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25 シオンとお買い物

 自由冒険者の登録を勝ち取った数日後、ナギはシオンとともにウェルズリー商会を訪れていた。今回ここに足を延ばしたのは、依頼を受けるためではなく買い物をするためで、彼女はそれに付き合ってくれているのだ。ついでに昨夜のパンツ事件に関してはなんとか和解に至っていた。


「お久しぶりです、シャロンさん」


「シオンちゃん! 本当に久しぶりね。ちょっと見ない間にまた綺麗になったんじゃない?」


 シオンが久々にシャロンに挨拶したいからと言うのでこうしてまずは彼女のオフィスを尋ねていた。二人は楽しそうに会話しており仲の良さが窺える。以前もシャロンのことを仕事のできる女性として敬意を抱いているようなことを言っていた。


「あら、ごめんなさい、ナギさん。久しぶりだからちょっと話し込んじゃって」


 女性同士の会話に入れるわけもなくやや手持ち無沙汰にしていたナギをシャロンが気遣ってくれた。


「それで今日は装備品を整えにきたんですって?」


「自由冒険者として本格的に活動することになって、最低限の装備を揃えておこうかと」


 ナギ本人としては機動力優先ということもあり、あまりごてごてした鎧などは着けたくない。ただ、もし敵の攻撃を受けてしまった場合、防御するための装備があるのとないのとでは生存率に関わってくるとシオンが何度も購入を勧めてきたのだ。


「そうねえ。たとえ敵の攻撃を完璧に防げなくてもダメージを和らげることはできるものね。そしてその備えが生死を分けるかもしれない」


 シャロンもシオンの意見に賛成のようだ。


「ナギさんは期待の新人だし、大きな怪我を負わないように準備をしておくのはいいことだと思うわ。そうね、私も付き合ってもいいけど……若い二人の邪魔をするのも気が引けるわね」


「若いって、シャロンさんは俺らとそんなに歳は変わらないですよね」


 微笑しながら謎の配慮を見せるシャロン。


 それからせっかく商会に来たので軽く打ち合わせをすることにした。


 シャロンにセントリース高等学校への編入を目指していることを伝え、学業とも両立できるよう配慮してくれることになった。仕事の頻度はだいたい週に一、二回ほどで、街からできるだけ近場ですむ依頼を中心に回してくれることになりそうだ。自由冒険者として本格的に活動するのは来週からとなる。


「ナギさんは編入試験に向けて頑張ってるのね。勉強は進んでる?」


「まあ、ぼちぼちってとこですかね……」


 数日前から開始した編入のための勉強を思い出してややげんなりとする。編入試験まではもう一カ月を切っているので、毎日膨大な知識を頭に詰め込んでいかなければならないのだ。


 とりあえずアマネの話どおり算術に関しては問題はない。せいぜい小学生高学年程度の問題なので満点はほぼ間違いないだろう。あと国語のような教科も<言語理解>があるので大丈夫そうだ。ただ、他の教科である歴史や地理、生物などは一から覚えていかないといけないので大変だ。


 勉強に必要な参考書などはシオンが使っているものを貸してもらっている。彼女も暇ではないだろうに、分からないところを教えてくれたり、試験に出そうな問題をピックアップしてくれていた。


 現在のナギの一日の流れは、午前中に試験勉強、午後からは剣術やスキルの鍛錬という感じだ。鍛錬はたまに学校から帰ったシオンが合流することもある。そして夜はまたお勉強と一日みっちりと予定が詰まっていた。はっきり言って二年前の高校受験を控えていた頃よりもハードかもしれない。


 来週はこれに加えて自由冒険者の仕事も入ってくるのでますます忙しくなりそうだ。今回の外出は買い物が主目的だが気分転換の意味合いもあるのだった。


 その後シャロンの激励を受けると、シオンとともに冒険者の装備を扱っているフロアへと移動した。彼女自身普段からたまに利用しているらしく、どこに何があるのか概ね把握しているようだ。


「予算内でできるだけいいものを買わないとね」


 シオンについていきながら売り物を物色する。広いフロア内に様々な種類の装備品が陳列していて一人だったら途方に暮れていただろう。たとえ店員にアドバイスしてもらってもどれを選べばいいのか悩んだに違いないので、シオンがいてくれて本当に助かった。ちなみに予算は魔石などを売却して得た資金でそこそこある。


 まずは足元が大事ということで靴を購入することになり、革製のしっかりとした造りのブーツを選んだ。防水性や耐久性に優れていてまさに冒険者向けのブーツである。ごつい外見のわりには軽量で気に入った。


 靴の次は外套である。アマネからもらったジャケットタイプの防具はこの前の戦闘で穴が空いてしまったので新しいのを見繕わなければならない。時に過酷な状況の中で活動する冒険者は敵の攻撃だけでなく自然などから身を守る必要があるのでけっこう重要だ。


「これなんか悪くないけど……あまり重いのは嫌なのよね。こっちは素材はいいけど値段がけっこう張るし――」


 シオンは真剣な面持ちでぶつぶつと呟きながら商品を吟味しており、その様子はシビアに品物を見定めている主婦さながらだ。ナギはその後を付属品のごとくついていく。もう彼女に任せておけばいいんじゃないだろうかと考えはじめるくらいに頼もしい存在であった。


 最終的に二人で相談した結果、耐刃、耐衝撃に優れ、撥水加工もされている黒いコートに決め、ついでに同等の効果があるインナーも購入することにした。


 会計を済ませた後、ナギは購入した装備を入れたマジックバッグに視線を落とす。


「けっこう値段がかかったな。想像してたよりも高くついたというか」


「一般の服飾品とはわけが違うもの。命を守るためのものなんだからこれくらい当然でしょ。仕事が軌道に乗って稼げるようになったら、もっと高価な装備に買い換えてもいいし」


 今回の買い物でナギの手持ちがほとんど尽きてしまった。日本でバイトした場合だとこれだけ溜めるのに何ヶ月もかかるであろう金額があっという間に消えてしまったのだ。間違いなく人生で最もお金を使った瞬間だった。


 余談だが、この大陸の通貨記号を『ソリス』という。金貨、銀貨、銅貨などの硬貨で取引されていて、それぞれの貨幣価値は、銅貨一枚=百ソリス、銀貨一枚=千ソリス、金貨一枚=一万ソリスだ。硬貨には他にもいくつか種類があるらしい。


 ナギはウェルズリー商会を出るとシオンをお茶に誘った。今回買い物に付き合ってくれたお礼に奢ろうと考えたのだ。これまで世話になっているので残り少ない手持ちを全部使っても構わない。いつかアマネなどエルフォード家の面々には改めて礼をするつもりだ。


「あんたにしてはなかなか気が利くじゃない。それじゃ気になってる店があるんだけど、そこでいい?」


 シオンの希望でこの近くにあるカフェに行くことになった。なんでも最近評判になっているパンケーキがあるらしい。


 二人で目的の店を目指すも商会前の大通りは混雑していて進みづらい。大都市の休日だけあって人の量が半端なかった。


「ちょっと、何してんのよ。ほら」


 前から続々と歩いてくる人々を避けながら歩くのに苦労していると、前を進んでいたシオンがナギの手を取って先導しはじめた。人込みの中を手慣れたようにすいすいと歩いていく彼女に感心する。この街で生まれ育ったのでこれくらいは普通なのだろう。


 シオンの手は普段から鍛えているのでやや硬かった。それでいて女性らしいしなやかで細い指に手を掴まれながら歩いていると目当ての店に着いたようだった。


 小洒落た店内は女性客やカップルなどを中心に賑わっていたものの運良く相席を確保することができた。注文を取りにきた店員にシオンが例のパンケーキを注文し、せっかくなのでナギも同じものを頼む。


「おお、なかなか美味いな!」


「本当! 学校でも女子を中心に噂になってたのよね」


 運ばれてきたパンケーキは生地がふわふわで口に入れた瞬間にとろけるようになくなっていく。添えられていたバターと生クリームも濃厚で、気づけば三枚重ねのケーキをあっという間に食べ尽くしてしまった。


「これだけ美味しかったらまた食べに来てもいいな」


「今度は旬のフルーツをふんだんに使ったケーキもいいかもね」


 満足した二人がそれぞれコーヒーと紅茶を飲んでいると、店内に少々目立つ格好の女の子がいることに気づいた。その子はこちらに背中を向けるように座っていて、どうやら同じパンケーキを一心不乱に食べているようだ。


「あれって神官服ってやつか? なんかどこかで見たような後姿だな」


 かすかに揺れる金髪を眺めていると、こちらの声を聞きつけたのか、その女の子が振り向いて目を丸くしたのだった。


「もしかして、ナギさんですか?」


 そう言って声をかけてきたのは、この前図書館で出会った神官少女ことフィリオラであった。

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