてくれたり、シオンさんたちとも仲良くなれました。それに孤児院のみんなともまた会えるって信じてます」


 そう話すフィリオラに悲壮感みたいなものはなかった。内心では寂しさが全くないわけではないだろう。それでも己の境遇にめげずに頑張れるこの子こそ本当に強くて前向きだと思う。


「それにナギさんとも出会えましたから」


「お、嬉しいこと言ってくれるじゃんか。俺もフィリオラと会えてよかったよ。これからも仲良くしてくれ」


「はい、もちろん!」


 その後も二人で談笑しながら歩いていると大通りへと出た。


「凄い人出ですね」


 煌びやかな光が満ちた大通りを大勢の人達が行き交っていて昼間とは違った活気がある。ナギも夜に主要な道を歩くのは初めてだったがやはり雰囲気が違う。それに加えてお祭りということで熱気があった。


「こりゃ確かに凄いな」


 夕飯をエルフォード家で食べた後、寄り道せずに教会に向かったのでここまで賑わっているとは知らなかった。昼間にひとりで少し見て回った時よりも人が多いような気がする。


 あちこち見ながら歩いていると後方からパレードがやってきた。昼と夜に一回ずつセントリース中を練り歩くらしい。昼間は見かけなかったが今回は運良く出会うことができたようだ。衣装を着た人々が楽器を演奏したり踊りを披露しながら通りをゆっくりと進んでいく。


 やがて二人は円形状の大きな広場に出た。多くの出店が軒を連ねているとあって、軽食や飲み物を持った人々が休憩していたり、連れと楽しそうに会話していた。


 ナギたちも軽食などをつまみながらしばし休むことにした。フィリオラが財布を忘れていたのでナギが二人分を出す。


「すいません、奢ってもらって。慌てていたので忘れたみたいです」


「別にいいよ。俺も自分で稼げるようになったからこれくらいは問題ないし」


 たいした金額ではないし、もともとナギが全部出すつもりだったのだ。


 二人は香ばしいたれがかかった串焼きと果物ジュースをもらうと広場に並んで腰掛けた。


「ナギさんはセントリースの高等学校に入るために勉強も頑張ってるんですね」


「この世界に転移して高校生活が中断した形になったからその続きをやるのもいいかなって考えたんだ。卒業資格があれば役に立ちそうだし」


「いいなあ。私も学校に興味があるのでちょっと羨ましいです」


「フィリオラは学校に行ったことないのか?」


「孤児院や教会内で最低限のことは学びましたけど、外部の教育機関に通ったことはないんです。同世代の神官の中には通ってる人もいるんですけど、私が普段から仕事が忙しいこともあってか認められなくて」


「そいつは残念だな……」


 フィリオラの年齢なら神官といえど学校に通っていてもおかしくないし、実際にそうしている同僚もいるようだ。おそらくコルテス司教のせいで通学が認められないのだろう。


「でも、けっこうしつこく申請してるんです。もしかしたらそのうち許可が下りて、ナギさんの後輩になるかもしれませんね」


 そう言ってフィリオラ屈託なく笑った。


「そういやフィリオラは聖女候補だとか聞いたんだけど、神聖術士の素質を持つ人間はみんなそういう風に呼ばれるのか?」


「いえ、そういうわけじゃないです。素質といっても幅がありますから皆がなれるわけじゃありません。それに候補といっても皆が聖女や聖者と認定されるわけではありません」


 ある程度のレベルに到達した神聖術士のみが聖女または聖者認定されるらしく、そういった制度が作られたのは過去の歴史に関係しているそうだ。


 その後も二人で会話していると、フィリオラが何か屋台の中に珍しいものを見つけたようで覗いてみることにした。


「こんな食べ物を見たのは初めてです。ふわふわしていて面白いですね!」


「マジか。まさかこっちの世界でお目にかかるとは……」


 目の前にある屋台で売っていたのは綿あめだったのだ。見た目は地元のお祭りで売っていたのとほぼ同じである。屋台にいるおっさんが綿あめを作る方法もよく似ている気がする。試しに由来などを訊いてみると、ずっと昔から主に大陸東部で伝わっているお菓子だそうだ。たぶんこれも『渡り人』が関わっているのだろう。


「これってナギさんの故郷にもある食べ物なんですか?」


「そうだけど、さすがにびっくりした。あっちでもこんなお祭りの時に見かけるものなんだけど」


 フィリオラが興味を惹かれたようなので購入して二人で食べてみることにした。ナギも子供の頃以来なので数年ぶりだ。


「ふわっ! 口の中で溶けますよ! それにすごく甘いです!」


 最初はおそるおそる口に入れていたフィリオラもすぐ夢中になって食べている。甘い物好きな彼女もお気に召したようだ。


「あ、もうなくなっちゃいました」


「久しぶりに食べたけど美味しかったな。なんか昔を思い出すというか」


「ナギさんの世界についてもっと聞きたいです。ナギさんがどう育ったのとか」


「そうだな、どこから話そうか……」


 その時、夜空に大きな花火が打ち上がった。鼓膜に響く音とともに色とりどりの大輪が咲き乱れる。方角からして街の東の平原あたりから打ち上げているようだ。


「おお、異世界の花火もすごいな」


「すごく綺麗ですね」


 しばらく二人で花火を見上げているとフィリオラがこちらに顔を向けた。


「ナギさん。今日は誘ってくれてありがとうございました。こんなに楽しかったのは久しぶりかもしれません。今夜のことは一生忘れないと思います」


「大袈裟だな。そう頻繁に抜け出すのはまずいだろうけど、俺でよければまた付き合うぞ。たまには息抜きにいいだろ。今度はシオンのやつを誘うのもいいかもな」


 また連れ出してくれると思わなかったのか、フィリオラは驚いた様子を見せたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。その表情を見れただけでも危険を(おか)して誘った甲斐があったというものである。


 それから二人は次々と打ち上がる花火を堪能しつつ、ナギの世界の話などで盛り上がるのだった。

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