16 今後の方針
セツナの話が終わるとそのまま食堂で夕食をとることになった。すでに食事の準備を終えていたヘレナを含めたメイドたちが手際よくテーブルに配膳していく。メインは牛肉に似た高級そうなステーキで最後にデザートまでついてくる豪華な食事だった。
三人は食事をすすめながら談笑する。アマネもシオンもナギやセツナがいた世界に興味津々であれこれ聞いてきた。
他にもナギがこの世界にやってきてからの出来事を話したり、シオンが単独で森の湖まで探索していたことでアマネが娘を叱ったりと、騒がしくも楽しい時間であった。
夕食が終わるとティータイムに入り、まったりとした空気の中でアマネが口を開いた。
「さてと、それじゃあナギ君の今後について話し合おうと思うのだけど、しばらく家で暮らすというのはどうかしら? この世界に来たばかりで行く当てもないでしょうし」
「いいんですか? 俺としては助かりますけど」
「いいのよ。あなたはシオンを救ってくれた恩人だし、母がもし生きてたら同じことをしたでしょうね。母と同じ境遇で、しかも同郷の男の子なんだもの。だから遠慮しないでちょうだい」
ナギは好意に甘えることにした。これからどういう行動を取るにせよ拠点は必要だ。アマネもシオンも出会ったばかりとはいえ信用できそうだし、その辺の宿を借りるよりも安心できそうだ。
「それと、ナギ君の身分証に関してだけど、私が近日中に用意するから少し待っててくれる?」
「用意できるんですか?」
「問題ないわよ。セントリースでは市民権を持つ後見人がいて、決められた金額を支払えば身分証を手に入れられるの。その辺の手続きは私に任せておいて」
セントリースで議員を務めるアマネが言うのだから心強い。住む場所に加えてそこまでやってくれて感謝するばかりだ。身分証があればやれることが大きく広がるだろう。セツナの時と比べてもだいぶ恵まれたスタートだと思う。
「それで、あんたはこれからについて何か考えはあるの?」
シオンが紅茶をすすりながら尋ねてきた。
ナギとしては早々に泊る場所を確保できたとはいえ、ずっとお世話になるわけにもいかない。ともかくまずはお金を稼ぐ手段を見つけることだ。とりあえず自立できるまではエルフォード家にやっかいになろうと考えている。
「あまり遠慮しないでいいのよ。お金を稼げるようになってもしばらく家で暮らしてもいいし。……そうね、いっそのことうちの子になってずっとここに住むというのもあるわね。我が家に婿入りすればいいのよ。シオンを守れるくらいの強さがあるなら十分資格はあるし、身体を張って女の子を助けたというのもポイントが高いわね。ちょうど歳も同じみたいだし、よく考えたらこれも良い縁かもしれないわ。当面は婚約者という形になるでしょうけど」
「ちょ、ちょっと! お母さん!?」
「あなたも小さい頃に『お父さんみたいに強くて頼りがいのある人のお嫁さんになるー』とか言ってたでしょ」
「いつの話をしてんのよ!」
顔を赤くして立ち上がるシオンとその姿を楽しそうに見つめるアマネ。とにかく仲の良さそうな母娘である。メイドさんたちも微笑ましそうに見守っており雰囲気のよい家庭だ。異世界で最初に出会ったのが彼女らで本当に良かったと思う。
そんな彼女らを眺めていると、シオンがキッとこちらを振り向いた。
「あんたも真に受けないでよね!」
「分かってるって」
はじめからアマネが本気で提案しているとは思っていない。どちらかというとシオンをからかうのが目的で、たぶんアマネやヘレナあたりからこうして日常的にいじられているのだろう。
「とりあえず、それなりに稼げてすぐにありつける仕事とかありますか?」
「そうねえ。街の拡張工事の作業員なら随時募集してるわね。けっこうきついとは思うけどそのかわり賃金は悪くないと思うわ。あとはあなた次第だけど、冒険者ならまとまった金額を稼げるかもしれないわね。でも身分証がないとライセンスが取得できないからまだ無理か」
冒険者というのはもともと異世界に来てから考えていた職種だ。危険もあるがそのかわり手っ取り早くお金を稼げそうなイメージがある。今すぐは無理でも生活の糧を得るための有力な手段だ。ただ、具体的なことは何も分からないのでこの場で実際に冒険者として活動している人間に聞いてみることにした。
「シオンは現役の冒険者だよな。冒険者というのはどんな仕事をするんだ?」
「主な仕事は討伐、採取、護衛、調査などね。他にも細々とした雑用などがあって、それらは組織や個人からの依頼という形で受けることになるの。あとは、依頼でなくても、倒した魔物の部位とか遺跡などのダンジョンで発見したアイテムを売却して生計を立てたりするかな。どういう仕事を選ぶかはそれぞれの好みだけど」
日雇いの仕事やどこかでアルバイトするより、冒険者みたいに自分の好みやペースで仕事を進められるのはナギ的にはポイントが高い。
しかし、ナギの感想にシオンはそっけなく首を横に振った。
「そうでもないけどね。大きな事件が起きた時にはギルドからの強制命令がくることもあるし、顧客から依頼を指名されることがあって、表向きは断ることも可能だけど、実際には相応の理由がない限り断れなかったりするのよね。そのせいでこの前も腹の立つ依頼主の仕事を請けるはめになっちゃったし」
何か嫌なことを思い出しのかシオンが不機嫌そうな表情になる。どうやら十代にして高ランクにあるシオンはセントリースでもけっこう有名な存在で、そんな彼女見たさに興味本位で指名する人間もいるらしい。
つい先日もそういった動機で指名した金持ちのおっさんがいて、その時にセクハラまがいの質問をされてかなり辟易させられた上に最後は食事にまで誘われたのだそうだ。丁重に断ったそうだが内心キレそうになるのをこらえていたらしい。美少女で実力もあるとなれば指名してみたい気持ちも分からなくもない。
他に冒険者同士のいざこざもそう珍しくないそうで、最悪、冒険者ギルド内の派閥争いに巻き込まれたりする場合もあるらしい。冒険者といえばもっと自由気ままに生きていくイメージがあったのだが、現実はそんなに甘くないようだ。もっとも多くの人間が集まるのだから人間関係で色々あるのは当然だろう。
「あんまり面倒なのは勘弁だな」
「それならギルドに属さない自由冒険者になる手もあるわね」
ぴっと人差し指を立てながら言うアマネ。どうでもいいがこの人はいちいち仕草が可愛らしかったりする。若々しい外見といい、素性を知らなかったらとても一児の母親とは思えなかっただろう。
シオンの説明によると、自由冒険者というのは主にギルドを通さずに直接依頼を受けて仕事をこなす人たちを指すらしい。
メリットとしてはギルドの仲介料がないので報酬を全額で手に入れられること、余計な人間関係に悩まされることが少ないことなどが挙げられ、一般的な冒険者よりも自由度が高そうなのが魅力だ。デメリットとしてはギルドのサービスや情報網を受けられないこと、依頼人との交渉を己の責任で行わなければならないことなどだ。
だが、自由冒険者として活動するにはそれなりの実力や知名度が必要になるらしく、大抵はギルドを脱退した経験豊富な冒険者や元傭兵、高名な探検家や凄腕の猟師などがなるらしい。
「そっちの方が俺に合ってそうだけど無理なんじゃないか?」
しがらみの少なそうな自由冒険者というのは悪くない選択だと素直に思う。ただ、この世界に来たばかりの実力が未知数の若造に仕事を直接依頼する奇特な人間はいないだろう。
「それはあなた次第ね。そういえばマンティコアの魔光石や素材を持ってるそうだから、昔からうちと付き合いのある商会で換金してみたらどうかしら。そのついでに自由冒険者として契約できないか打診してみてもいいわね。紹介状をしたためておくから、無碍に扱うことはないはずよ」
アマネの提案にナギは乗ることにした。その商会はセントリースでも有数の規模を誇るそうで、本来なら何の実績もない人間は門前払いされるところだ。それがエルフォード家のコネクションで少なくともチャンスをもらえるのだからこれを生かさない手はない。
「それじゃあ決まりね。商会の方に連絡はつけておくから面談の日程などは明日伝えるわ」
そう言うと、アマネは紅茶を口に含んで微笑んだのだった。