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22 空を舞う脅威

 湿地帯に到着して一時間ほど、その後も魔物の襲撃を受けながら探索を続けていたナギはようやく目的物であるマーシュボーンを見つけていた。ちょうど湿地帯の中央あたりの広めの陸地に群生しているのを発見したのだ。


「これで間違いないな。やっと見つけたぜ」


 ナギはファイルを取り出して特徴が一致していることを確認する。目的の素材は小さな黄色い花がついた多年草で、地面の下に埋もれている茎に滋養強壮の効果などがあるらしい。


「さっさと摘んでセントリースに帰還するか」


 これから森を出ればちょうど昼頃くらいには街に戻れるだろう。念のためにマジックバッグには携帯食料と水を用意してあるが、家で昼食を摂れるならその方がいい。


 指定どおり三束を慎重に根元から引き抜いてマジックバッグに入れる。街でも手に入れられるそうなので、不正防止のためにこうして摘んだままの状態で持ち帰るように言われていた。


 湿地帯でやるべきことを無事に完了したので元来た道を戻ろうとすると、ふいに頭上から何かが羽ばたくような音がしてきた。


「……なんだ?」


 何気なく上を向くと急降下していた大きな鳥が鉤爪でこちらを捕らえようとしていたのだった。


 ナギは泡を食いながら反射的に身体を投げ出して回避する。なんとか際どい所で避けられたが、逃げられたことに気づいた鳥は地上すれすれを旋回すると再び襲いかかってきたのである。


「いきなり何なんだよ!」


 態勢を整えながら<風刃>を放つと、その鳥は軽く避けながら羽を大きく羽ばたかせて空へと高く舞い上がっていった。


 突然の急襲を辛くも逃れたナギが上空を見上げると敵はゆっくりと空を旋回していた。そして、そのシルエットから襲ってきたのが鳥ではないことに気づく。


「もしかしてグリフォンってやつか? ファイルにはなかったけど……」


 それは上半身が鷲で下半身がライオンという異形の生物でナギでも知っている怪物であった。下から改めて眺めるとその巨大さが分かる。身体の大きさはかつて動物園で見たライオンの数倍はありそうで、羽根を広げた状態だと何メートルになるだろうか。あの鉤爪で馬や牛を楽に捕獲できそうだ。その鋭い目はこちらを捉えており捕食する気満々である。


「厄介なのに目をつけられちまったな。とにかく森に入れば逃げられるか?」


 目的を果たした今、ここに留まってあの魔物と無理に戦う必要はない。湿地帯の外にある森の中に逃げ込んでしまえば敵も生い茂った木々が邪魔になっておいそれとは襲ってこれなくなるはずだ。もし森を抜けた後も追ってきたらその場合は戦うしかない。


 ナギは悠々と旋回しているグリフォンを警戒しながら<瞬脚>で沈んだ倒木に移動した。そこから更に他の足場に移動しようとしたが、羽根が風を切る音とともに敵が前を塞ぐように高速で飛翔してきたので慌ててもとの小島に戻る。


 その後も小島から森への移動を試みようとするとことごとく邪魔されてしまうのだった。


 どうやら高速移動するナギの姿をちゃんと捉えているらしい。鳥は目が良いと聞くがグリフォンは優れた動体視力も有しているようだ。それに小島から森への足場は限定されているので次の行動が読まれやすいという事情もあった。


「本当に厄介な奴だな。星霊術も避けるし」


 一度は邪魔されるのを見越してカウンター気味に<風刃>を放ってみたが敵は器用に避けてから襲ってきた。あの巨体からは想像できない小回りのきいた回避行動を取ってから鉤爪を振るってきたのだ。想像していたよりも空中を自在に動けるらしい。


 この小島からの脱出は容易でないと悟ったナギはここでグリフォンと戦うことを決める。ただ腹をくくっても攻撃する手段がほとんどないのが現状だ。空を舞う相手に太刀は役に立たず、星霊術という飛び道具があっても正直当てられる気がしなかった。


 とはいえ手持ちのスキルであの魔物をなんとか倒すかしない。


 ナギは風の塊をグリフォンに飛ばすと案の定あっさりと避けられてしまったが、それは<風弾>ではなく<風爆>であった。すぐ近くで不意打ち気味に暴風が弾けて飛行制御を失った敵があらぬ方向に落下していく。


 この瞬間を待っていたナギは太刀を握りしめながらグリフォンに向かって駆け出す。この手はもう二度と使えないだろう。もう他に手段が思いつかないのでこれで必ず仕留めなければならない。


 小島の端に墜落したグリフォンは肩から地面に激突して一時的に動きが止まっている。


 最後の一歩で<瞬脚>を発動して接近すると、太刀が収まったままの鞘を持ってナギが持つ最強の技を叩き込もうと構えた。


 しかし攻撃を仕掛けようとした瞬間、グリフォンが不吉な甲高い鳴き声を上げたのだ。


 嫌な予感がしたナギが身体を強張らせていると、グリフォンの周囲に風が渦巻いて、次には矢のようなものが何本も飛んできたのだ。至近距離から飛んできた矢を反射的に太刀を抜いて弾くも、全部は対応できずに残りが身体をかすっていった。


 慌てて<瞬脚>で距離を取りながら矢ががかすめていった場所を確認する。


(あ、危なかった!)


 さっきの攻防を思い出して脂汗が滲み出す。幸いにも矢が身体に当たることはなく、腰のそばを通過した一本がジャケットに穴を開けたくらいであった。たぶんこちらが攻撃する瞬間に一瞬身体が硬直したおかげで敵の目測が少しずれたのだと思う。いずれにしろ運が良かった。


(飛ばしてきたのは風でできた矢だな。あんなこともできるのか)


 高位の魔物は特殊能力を持っていることが多いとシオンに聞いたことがある。あの鳴き声が発動のためのキーなのだろう。どうやら追い詰められて奥の手を使ってきたようだ。


 ナギが距離を取っている間にグリフォンは態勢を立て直すと再び空中に逃れていた。今までよりもこちらを見る目が鋭い気がする。さっきの<風爆>による不意打ちで油断ならない相手だと認識させたのかもしれない。


 その後、グリフォンは『風の矢』を飛ばしたり、隙あらば急降下して一撃を加えようとするも、こちらを警戒しているのか無理に攻撃しようとはせずにすぐ空へと戻っていった。


「やばい……。千載一遇のチャンスを逃したし、マジで打つ手なしだ」


 ただでさえ有効な手がないのに、このままじわじわと体力を消耗していく未来しか見えない。おそらくあちらも長期戦を見据えているのだろう。憎たらしいほど優雅に空を舞いながらナギを眺めている。


「こうなったらマンティコアの時のように捨て身で行くか?」


 ナギはその考えをすぐに却下した。毎回あんなことが上手くいくとも思えないし、あの時は敵が油断していたから結果的に成功したのだ。今回みたいに露骨に警戒している相手では分が悪い。


 こんな時に新たなスキルに目覚めてくれればいいのにと思う。空中である程度動けるスキルがあれば対抗できるかもしれないが、そんな都合のいいことが起こるなら苦労はしない。


 グリフォンを睨みながら歯軋りしていると、ふとスキルについて閃いたことがあった。既存のスキルを使ってできることがあるかもしれないと思いつく。実際に試してみないと分からないがおそらく可能なはずだ。


「考えるよりも実践だな」


 この森をさまよっていた時もそうやって生き延びてきたのだ。


 ナギはさっそく考え付いたことを実行するべく足裏で<風爆>を解放した。今回は上に打ちあがるためのもので、地面に着地する必要がないのでかなりの魔力を込めた。まるでロケットのように勢いよく空を昇っていく。


 身体にかかる圧に耐えていると、あっという間にグリフォンが飛んでいる高さを上回り、ようやく勢いが弱まってきた。上空は風が強くやや肌寒い。ふと周囲を見渡してみると眼下に広がる景色に思わず見惚れた。ここからだと湿地帯のほとんどが一望でき、左を向けばセントリースの外壁が、右を向けば険しい山脈がうっすらと見えていた。


 思わず見入っているとグリフォンの威嚇する鳴き声が聞こえてきた。初めは虚を突かれたように動きを止めていたが、今は翼をはためかせてこちらに突進してくる仕草を見せている。


(今度こそ仕留める!)


 ナギが考えついた作戦はつまるところ相手の不意を突いて攻撃を加えるというものだ。最初の好機を逃せばまた勝負が長引く可能性が高い。もともと空の上は敵が得意とするフィールドなのだ。だから一撃で終わらせなければならない。


 高速で接近してくる敵に<風刃>を放って牽制する。グリフォンは軽やかに回避しながら距離を縮めてくるが、もともと当たるとは思っていないし演技みたいなものだ。


 すぐ目の前まで来たグリフォンに苦し紛れで太刀を振るうがあっさりと鉤爪で弾かれてしまう。もう重力に引かれて自由落下するしかないナギを嘲笑うような気配が伝わってくる。


 死に体状態の獲物に向かって勝利を確信したグリフォンがもう片方の鉤爪を振るった時、忽然と目の前からナギが姿を消したのだった。


 獲物が突然消えて動揺しているグリフォンの背後に一瞬で移動していたナギは太刀を鞘に戻して無防備な後頭部あたりに狙いをつける。


 ナギは不自然に空中で動きを止めると、勢いよく飛び出して必殺の居合いを叩き込む。加速した太刀がグリフォンの首筋を盛大に断ち切り大量の血が噴き出した。


 確実に致命傷を与えたことを確信していると、振り返ったグリフォンが今起こった出来事が信じられないとばかりに目を見開いたが、すぐに眼球から光が失われそのまま力なく落下していったのだった。


 難敵に勝利したナギは落ちていくグリフォンを眺めながらホッと息をつく。どうやら思い付きの作戦が上手くいったようだ。


 作戦とはつまり<風弾>を使って一時的に足場を作るというものであった。本来は風の塊を敵に打ち出すところを発射しないで足元に構築する。そのままだとすぐに消えてしまうが短い間なら問題はない。先程はその手を使って敵の背後に移動したというわけだ。


「この戦法というか空中を自在に動くスキルは使えるな。オリジナルスキル第二弾ということで格好いい名前をつけるか」


 落下しながら呑気にスキルの名前を考えるナギ。


 しかし、すぐにどうやって地面に無事に降り立つか慌てることになるのであった。倒した後のことまでちゃんと考えていなかったのである。かなりスピードが出ている今からだと足元に<風弾>を作って勢いを弱めることはもうできない。


 結局、地面に衝突する直前に<風爆>をぶつけることで事なきを得るのだった。

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