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26 カフェでの再会

 ナギたちはフィリオラを交えて三人で席を囲んでいた。


「へえ、じゃあ二人は図書館で偶然会ったのね。知り合いみたいだったから驚いたわよ」


「はい。私が脚立から落ちそうになっていたところをナギさんが助けてくれたんです」


 ナギの目の前で和気あいあいと会話するシオンとフィリオラ。どうやらこの二人も知り合いのようで、神官少女との再会といい二重の意味で驚かされた。


「なるほど、そういう経緯だったのね。……それにしても手が早いというか何というか」


「おい、聞こえてるぞ。お前は俺を何だと思ってるんだ」


 後半にぼそっと付け加えられたセリフに対して憮然と返す。ナンパ野郎みたいに言われるのは心外だ。


「お前らも知った顔だったとは思わなかったよ」


「シオンさんには何度か護衛についてもらってたことがあってお世話になったんです」


「護衛?」


 そういえば前回会った時も同僚っぽい人間がフィリオラを迎えにきていた。たんなるお出迎えだと思っていたがあれも護衛だった可能性がある。


「……フィリオラはよく亡霊退治とか危険な仕事を任せられることがあって、教会からの護衛が少なかったりする時は冒険者を雇って補充することがあるの。その場合は年齢が近い私とかにお呼びがかかることが多いってわけ」


 シオンは紅茶をすすりながら淡々と説明する。どこか彼女の様子に違和感を感じた気がした。


 それにしてもこんな年下の女の子が魔物退治なんぞをしているとは思わなかった。今も残っているパンケーキを幸せそうに頬張っている姿からは想像できない。これだけ見ると普通の女の子とそう変わらないようにも見える。


 それと以前にもちらっと聞いたことがあるが、シオンはセントリースでも有名なクランに属していて、それこそギルドはもちろん教会などからの信頼も厚いらしい。その縁でフィリオラの護衛の仕事も舞い込んだのだろう。


 パンケーキをきれいに食べ終わるとフィリオラは食後の祈りを捧げた。実に満足気な表情だ。これだけ美味しそうに食べてくれれば作った人間もさぞ冥利に尽きるだろう。


「相変わらず甘いものが好きなのね」


「この辺りの注目スイーツはだいたい制覇しました!」


 フィリオラは頬杖を突きながら食べる様子を見守っていたシオンにやたら元気に答える。もしかしてセントリース中のスイーツを食べ尽くす野望でもあるのだろうか。


「そういえば、なんかお祭りがあるみたいだな」


 ふと店内の壁に貼ってあったポスターに視線を向ける。今朝から街中に同じポスターや目立つのぼりなどがあちこちに立っていて、近々開催されるらしい建国記念祭を喧伝していた。


「あんたには説明してなかったっけ。名前のとおり都市国家セントリースの建国を祝うお祭りで、毎年街を上げて大々的に開催されるの。国外からも例年たくさんの観光客が訪れるわね」


「私もセントリースに来てから初めて見た記念祭には圧倒されました。普段よりも人手がずっと増えますし、多くの屋台なんかも並ぶんです。それに街中を練り歩く大規模なパレードや花火もあるんですよ」


 シオンとフィリオラがかわるがわる説明してくれる。けっこう大きな祭りのようだ。街にやたら人が多かったのも週末というだけでなく記念祭目当ての人間が混じっていたからかもしれない。


「なんか凄そうだな。異世界の祭りってのに興味があるし、当日は街をぶらぶら歩いてみるのもいいな」


「異世界?」


「あー、すまん。ちょっと言い間違えた」


 フィリオラが不思議そうに尋ねてきたのでさりげなく誤魔化す。隣に座っているシオンから呆れたような気配が伝わってきた。


「……でも、もうそんな時期なんですか。お祭り楽しそうですね」


「なんなら一緒に見て回るか? この街にはまだ不慣れだから助かるし」


「そうですね。一緒にお祭りを見られたら楽しいでしょうけど……。すみません。私はちょっと時間が取れそうにないので……」


 どこか寂しそうな表情をしたフィリオラは店の入り口の方に目をやってすっと立ち上がった。


「どうやらお迎えが来たようなので私は失礼しますね。二人に会えて良かったです」


 フィリオラはぺこりと頭を下げると会計を済ませて入り口の方に歩いていく。そこにはこの前も見た神官が二人立っていた。相変わらずどちらも無愛想というかとっつきにくそうな雰囲気である。


 フィリオラたちが店から出ていくのを見送るとシオンが不機嫌そうな顔をしているのに気がついた。というか鋭い目付きで入り口を見ていたような気がする。


「どうした?」


「……別に」


 シオンはそっけない態度を取りながら紅茶を飲む。理由は知らないがやはり機嫌が悪そうだ。


 なにやら微妙に空気が悪いので話題を変えた。


「そういや、フィリオラってあの若さで意外と地位が高かったりするのか? あんな風にいつもお付きの人間がいるみたいだし」


「そういうわけじゃないわよ。彼女には特殊な事情があるの」


「特殊な事情?」


「あなたたちはけっこう仲が良さそうとはいえ、あの子の生い立ちとかにも関係するからおいそれとは話せないんだけど……」


「彼女が孤児院出身だというのは聞いたよ」


「フィリオラが孤児だってこと知ってたのね。会ったばかりなのにあんたのことけっこう信用してるみたいじゃない」


 手に持っていたカップをテーブルに置いてシオンは軽く息を吐いた。


「これ以上はあの子の事情に多少なりとも踏み入ることになる。それでも聞きたいなら話すけど」


 真剣な表情を向けてくるシオンにしばらく考えてから頷く。あまり人の事情を詮索するような真似はしない方がいいだろうがどうしても気になったのだ。


「それじゃあ話すけど……フィリオラにお付きの人間がいる理由は、彼女が聖女候補だからなの」


「聖女候補?」


 耳慣れぬ言葉にナギは首を傾げる。字面からして教会内で神聖視されている女性とかそういうのだろうか。


「聖女候補というのは神聖術士の素質がある人間のことを指すの。だいたい素質を持って生まれてくるのは女性に多いけど、男性にもわずかにいて、その場合は聖者と呼ばれる。そして神聖術士になれる人間は貴重なの。あなたの星霊術士よりも稀少かもね」


「なるほど。ということはあいつらはやっぱり護衛ってことか? でもお前がさっきから不機嫌そうにしてるのはフィリオラの特殊な事情とやらに関係してるんだよな」


「……ええ。問題は彼女の待遇にあるの」


 シオンが語ったところによると、三年前にフィリオラがクラスの適正調査を行ったことが発端らしい。


 この世界の人間はほとんどが十二歳になった時点でアストラル教会にてクラスの適正があるかどうかを調べる習慣がある。もっとも強制というわけではなくその辺りは個々の自由だそうだ。ただ、孤児院に引き取られた子供は調査を受ける義務があり、教会向きの素質を持っている場合はそのまま神官となって働くことが多い。


 フィリオラの場合も十二の時に神聖術士の適正があることが判明し、修行を積みつつ神官の道を目指すことになったのだが、そこで厄介な人間に目をつけられてしまったのだ。それが現セントリース教会の神殿長を務めるコルテス司教で、聖職者とは思えないほど強欲でしたたかな人物らしい。


「コルテス司教はかつてフィリオラがいた孤児院を管轄してたんだけど、神聖術士の才能が判明したとたん彼女を見出したのは自分だと主張するようになって、それ以来フィリオラを利用するようになったの」


 もともと地方のいち司祭に過ぎなかった男は、神聖術を扱えるフィリオラを積極的に人々の救済や魔物退治などに活用し、その功績を喧伝して地位を上げることに成功した。他にも上司への賄賂やライバルの妨害など黒い噂が多く、結果的に大都市であるセントリース支部のトップに出世したというわけだ。


「それでフィリオラもセントリースまで連れてこられたってわけ。言い方は悪いけど、コルテス司教の都合のいい道具として」


 司教の重要な駒であるフィリオラはそれゆえにほとんど自由が認められていない。神殿外では一人で行動することが許されず、必ず司教子飼いの教会関係者が付き添う。護衛というよりは監視のようなものだ。カフェですごしたりとある程度彼女の意思は尊重されているようだが短い時間だけである。


 また、本来なら十五で神官の資格があれば居住の自由も認められるはずが、目の届く範囲に置いておくために神殿内での生活を強制されていた。他にも不自由な部分がいくつもあるらしい。


「……ひでえな。誰か注意したりしないのか?」


「教会は大陸全土に根を張る巨大組織だもの。関係がこじれるリスクを考えれば、その幹部に面と向かって言えないのが現実よ。議員である母や冒険者ギルドのマスターとか何人かがやんわりと意見したみたいだけど、外部の人間の意見を聞き入れるような性格じゃないし、強権的な態度から神殿内の良識的な人たちもできることは限られてるみたい。それでいて教会の中枢にはいい顔してるのよね」


 おそらく政治的な駆け引きや情報操作などが得意な人物なのだろう。内部告発なども事前に揉み潰してしまいそうだ。聞けば聞くほどろくな人物ではなかった。


「フィリオラは……いや、不平不満とか漏らすタイプじゃないよな」


「健気なあの子がそんなことしないわよ。教会に拾ってもらって恩を感じてるんだし」


 自分の境遇を誰かのせいにしたりしないだろうが、そういった気質をコルテス司教に利用されている印象だ。


「司教が連れてきた部下たちも感じ悪いし。私も何かできないか考えてるんだけど」


 事情を知ってシオンの態度や違和感にも納得がいった気分だ。内心で怒りをずっと押し込めていたのだろう。おそらくその怒りは不甲斐ない自分自身にも向けられているのだ。


(相手が相手だ。難しい問題だよな)


 どうにかできないものかとナギは腕を組みながら神官少女のことを考えるのだった。

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