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20 ウェルズリー商会

 翌日、ナギは南地区にあるウェルズリー商会の前に来ていた。服装はいつも通り麻で出来た上下の服にアマネが用意してくれた男物のジャケットを上から羽織っている。


 本当は身体を保護する鎧などをつけてみてはどうかと提案され、試しに家にあったものを試着してみたのだが、これが思いのほか重く、機動力を重視する自身のスタイルには合わないので見送ったのだった。


「アマネさんたちには頭が上がらないな」


 ナギの肩にはショルダーバッグのようなものがぶら下がっていた。これは空間魔術を付与されたマジックバッグとやらで、見た目よりもずっと容量が多い。仕事をするにあたって便利だからとこれも用意してくれたのである。昨日譲り受けた太刀もこのバッグの中に入っていた。


「それにしてもでかい建物だな。これがウェルズリー商会の本店か」


 目抜き通りに堂々と建つ建物はナギの実家がいくつも入りそうなほど巨大であった。ここから観察するに五階建てのようだ。大商会とは聞いていたがかなりの規模である。


 ナギはさっそく店の中に入り辺りを興味深げに見回す。どうやら一階は食料や日用雑貨などを主に取り扱っているようで多くの買い物客で賑わっていた。


 店の正面玄関からほど近いところに案内所のような場所を見つけたので要件を告げる。カウンターに立っていた制服を着た美人の受付嬢が愛想よく対応してくれて五階まで上がるよう教えてくれた。


 案内に従って階段を上り五階に到着する。このフロアはいくつもの部屋で区切られていて商会に勤める社員たちの仕事場のようだ。


 受付嬢に教えてもらった部屋に到着したナギが扉をノックして入ると、そこにはスーツ姿の女性が待っていたのだった。


「――ようこそ、ウェルズリー商会セントリース本店へ。ナギ・テンドウさんね? 私は今回の面接官を務めさせていただきますシャロン・ウェルズリーです」


 栗色の長い髪をかすかに揺らしながら話しかけてきたのは妙齢の女性だった。おそらく二十歳ほどだろう。受付にいた店員も美人だったが、こちらはそれ以上で、優しげな垂れ目が印象的だ。そしてなにより抜群のスタイルをしており、十代の青少年にとっては少々刺激の強いお姉さんであった。


 それからなんとかぼろを出さずに挨拶を済ませると、応接机のそばにあった椅子に座りシャロンと向かい合う。


「苗字がウェルズリーということは、もしかしてシャロンさんはこの商会の?」


「ええ。私の父が当商会の代表を務めてるの」


 どうやら目の前の女性はウェルズリー商会を率いるトップの娘さんだったようだ。まごうことなき御令嬢である。思った以上の大物が出てきたものだ。


「私がウェルズリー家の人間だからといって遠慮はしないでね。ここでは商会に勤めるひとりの従業員に過ぎないから」


 シャロンは柔らかい笑みを浮かべると話はさっそく面接の件へと移った。


「アマネさんが事前に送ってくれた紹介状によると、ナギさんはエルフォード家の遠縁に当たる方で、今回セントリースに出てきたのをきっかけに自由冒険者として活動したいと」


 シャロンが読み上げていく内容にナギは頷いて同意する。こちらの世界に戸籍など身分を確認するものがないのでエルフォード家が後見人のような立場を務めてくれているのだ。近いうちにアマネがセントリースの市民権を取得してくれる手はずになっている。 


 ひと通り確認を終えたシャロンは先程他の従業員が持ってきてくれた飲み物を一口飲んだ。


「ごめんなさいね。エルフォード家の親戚の方だから問題はないだろうけど、一応確認しておく必要があるの。特にあなたの場合はこの街に来たばかりみたいだから」


 そもそもこの世界に縁もゆかりもない人間である。騙しているようで申し訳ない気分になるのはこちらだ。


 それはそうとシャロンからはどこか探るような気配を感じた。多少強引な設定なので腑に落ちない点もあるのだと思う。商人の娘だけあってただの優しそうなお姉さんというわけではなさそうだ。


「そういえばアマネさんが話してましたけど、昔からエルフォード家と付き合いがあるんですよね」


「ええ。アマネさんのお父様とウェルズリー商会の創業者である私の祖父が親友同士だったの。だからアマネさんはもちろんシオンちゃんとも昔から懇意にさせてもらってるわ」


 なるほどとナギが納得しているとシャロンが居住まいを正した。


「それじゃあ自由冒険者に関する詳しい話をしましょうか」


 シャロンは仕事における様々な説明を始め、それは以下のような内容だった。


・形態としてはウェルズリー商会に自由冒険者として登録する形になる

・仕事の内容は主に商会が依頼する素材やアイテムを回収してくることだが他にもいくつか種類がある

・仕事は商会が提示する依頼の中から自由に選ぶことができ、時折商会側から提示することもある

・報酬に関しては商会独自の体系があるものの冒険者ギルドのそれと大差はない。時にボーナスをつけたりと柔軟な対応もする

・仕事の頻度については個人のペースで構わないが、あまりに間隔が空くようであったり、達成率が振るわなければ契約を打ち切ることもある。また犯罪行為など不適切な行為を行った場合も同様の措置を取る。


「説明は大体こんなところだけど、何か質問はあるかしら」


「他にも自由冒険者として契約を結んでる人はいるんですか?」


「何人かいるわよ。大抵が元冒険者とかだけど」


 シャロンによるとウェルズリー商会は冒険者ギルドと良好な関係を築いており普段からいくつか仕事を任せているらしい。ただそれだけでは商会の求めるものを満たせない場合があり、選択肢を増やす意味でも自由冒険者を何人か雇っているのだそうだ。


「元冒険者が多いそうですけど、冒険者の資格を持ちながらどこかと自由冒険者として登録や契約はできるんですか?」


「それはギルドが禁止しているから無理ね。ギルドを介さずに依頼を受けることは可能だけど、それを許せばギルドの存在価値が低下してしまう。冒険者も依頼する側もギルドと対立することは避けたいから、何か事情でもない限りはそんなことはしないわね」


 冒険者は他の組織や個人などと正式な専属契約は結べないがギルド抜きで依頼を受けることはできるそうだ。これがたまにならいいが、頻度が多くなるとさすがにギルドも注意したりするらしい。


 ウェルズリー商会も良好な関係を維持するために、ギルドと自由冒険者への仕事の振り分けが偏らないよう気を遣っていると、シャロンがちょっとした裏事情を教えてくれた。


「さて、ここから本題に入るけど、当商会は誰でも自由冒険者として雇うわけじゃないわ。簡単な仕事であればギルドに依頼すればいいから、自由冒険者にはそれなりに難易度のある仕事を頼むことがほとんどよ。だから仕事を遂行できる実力が必須になってくる。ナギさんはエルフォード家の紹介とはいえ知名度や実績がほとんどないから、はたして登録するに値するのかどうかを試させてもらいます。まずは質問と魔力測定、そして最後に試験をします」


 どこか挑発するような視線を寄越すシャロン。やはりすぐに登録できるなどという都合の良いことはなく自分の力を見せなければならないようだ。


「そういえばナギさんはマンティコアを倒したと紹介状に書いてあったけど、手に入れた魔光石や素材を見せてもらえるかしら」


 マジックバッグに収納していた魔光石などを取り出して渡すと検分していたシャロンがかすかに感嘆の声をあげた。


「……本物みたいね。シオンちゃんの証言もあるから間違いないでしょう。まだ若いのに冒険者ギルドで推奨ランク7以上の魔獣を単独で撃破するなんてたいしたものね。ところでこの魔光石と素材はどうする? 譲ってくれるなら後で換金して渡すこともできるけど」


「お願いします」


 もともとそのつもりだったのでナギはその提案を受け入れる。何から何までエルフォード家のお世話になっているので少しくらいは手元に現金を持っておきたい。


「ところでナギさんのクラスは何かしら?」


「星霊術士とあと剣術士になりますね」


 ステータスに記載されていたのをそのまま話す。


「星霊術士……これはまた珍しいクラスね」


「やっぱり珍しいんですか? シオンも似たようなことを言ってましたけど」


「ほとんど見かけないわね。私も数年前に一人だけ会ったことがあるくらいだから。ナギさんは星霊と契約をしてるのかしら?」


 ナギが肯定するとシャロンは顎に手を当てて考え込む仕草をした。


「……マンティコアを倒した稀少な星霊術士。星霊の格にもよるけど、困難とされる星霊との契約を済ませていて、剣術を用いた近接戦闘も行える……か。まだ伸び盛りの若者だし、これは想像していた以上の掘り出し物かもしれないわね。冒険者ギルドならシオンちゃんと同等――いえ、それ以上の逸材かもしれない」


 なにやらぶつぶつと呟くシャロン。他に星霊の種類やスキルなど詳しいことは聞かれなかった。どうやら手の内を根掘り葉掘り聞いたりはしないらしい。


 シャロンは次に何かの器具を持ってきた。どうやら今度は魔力測定を行うようだ。魔力量を測る器具は握力測定器に似ていた。手で握れる部分があり、そこに力を込めると針が動いて目盛りを計測できるようになっている。


「――ふんっ!」


「ナギさん、そんなに力を入れなくても大丈夫――ええっ!?」


 思わず力が入れすぎてしまっているとシャロンの驚く声が聞こえてきた。


「嘘……針が振り切れてる? 最新式の魔力測定器でかなりの魔力量も計測できるはずなのに……」


 目盛りを確認すると最大で一万まで測定できるようだった。ナギの魔力容量は一万八千を超えているので当然の結果といえる。


 その後、念のため別の測定器で測ってみたが結果は同じであった。


「ちょっと信じられないわね。魔力量が一万を越えるなんてそうそうないことよ。一流の魔術士にも匹敵するわ」


 どこか茫然とした様子のシャロン。正確な数値を告げたらどんなリアクションを取るだろうか試してみたい気持ちもあったがここは自重しておいた。


「……ふう。まるでびっくり箱みたいな人ね、ナギさんは。ともかく素質が申し分ないことは分かったわ。では最後に実地試験をしてもらいます。マンティコアを倒すほどだから必要はないかもしれないけど予定通りにやらせてもらうわ」


 落ち着きを取り戻したシャロンは傍らからファイルを取り出してナギに手渡したのだった。

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