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13 自由都市国家セントリース

 ナギが放った<風刃>によって胴を切断されたオークが耳障りな悲鳴を上げながら倒れる。その後も豚の頭を持った魔物が木の陰や草むらから次々と現れるもあっさりと葬っていく。


 最後は数匹まとめて<風爆>で木や地面へと叩きつけたナギはオークたちが全滅したことを確認したのだった。


「よし、終わったな」


 少し離れた位置で見守っていたシオンのもとに戻ると、呆れと感心がミックスしたような表情で出迎えた。


「オークの集団くらいじゃ相手にもならないわけね。それにしても相変わらず反則的な発動速度だわ」


「どういうことだ?」


「そのまんまの意味。魔術士が同じような術を起動しようとしたら、たとえ得意属性だったとしても数秒はかかる。なのにあんたは発動までがおそろしく短いし、発動の予兆みたいのがほとんどない」


「そうなのか? でもそんな悠長なことしてたら敵に襲われるだろ」


「そうならないように、前衛に守ってもらったり、距離を取ったりするの」


 魔術士が行使する魔術の場合だと、まず術の設計図である魔法陣を描く必要があるそうだ。魔法陣には術の種類、魔力量などを綿密に構成した上で発動させる必要があるのでどうしても時間がかかる。そういうことならば、魔力制御さえスムーズにいけば己の意思ひとつで発動できる星霊術は確かに反則かもしれない。


「魔術にしてはありえないと思ってたけど、まさか星霊術士だったなんてね。出会うことがほとんどないから最初は気付けなかったわ」


 そういえば管理者も星霊術士は数が少ないと言っていた気がする。


 シオンの話によれば星霊術士の素質を持つ人間自体少ないが、そもそも星霊と出会えるチャンスがあまりないので契約できるのはほんのわずからしい。しかも運良く星霊を発見できても、大抵は何らかの試練を受けてクリアしなければ契約までこぎつけないし、星霊は気分屋が多いので最後まで契約できる保証もない。だから星霊術の素質を持っていても割に合わないということで別の道を選ぶ人が多いらしく、星霊術士の素質があれば必ずしも幸運だとは言えないようだった。


「発動速度に関しては星霊術の特徴なのかもしれないけど、威力もおかしい気がする。鎧を着たオークの上半身を消し飛ばすレベルの術をぽんぽん飛ばせるのはおかしいでしょ」


 こんな誰もいない森に飛ばされて常識もなく比較対象もいないのでいまいち凄いのかよく分からない。


「たった一人で森の中を生きてこられたのも納得だけどね」


「かなり苦労したけどな……」


 シルヴィアナ大森林に飛ばされてからひたすら星霊術を研鑽したり試行錯誤してきたのはもちろん生き延びるためである。できなければ魔物の腹に収まるか屍を晒すかのどちらかなのだからそれはもう死に物狂いで頑張ったのだ。


「それに、あれだけ術を行使しても疲れてる様子がないんだけど、魔力は大丈夫なの?」


「特に問題はないな。何時間も練習してたらさすがにくたくたになるけど」


「何時間もって……。魔術士が短い間に何度も術を使ったら大抵は疲労を訴えるものなんだけど。どれだけ魔力容量があるのか一度測ってみたいわ」


 何度か連続で戦闘を繰り返せば多少は疲労するが、今のところはそこまで魔力切れで苦労した経験はあまりなかったりする。


 ただ、マンティコアに追われて眠れぬ一夜を過ごした時は、長時間星霊術の修練をした時と同じくらい魔力の減少を感じた。魔力はある程度まとまった時間休むことで回復するようなので、それができなかったということなのだろう。そういう意味でも早めに勝負を挑んで正解だったのだ。


「とにかくいろんな意味で非常識な人間よね。……というか、やっぱり変人なのかも」


「聞こえてるぞ、コラ」


 最後にぼそっと付け加えたが隣を歩いているのでばっちりと聞こえている。


「それにしてもあなたが私の祖母と同じ境遇の人間だったなんて。それでこんな所を彷徨ってたわけね」


「セツナさんだっけか。シオンのばあさんが俺と同じ『渡り人』だったのは驚いたよ」


 シオンの祖母であるセツナ・エルフォード。紫藤が旧姓なので日本人であることは間違いないだろう。彼女の血をひくシオンが和風美人なのも納得できる話だ。それにしても初めて出会った異世界人が渡り人の子孫だというのは奇妙な縁を感じる。


 道中シオンから少し聞いた話だと、セツナもかつては冒険者をしていてクラスも同じ槍術士だったそうだ。それもランク9にまで登りつめた有名な冒険者らしい。誇らしげに語るシオンを見ていると、彼女が冒険者になったのは祖母の影響があるようだ。ただ、残念ながら三年前に亡くなったそうである。


「ランク9というとかなり強かったんだな」


「当然よ。槍の腕が一流だったのにくわえて固有能力の持ち主でもあったからね」


「固有能力?」


「生まれつき備えている能力のこと。色々と種類はあるけど、特殊なものが多いの」


「そんなものがあるのか。セツナさんはどんなのを持ってたんだ?


「『未来予知』よ。その名のとおり少し先の出来事が見えるの。祖母は固有能力を生かした戦闘を得意としていて、現役時代は『先読みの槍姫(やりひめ)』と呼ばれてたそうよ」


 未来が見えるとかそれこそ反則だろと思ったがリスクがないわけではないらしい。とにかくシオンの祖母はなかなかの人物だったようだ。同じ境遇の人間同士、できれば会って話をしてみたかった。


 セツナに関する話などもっと聞きたいところではあるが、それはシオンの家に着いてからでいいだろう。森を出た後は彼女の家に招待してくれることになったのだ。とりあえず行く当てもないのでナギも迷うことはなかった。


「ほら、森の出口はもうすぐそこよ」


 シオンが指差す方に視線を向けると木々の間から強い光が漏れていた。もう少しというところでオークの集団に出くわしてしまったものの今度こそ出られそうだ。


 自然と歩みが早くなったナギが森を一気に抜けるとそこには辺り一面に草原が広がっていたのだ。爽やかな風が吹いて頬に当たる。


「やっと出られたのか」


 この世界に転移してからおよそ一カ月。ナギはようやく森からの脱出を果たしたのであった。






 草原を歩いていると少し離れた位置に(やぐら)のようなものが建っているのが見えた。更にそのずっと向こうにも同じものがある。


「あれは監視塔なの。森から危険な魔物が出てきた場合、街や街道を歩いている人間に警告を発したり守ったりするためにね。だから森の南端を囲むように一定間隔ごとに建ってるの」


「シオンが生まれ育った街か。シルヴィアナ大森林からそう遠くないんだよな?」


「そうよ。ほら見えてきた」


 シオンが指し示した先を視線を向けると遠くの方に長く巨大な壁があった。驚くことに何キロにもわたって壁は延々と続いており端が確認できないほどだ。多くの人が住む街とは聞いていたが想像以上の規模である。


「どこまで続いてるんだよ……」


「驚いた? 大陸でも有数の大都市だからね、セントリースは」


 彼女が暮らす街は人口がおよそ七十万人ほどでこの世界でもトップクラスの規模らしい。大陸でも中央付近に存在するこの大きな街は、大陸を横断する巨大な交通路の中心地でもあるので、多くの人や物が集まる交易の一大拠点だそうだ。


 そのせいか年々人口は増え続けており、都市の拡張工事が頻繁に行われているらしい。さすがに日本の都会ほどではなくともナギの住んでいた街よりは間違いなく大きい。


 草原を歩き続けるとやがて街道と街の入り口である大きな門が見えてきた。遠目にもたくさんの人が行き交っているのが見える。観察した限り人々は門の所で呼び止められることもなく普通に通過していて、門番らしき者はいるが身分証を確認している様子はない。


「いちいち確認してたら人の流れが滞って効率が悪いでしょ」


 とはシオンの言葉だ。確かにこれだけの人数が出入りしているのだから渋滞を起こしそうだ。それにこの世界で何の身分も持たないナギからすればありがたい話である。ただ国境ではちゃんとチェックを行っているそうだ。


 ナギとシオンは街道を進む人々に混じり、その流れに沿ってそのまま門をくぐって街へと入った。


「ここがセントリースか」


 街の中に踏み込んだナギは感嘆の声を上げながら街並みを眺める。そこにはまさにファンタジーな光景が広がっていたのだ。街中を歩く人々の服装や建物などを見ていると、まるで中世にでも迷い込んだかのような錯覚を覚える。シオンのような格好をした冒険者らしき人間や、あきらかに人間じゃない種族もちらほら混じっていたりするのでここは地球ではないのだと改めて実感する。


 ナギがもの珍しさにきょろきょろと見回しているとシオンがその腕を掴んで歩き出した。


「ほら、こっちだってば。少し目を離した隙に変なところに迷い込まないでよね」


「俺は子供かよ」


 とはいえ完全に知らない土地なので素直についていく。かなり大きな街で一度はぐれたら確実に迷うこと間違いなしだ。


 シオンの家までまだ時間がかかるということで道すがらセントリースについていくつか教えてもらうことになった。


 自由都市国家セントリース。この街の起源は相当古いらしく、千年以上も遡れるほどの歴史を有しているらしい。そして正式名称にもあるとおりこの街は都市国家なのだ。


 都市国家とは言っても首都であるセントリースの周辺にも狭いが土地が広がっていて、他にも小さな集落がいくつか点在しているらしい。


 近隣の国との境界には関所がそれぞれ設けられており、街を北に進むとナギが迷い込んだシルヴィアナ大森林がある。東西には大陸の大動脈である街道が続き、南にも他国へとつながっている街道がある。


「セントリースは交通の要衝だったせいか大昔から何度か戦乱に巻き込まれてきた土地でもあるの。けど当時の人々はそのたびに街を建て直してきたそうよ」


 今でもその名残が都市のあちこちに散見されるらしく、その最たる例が街の地下に広がる遺跡である。石畳の道路の下には下水道が縦横無尽に通っていて、そこから大昔の地下街へと行くことができるらしい。遺跡には魔物が徘徊しているらしいが、定期的に冒険者が潜って退治しているので地上にほとんど被害はないそうだ。


 セントリースの構造は中心部に市庁舎など公的機関が集中しており、そこから放射線状に街並みや道路が広がっている。シオンの実家は街の中でも北にあるそうだ。


 それからしばらく街のことを教えてもらいながら歩いていると、やがて閑静な住宅街へと入り、シオンは足を止めたのであった。


「ここが私の家よ」


 ナギが目を向けるとそこには広々とした邸宅が鎮座していたのであった。

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