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24 剣術士のスキル

 翌日、ナギはエルフォード家の敷地にある開けた場所にいた。普段は訓練場として使われているらしい。かつてエルフォード家に嫁入りしたセツナが作った場所らしく、その後も冒険者だったアマネの旦那さんやシオンが修練のために使用しているそうだ。


「それじゃあクラスやスキルについて説明するね」


 ナギの目の前にはタンクトップとスパッツを着込んだ動きやすそうな格好のシオンが立っていた。結局、昨夜は酔ったアマネに散々絡まれたので肝心の話が聞けなかったのだ。 だからシオンが学校から帰った午後にその続きを行うことになったのである。


 そして当のアマネは今朝見たらケロッとしていた。どうやら二日酔いとはほとんど無縁なようで、現在も敷地にある東屋でアフターヌーンティーを優雅に楽しんでいる。とにかくいろんな意味で恐ろしい人であった。


 昨日も長々と話を聞かされた上にいじられてようやく解放されたのだ。ヘレナは途中で要領よく帰宅しており、帰り際に「奥様を頼んだよ」とアマネの身を案じているようなセリフを口にしていたが、笑いをこらえるような表情をしていたので絶対に楽しんでいたと思う。


 ナギは今度から同じようなシチュエーションに遭遇したら即座に逃走しなければと固く決意するのであった。


「あんたが何を思い出しているのか想像はつくけど、ともかく始めるわよ」


 被害者仲間であるシオンが話に集中するよう手の平を打った。


「昨日の質問は、クラスの適正があればスキルを覚えられるかだっけ?」


 ナギのステータスには星霊術士のほかにも剣術士のクラスが記載されていたので、星霊術と同じくスキルを習得していこうと考えたのだ。この辺りの詳細は中央図書館でも調べられるだろうが、すぐ近くに現役の冒険者であるシオンがいるのでそっちに聞いた方が早い。


 加えて近接戦闘の修練にも付き合ってもらうことにした。日本にいた頃はたまに試合形式で竹刀を打ち合っていたくらいで実戦経験などあるわけがない。なので何年もの冒険者のキャリアがあるシオンと実戦形式で鍛えようと思ったのだ。


「まずクラスの適正がなくてもスキルを覚えることは可能よ。ただしその場合は適正持ちよりも長い修練が必要となるし、必ずしも習得できるとは限らないけどね」


「それじゃあ、例えば俺がシオンと同じ槍術士のスキルを覚えようとしたら、可能性は全くないわけじゃないんだな」


「一応はね。でも修練しても無駄骨になるかもしれないし、大抵の人は素質のあるクラスを鍛えていくのが普通よ。あれもこれも手を出してたらどれも中途半端になるし。ただし、あんたの星霊術みたいに先天的な素質が必要な場合はどう足掻いても無理だけど」


「クラスの適正があるとかどうやったら分かるんだ?」


「適性を調べる道具があるの。主に冒険者ギルドやアストラル教会が管理してるんだけど」


 随分便利な道具があるものだと感心する。どんな素質があるのか分かっていれば人生設計もやりやすいだろう。


「それであんたの場合は太刀を使うから剣術士ってことでいいわけ?」


 ナギが頷くとシオンはやや怪訝な表情をした。


「小さい頃から剣術の鍛錬をしてるからスキルが得られるかもしれないってこと? さっきも言ったけど、もちろん可能性はあるから助言くらいならできるけど」


「いや、剣術士のクラス適正があることは分かってるんだ」


「何であんたが知ってんのよ。どこかで調べてきたの?」


 そういえばシオンにはステータスを自由に閲覧できることを教えていなかった。なので疑問に思われても仕方がない。


 そのことを伝えるとなにやらシオンは呆れた表情をした。


「なに、その便利すぎる能力。わざわざ調べにいかなくてもいいってこと? もしかしておばあちゃんも持ってたのかな……」


 クラス適正に続いて個人のステータスも調べることができ、これも専用の道具が存在しているらしい。


 それからいよいよシオンに剣術士のスキルを教えてもらうことになった。もっとも彼女も専門は槍なので知っているスキルをレクチャーしてくれる程度だ。


「まずは武器を使ったスキルで基本のやつからね」


 シオンは鍛錬場に立ててあった先端に藁が巻いてある太い木の棒の前までいくと本物の槍を構えた。ナギが通っていた道場にもあった巻藁だ。


「じゃあ、いくね」


 おもむろに集中するとシオンは流れるような動きで槍を動かして巻き藁を突いた。これまで数え切れないほど繰り返したのだろうと分かるスムーズな動きで、まるで空気を穿つような鋭さがあった。


 シオンの槍は巻藁の芯である棒ごと貫通して後ろまで穂先が飛び出していた。とても細身の女性が突いたとは思えない威力だ。武器の性能や技術以上の何かを感じた。槍がかすかに発光していたので何らかのスキルを使用したのは間違いない。


「これが<強化>というスキルよ。効果は名前のとおり攻撃力を強化するの。今のはスキルで私の刺突の威力を上げたってわけ。あなたの場合は斬撃の強化ね」


「なるほど。これは使えるな」


 強化されるのはスキルを発動させた一瞬のようだが、これを使えば太刀が通用しない硬い相手でも斬れるようになるかもしれないし、逆に防御でも役に立ちそうだ。


 さっそくナギはシオンの指導のもと<強化>の練習を開始する。使用するのは譲り受けた太刀だ。


「スキルを使う上で大事なのはイメージよ。この場合は自分の内にある魔力を武器に纏わせるイメージ。魔力を纏わせて武器を普段よりも強化する」


 シオンの説明を脳内で反芻する。星霊術でもイメージが重要だったのでなんとなく理解できる。そしてこの世界のほとんどのスキルは魔力を使用することで様々な効果を発揮するのだろう。


 ナギは魔力によって切れ味が鋭くなる太刀をイメージしながら何度か振るうがなかなかスキルは発動しなかった。初めから上手くいくとは思ってはいなかったので、時折アドバイスをくれるシオンの言葉に耳を傾けながら黙々と繰り返す。


 それから鍛錬を開始してから一時間ほど過ぎたがいまだにスキルを使うことはできなかった。全身にうっすらと汗をかき、太刀を振るう右腕にも疲れが溜まってきたが飽きることなく振り続ける。ありがたいことにシオンもずっと付き合ってくれていた。


「ちょっと力みすぎてるかな。スキルを発動するのに余計な力は必要ない。武器を腕の延長のように使用してみて」


 何度目かの指摘にナギはかつて剣術の師に教わったことを思い出した。


(そういえば先生も同じようなことを話してたな。太刀を道具ではなく己の身体の一部のように扱えるようになれと)


 その教えに従ってずっと何年も木刀を振ってきたのだ。どこまで実践できていたかは分からないが、今はスキルを使うことばかり考えてすっかり忘れていた。


 ナギは改めて太刀を握り直して構えた。手の平から握った太刀に血管や神経が通るようなイメージを思い浮かべる。


 徐々に腕と太刀との境界を少しずつ曖昧になっていく感覚がすると、すっと何かが太刀に流れていった気がした。


(――今!)


 太刀を振るうと空気を切り裂くような音がした。これまでで会心の一太刀だ。


「……どうだった?」


「<強化>のスキルが間違いなく発動したわ。驚いた。ずっと修行を続けてきて土台が出来上がっていたとはいえ、こんな短時間で使えるようになるなんて」


 言葉のとおり驚いた様子のシオンに気分をやや良くする。


 忘れないうちに身体に染み込ませようと再びスキルを使ってみたが、今度は手応えがなく、スキルの発動に失敗してしまった。


 その後も繰り返し試してみるもたまに発動するだけでなかなか安定しない。常時使えるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「やっぱ、そんなにあっさり使えるようになるほど甘くないか」


「一日目にしたら上出来すぎるくらいだけどね。毎日欠かさずに鍛錬すればすぐものにできるわよ。剣術士には他にもスキルがあるけど、それはまだ先かな」


 それから二人は木でできた武器に持ち替えて地稽古をすることにした。若くして高位の冒険者になるだけあってシオンの槍捌きは見事なものであった。しばらく白熱した戦いを繰り広げる。


「やるじゃんか。あやうく何度か攻撃をもらうとこだった」


「そっちこそね。ついこの前まで普通の学生だったとは思えないし」


 二人とも息が荒くなるまで打ち合ってようやく動きを止めた。けっこう長い間打ち合っていたようで、いつの間にか日が暮れかかっている。


「そろそろ夕飯の時間ね。私は先にお風呂で汗を流してくるから、あんたもその後で使いなさいよ。間違っても覗かないように」


「そんなベタなイベントは起こさないっての。さっさと行ってこいって」


 シオンは笑いながら軽く手を振って母屋の方へと歩いていった。


 ナギはその後姿を見ながら思う。


(しかし、よく見れば、ちょっとやばい格好かもな)


 もともと動きやすいように薄着だったのに今では汗で肌に張り付いていたのだ。鍛錬中は集中していたので気にならなかったが、青少年には少々刺激が強い姿である。


 そんなシオンを見送り、喉が渇いたナギが何か飲もうかと考えていると、誰かが急に話しかけてきたのだった。


「二人とも頑張ってるみたいね」


「うわっ!?」


 驚いたナギが飛びのくと、背後にはいつの間にかアマネが立っていた。なにやら優しげな表情をしている。


「シオンが家であんなに楽しそうにしてるのは久しぶりに見たかもね。母や旦那と鍛錬していた頃を思い出すわ」


「そうなんですか?」


「ええ。だから、これからもよかったらシオンを鍛錬に誘ってあげてね。冒険者仲間にも切磋琢磨できる人間はいるけど、同世代ではほとんどいないから、あの子としてもやりがいがあるでしょう」


 そういえばナギ自身、これまで試合形式で行うのは年上がほとんどであった。同い年であるシオンとの地稽古は良い刺激になるので、暇があれば続けていこうと思うのだった。






 アマネと別れた後、お風呂で汗を流したシオンが出てきたので、ナギも夕飯前に軽く入っておくことにした。


「よし、誰もいないな」


 念のためちゃんと確認してから脱衣所へと足を踏み入れる。徐々に気心が知れてきたとはいえ、年頃の女の子と同居していれば色々と気を遣うのである。万が一でも鉢合わせしないように注意しているのだ。


 いそいそと汗に濡れた服を脱ごうとすると、脱衣所の隅になにか丸まった布のような物を見つけた。


「何だこれ?」


 それを拾って広げてみたとたんに衝撃が走った。


「――げっ!」


 思わず悲鳴のような叫び声が喉の奥から出る。冗談抜きで心臓が口から飛び出るかと思った。


 なぜならナギが拾った布は女性ものの下着だったのだ。具体的にいうと純白のパンツである。十中八九、シオンのもので間違いない。おそらく風呂の後に落としてそのまま気付かずに行ってしまったのだろう。エルフォード家では風呂場と洗濯場が別々にあるので、脱いだ衣服はお風呂から上がった後にそこに運び、あとはメイドさんが洗濯してくれるようになっている。


「まずいぞ……。こんな所を見られたら俺は――」


「ごめん。ちょっといい? そこに落し物したかもしれないから入るね」


「タイミングいいな、おい!?」


 もはや隠すような時間すら与えてもらえずに立ち尽くしていると、無情にも扉が開いてシオンがずかずかと入ってきてしまったのだった。


 脱衣所に入ってきたシオンはまずナギを見て、その後、手に持ったものに視線を向けてぴたりと動きを止めた。しばし二人の間に沈黙が漂う。かつてこんなに気まずい瞬間があっただろうか。


「……とりあえず、遺言があるなら聞いておいてあげるわ」


「ちょっと待て! 俺は知らずに拾っただけだ! というかこんな所に落としたお前の落ち度だろうが!」


「そんな風にしっかりと広げてる上にまじまじと見つめておいて言い訳するな!」


「確認するために広げただけだっての! くそ、まさかこんな(トラップ)があるとは!」


「人の下着を罠扱いしないでよ! この変態!」


「パンツトラップを仕掛けた本人が俺を変態扱いするなよ!?」


 騒々しく言い合う二人。ナギもパンツ泥棒に仕立て上げられる瀬戸際なので必死だ。


 その後、騒ぎを聞きつけたヘレナが仲裁に入るまで二人は脱衣所で延々と口論を続けるのであった。

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[一言] ナギが全裸になる前の発見で良かった。
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