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19 前準備

 夕食が済んだ後、食後の紅茶を飲んでいたアマネが話しかけてきた。


「そういえば今朝、制服姿のシオンを見て驚いたんですって? ナギ君の世界の制服と同じようなデザインだったから」


「そうですね。俺がいた国でも違和感がないデザインだと思いますよ。だからシオンと『渡り人』が関係してるかもって話をしてたんですけど」


「たしかナギ君も向こうの世界では学生だったのよね?」


 アマネの質問にナギは頷く。受験勉強をかなり頑張って地元の進学校に合格したのに、結局、高校生活を一年ほど過ごしたくらいで異世界に飛ばされてしまったのである。


「ナギ君が向こうでどんな学校生活を送っていたのか興味があるわね。もしかして同じ学校に恋人がいたりなんかして。だとしたらこっちに迷い込んで離れ離れになっちゃったからさぞかし寂しいでしょう。――で、そのあたりはどうなの? お姉さんに包み隠さず話してみなさい」


 にまにました表情で質問するアマネ。そういえば彼女が飲んでいる紅茶には少量のお酒が入っているらしいが、人の恋愛話を酒の肴にしようという魂胆なのかもしれない。とんでもない人だ。


 ただ期待しているアマネには悪いが、残念ながらこれまで十七年近く生きてきて彼女というものが出来た事実は皆無である。なにかしら青春の甘酸っぱい思い出すらなく、こうして過去を振り返ってみると地味にテンションが下がりそうだ。


「ほらほら、照れないで話してみなさいな。シオンだって気になるでしょ?」


「べ、別にあたしはそんなに気にならないし、そいつがどういう恋愛遍歴を辿っていようが関係ないし」


「とか言いつつ、さっきから耳を大きくしているのは誰かしら? 興味津々なのがバレバレよ」


「だから違うってば! っていうか、あんたもさっさと吐きなさいよ! お母さんがこうなったらなかなか引かないんだから!」


「いや、何で俺が怒られてんだよ!? マジで意味が分からん!」


 急に切れはじめたシオンに叫び返すも、一人に睨まれ、もう一人に期待した目付きを向けられて渋々口を開くのであった。


「あら、そうだったの。なんとなくそういう予感はしてたんだけど」


「そんなことだろうと思ったわよ。出会った時もデリカシーに欠ける発言をしてたしね」


「……もう俺泣いていい?」


 向こうから聞いておきながら情け容赦のない二人の意見にナギは肩を落とす。


「ともかく良かったわね、シオン」


「……お母さん? いい加減にしないとあたしも堪忍袋の緒が切れるんだからね?」


 やばい雰囲気を纏う娘を見てやばいと思ったのか、アマネは素知らぬ顔で紅茶を一口啜ってからこちらに視線を向けた。


「こほん。話を戻すけど、学校の件でひとつ提案があるの。ナギ君もシオンと同じ学校に通ってみる気はないかしら?」


「俺が学校に?」


 ナギはぽかんとした表情をアマネに向ける。そんなことを考えたこともなかったのだ。


「ナギ君が今後どうしていきたいのかにもよるけど、学校に通って将来の選択肢を広げるのもひとつの手だと思うのよね。シオンの通ってるセントリース中央学院の高等科を卒業すれば就職できる職種がけっこう広がるし」


 セントリースでも小等科、中等科、高等科と行った風に、日本と同じような教育課程を経るようになっているそうだ。ただし、高等科は難易度の高い試験をクリアしなければならない上に、相応の学費が必要となるため一部の子供しか受験しないらしい。


 それでも中等科までは授業料無料が実現しておりほとんどの子供が通うそうだ。そのおかげでセントリース市民の基礎知識や識字率は大陸でもトップクラスだとアマネは誇らしげに語るのだった。


「学校と自由冒険者を両立することも可能だから考えてみてちょうだい。実際、シオンも学生をしながら冒険者の仕事もこなしてるんだし」


 そう提案されて今後のことを考えてみる。たとえ自由冒険者として活動することができても一生続けるかどうかは分からない。理想は堅実かつ気ままな異世界生活だ。


 となると、いずれどこかに就職して安定した生活を築きつつ、たまに小遣い稼ぎに自由冒険者の活動をするのが良い気がする。それに異世界で高校生活をやり直すのも案外悪くないかもしれない。


「でも、今から入学できるんですか?」


「問題ないわよ。セントリース中央学院では優秀な人材を確保するためにいつでも編入できる制度があるから。もちろん定期的に行われる編入試験に合格すればの話だけど」


「ぐ……。やっぱり試験があるよな……」


 いつか経験した苦しい受験勉強を思い出して躊躇してしまう。


「なんか急速にやる気がなくなってきたぞ」


「あんたね……」


 向かいに座っていたシオンがジトッとした目でこちらを見てくる。


「大丈夫、大丈夫。ナギ君のいた世界はこちらよりも学術レベルが高いと母から聞いてるわよ。算術は満点をとってもおかしくないし、言語に関しても問題はなさそうだから、あとは歴史や地理などを頭に叩き込めば受かるのはそう難しくないはずよ」


「やる前からあっさり諦めてんじゃないわよ。私がみっちりと教えてあげるから頑張ってみなさい」


「いや、そこまでやる気になってもらわなくてもいいんだけど……」


 学校に関してはまだ検討中だったものの、二人に押し切られる形でナギの受験勉強が決定したのであった。






 受験のための手続きなど詳細を詰めるとアマネが話題を変えてきた。


「ナギ君。明日は午前中にウェルズリー商会との面談が入っているけど準備は大丈夫? 何か必要なものがあれば遠慮なく言ってちょうだい。可能な限り用意するから」


「いくらエルフォード家の紹介といっても、何の試験もなしに採用されるとは思えない。もしかしたら面談のほかに実力を測るかもしれないから武器を用意しておいたほうがいいんじゃない? たしか出会った時に剣を使ってたでしょ」


 エルフォード母娘の意見にナギはしばし考え込む。戦闘のスタイルとしては星霊術を主体として接近された場合には回避するか手に持った剣で迎撃する。もし避けようのない攻撃がきた時のことを考えれば手元に武器があったほうがいい。ただ、森で拾った鉄製の剣はマンティコアとの戦闘でぽっきりと折れてしまいその場に放置してきたのだ。


「ナギ君は剣を使うのかしら?」


「正確には竹刀や木刀ですけどね。子供の頃からずっと使い続けてきたんです」


「それだったら家に刀があるから持っていくといいわ。冒険者をしていた夫が所持していた武器が保管してあるんだけど、その中に刀もあったと思うから」


「俺が貰ってもいいんですか? それって大切な遺品なんじゃ……」


「いいのよ。あの人はよく見込みのある後輩に譲ってたから。もしあの人が生きてたらナギ君に渡していたと思うし、使わずにずっと家に置いておいたら意味がないしね」


 亡くなったアマネの旦那さんは古今東西の武器の収集が趣味だったそうで、家の倉庫にはそれらの収集品がまだたくさん眠っているらしい。


 願ってもない話なのでナギは刀を譲り受けることにした。さっそく倉庫として使っている部屋まで三人で移動する。


「これはまた凄いな」


 アマネが鍵を外して扉を開けると部屋の中に数多くの装備品などが飾られているのが見えた。壁に絵画のようにかけられていたり、透明なケースに並べて置かれているものまである。種類も剣、短剣、槍、斧、鎚、鎌、モーニングスターなどあらゆるタイプの武器が揃っていた。よくこれだけ集めたものだ。


「あの人は両刃の大剣を使ってたんだけど、使いもしないのにこんなに武器を集めちゃったのよねえ。眺めるだけでよかったみたいだけどいまだに理解できないわね。自分の稼ぎの範囲で購入してたから文句は言わなかったけど」


 部屋の中を見回しながらアマネが言う。ナギの親戚にも骨董品を集めている人がいたので根っこは同じなのかもしれない。


「これがこの中にある刀ね。試してみて」


 シオンが部屋に飾られていた太刀を持ってきてくれたので受け取って鞘から抜刀する。刃の長さがおよそ七十センチほどの打刀で反りが浅い。どこから見ても日本刀でこれも『渡り人』が関係しているのかもしれなかった。


「これは確か珍しい武器だからある商人から衝動買いしたとか話してたやつね。鉄鉱石からできているそうだけど、製法が特殊らしくて、同じ素材でできている剣よりも丈夫な造りだと聞いたことがあるわ。旦那もその辺りに魅せられて購入したと話してたわね」


 たしか日本刀は玉鋼という高純度の鋼を用いて作られていたはずだ。良し悪しが分かるほど見慣れているわけではないものの、叔父が大事に所有していた名刀と見比べても遜色のない出来な気がする。


 ナギは二人から距離を取るとしっかりと刀を握めて軽く振ってみた。かつて道場で使ったことのある真剣と同じくらいの重さなので戸惑うことなく扱えそうだ。


 それから徐々に振るスピードを上げていき、これまで身体に叩き込んできた型をいくつか試してみる。そして最後に本気で刀を振りぬくと空気を切り裂く音がした。


「へえ、なかなか様になってるじゃない。小さい頃から鍛錬してきたというのは本当みたいね」


「今の動き、歴戦の剣士みたいで見応えがあったわね」


 見守っていた母娘が感心したような声を出す。


 ナギは改めて手の中にある鈍い光を放つ太刀を眺めた。日本にいた頃は真剣を持って戦うなど考えたこともなかった。それがこれから共に仕事をするかもしれないと考えると少し不思議な気分になる。


「それで、どうかしら? 気に入ったならそのまま使ってくれていいのだけど」


「ありがたく頂戴します」


 ナギは刃を鞘に収めてそう言ったのだった。

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