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18 図書館での出会い

 ナギが図書館内を移動していると本棚の間に一人の少女を見つけた。どうやら高い所にある本を取ろうとしているらしく、踏み台に乗りながら背伸びをしていて危なっかしい。


 代わりに取ってあげるべきか考えていると、踏み台が揺れだして爪先立ちだった少女がバランスを崩してしまった。このままでは背中から地面に落下してしまう。


 急いで<瞬脚>を使って距離を縮めるとスライディングしながら少女を受け止めた。


 腕の中で目を見開いたまま固まっている少女に話しかける。


「大丈夫か?」


「は、はい。びっくりしましたけど、おかげさまで大丈夫です」


 ナギは少女を降ろして立たせた。特に痛めたところもないようで安堵する。


 まだ動揺が収まらない様子の少女を眺める。年の頃はナギよりも少し下ほどで中学生くらいに見える。ふんわりと柔らかそうなセミロングの金髪で可愛らしい顔立ちをしていた。シオンとは違うタイプの美少女といえよう。少女は特徴的な格好をしていて、なんとなく巫女を連想させるようなゆったりとした白いローブのようなものを着ていた。


「あの! 助けてくれてありがとうございました!」


 少女が勢いよく頭を下げる。腰が九十度近く曲がったなかなか気合の入った礼だ。


「ともかく間に合ったようでなによりだ。今度から高い場所にある本を取る場合は職員を呼んだ方がいいぞ。無理に取ろうとすると危ないからな」


「はい。次からはそうします。本当にありがとうございました」


 少女は元気よく答える。なんとも素直そうな娘であった。


「よければお礼をさせてくださいませんか?」


「いや、そこまでしてもらわなくてもいいんだけど」


「助けてもらったのにそうはいきません! あそこで受け止めてもらわなかったら大怪我をしていたかもしれないですし」


 そう言い募る少女を前にしてナギはどうしたものか悩む。穏やかそうな外見とは裏腹にけっこう頑固そうな気質が見え隠れしている。このまま押し問答をしていてもそう簡単には引きそうにない。


「分かったよ。それじゃあ、飲み物を奢ってくれるってのはどうだ? ちょうど喉が渇いてきたところだったし」


 こちらの提案に少女も納得してくれたようで、館内の一階に併設されている喫茶店に行くことになった。


 喫茶店に移動した二人は席に座ると備え付けのメニューを眺める。少女は紅茶とアップルパイを注文し、ナギはコーヒーとチーズケーキも頼ませてもらった。少女がここのスイーツは美味しいと勧めてくれたのと、久しぶりに本を集中して読んで糖分を消費したからか小腹が空いていたのだ。


 注文したものが運ばれてくるまでにお互いに自己紹介を済ませる。少女はフィリオラ・ノリスと名乗り、女神アストラルを信仰するアストラル教会の神官だという。この世界の名前も同じだったがどうやら女神様の名前だったようだ。もしかしたら少女の姿をしていた管理者と関係があるのかもしれない。


「ナギさんはセントリース出身じゃないんですね」


「この街からずっと東にある田舎から出てきたんだ。今は親戚の家で暮らしてる」


 少々居心地の悪さを感じながらナギは嘘設定を口にする。事前にアマネたちと決めたことで、事情があってど田舎から遠い親戚であるエルフォード家に身を寄せることになったという設定になっているのだ。


 これは『渡り人』がかつてとある国家から知識を目当てに強引に勧誘されたことがあったらしく、そのための措置でもあった。それにみだりに『渡り人』だと触れ回る必要もないだろう。


「それなら私と同じですね。私もこの街の出身ではないんですよ。二年前に教会の仕事の関係でセントリースに来たんです」


「そうだったのか。その歳で故郷を離れるとなると親御さんも心配だろうな」


「私は孤児院の出身なんです。一緒に育った子たちは寂しがってくれましたけど」


「……悪い。無神経だったな」


「いいんです。院長先生をはじめ皆いい人ばかりで幸せでしたから」


 そう言うフィリオラからは影を全く感じなかった。本当に周囲の人間に恵まれたのだろう。


 それから注文していたものが届んだのでさっそくフォークを入れて味見をしてみる。頼んだチーズケーキは濃厚な味わいにもかかわらず後味がさっぱりとしていてなかなか美味しかった。フィリオラの話によると聞いたことのない異世界の牛から取れた生クリームをふんだんに使用しているそうだ。


 二人は甘いものを食べながらしばし歓談する。フィリオラは女の子らしく甘いものが好きなようで幸せそうにアップルパイを頬張っていた。見ているだけで心和む光景だ。


「それにしてもフィリオラは立派だよな。アストラル教の神官として仕事を頑張ってるんだろ?」


 神官として日々行っている仕事には、怪我や病気に苦しむ人々を癒すことや、孤児院の手伝い、他にもスラム街の清掃や炊き出しなどのボランティアと多岐にわたるそうだ。


 聞けばフィリオラはまだ十五歳らしい。ナギの二つ下だ。その歳で人々を助けるための活動をしているのだからたいしたものである。


「私はまだまだですよ。先輩方に迷惑をかけないようにするのに精一杯ですから。ところでナギさんはどんなお仕事をなさってるんですか? 図書館で調べ者をしていたようですし、もしかして学生さんとか?」


「俺か? あー、俺はその自由冒険者というか……」


「自由冒険者って確か実力のある人しかなれない職業ですよね。ナギさん、やっぱり強い人なんですね! さっきも離れていた場所から凄いスピードで助けてくれたようですし」


「ま、まあな……。はは……」


 ナギはやや表情を引きつらせながら微妙な笑みを浮かべるしかなかった。まだ自由冒険者として活動できるか決まったわけではないのについ見栄を張ってしまった。純真な眼差しを向けてくる少女に無職だとは言いづらかったのである。とはいえ街に到着して一日しか経っていないのだから仕事がないのも仕方ないと内心で言い訳するのであった。


(明日はなにがなんでも認めてもらわないとな……)


 素知らぬ顔でコーヒーを飲みながら決意する。


 その後も他愛のない話をしていると、フィリオラが何かに気づいたような素振りを見せ、彼女の視線の先を辿ると喫茶店の入り口に同じような神官衣を着た人間が二人立ってこちらを見ていた。二人組は二十代くらいの男女で、彼らの様子からフィリオラを迎えに来た仕事仲間のようだ。


「ナギさん、時間のようです。私はもう行かないと。お支払いは済ませておくのでゆっくりしていってくださいね」


「奢ってくれてありがとな。ここのスイーツ美味しかったよ」


「お礼は言うのはこちらの方です。もしどこかで会えたら、また美味しいものを一緒に食べましょうね」


「ああ。楽しみにしてるよ」


 フィリオラはぺこりと頭を下げると入り口にいる二人の所まで小走りで駆け寄り、最後にナギに向かって小さく手を振りながら喫茶店を出ていく。その際に二人の神官がこちらに一瞬鋭い視線を向けてから少女の後をついていった。もしかしたら同僚に近づく怪しい人物に思われたのかもしれないがなんとなく嫌な視線であった。


 ナギは遠ざかる三人を見送ると、コーヒーを飲み干してから調べ物の続きをするために立ち上がった。


 やがて『渡り人』に関する書籍がいくつか置いてある本棚まで来ると手に取って読んでみる。図書館にあったわずかな資料によると何百年も昔から他の世界から渡ってきたとおぼしき人間が複数確認されているらしい。


 当初は妄想の類と思われていたものの、この世界にはない知識や価値観を有することから徐々に認知されていったそうだ。彼らの中にはその知識や技術を生かして一財産築いた者もいるらしい。


 資料の中では『渡り人』が国や組織などから酷い目に遭わされたような記述はない。国から強引に招聘されたという『渡り人』の件でも軟禁されたような事実はなかった。そこまで画期的な知識を提供できなかったため、すぐに国も興味をなくして、ある程度の謝礼を渡して解放したとある。


 ただ、あくまで世間に公表されている情報なので実際のところは分からない。みだりに公表せず、ごく一部の信頼できる人間だけに教えたほうが無難なようだ。


 あと元の世界に帰る手がかりはやはり見つからなかった。セツナが長い間探し回っても見つけられなかったのでもともと期待してはいなかったが少々残念だ。


 しかし、管理者はあの空間から元に戻す手段はないと言っていただけで、帰る手段がないと決めるつけるのは早計だ。あまり期待せずに気長に探せばいい。


 あとは森で遭遇した魔物についても調べてみた。あの漆黒の狼の名前はシャドウウルフというらしい。他に出会ったゴブリン、オーク、オーガあたりは予想通りそのまんまの名前であった。


 ひと通り調べものがすんだナギは軽く伸びをする。周囲を見渡せばお昼が近いからか利用者の数がだいぶ減っていた。


「俺もそろそろ帰るか」


 家ではヘレナが昼食を用意してくれているはずなので、時間に間に合うようナギも本を元に戻してから図書館を後にするのだった。

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