12 槍術士の少女
ナギはシオン・エルフォードと名乗る冒険者の少女と森の中を一緒に歩いていた。どうやら森と草原の境目が近いそうで、とりあえずそこまで送ってくれる事になったのだ。マンティコアと鬼ゴッコをしている間に知らないうちに出口のそばまで来ていたらしい。
「それにしても、よくマンティコアを一人で倒せたもんね。あいつは中級冒険者が束になっても歯が立たないほど危険な魔物なんだけど」
「そうなのか。確かにあいつは強かったよな。最後はけっこうやばかったし。でもこうして大きな怪我もせずに生きてるからな。結果よければ全て良しだ」
「あんたって大物なのか鈍感なのかよく分かんないわ……」
能天気に笑うナギをシオンは呆れたように見る。
「そういうお前も何であんな所でマンティコアに襲われてたんだよ」
「冒険者ギルドで受注したクエストに修練も兼ねて森に入ったんだけど運悪くあいつに出くわしてしまったの。森の中間にある湖まで足を伸ばしたのが間違いだったのかも」
彼女の言う湖とはナギが巨大な蛇を目撃したあの大きな湖のことらしい。この湖はちょうど森の真ん中辺りに位置しており、きっちりとした境界線があるわけではないが、この湖から南が森の前半部分、湖から北にある山脈の麓までが後半部分と分けられているそうだ。
そして、前半と後半では魔物の生態が異なっており、後半の方が強力な魔物が出やすいらしい。要は奥に行けば行くほどやばい森だということだ。
「あの湖は前半も後半も関係なく森に住む魔物が喉を潤しにやってくる場所で、たまに厄介な魔物と遭遇してしまうことがあるの。それがマンティコアだったってわけ。もっと戦えたはずなんだけど、早々に毒を食らってしまったのは不覚だったわ」
悔しげに語る槍使いの少女を見ながらナギの背中には冷や汗が伝っていた。どうも話を聞くにこの世界に飛ばされてから出口を探して歩き回っていた場所は森の前半部分だったようだ。もし後半の森に飛ばされたり、知らずに迷い込んだりしていたら、星霊術を鍛えても生きて脱出できたかは分からない。
それからシオンが湖を訪れたのはナギが到着する少し前のようだ。その時に出会えていたら二人で共闘してもう少し楽にあの怪物を倒すことができたのかもしれない。
「ところで冒険者にも階級みたいのがあるのか? さっき中級がどうとか言ってたけど」
「冒険者にはランクというものがあって、ランク1からランク10まであるの。ランク1から3までが下級冒険者、ランク4から6までが中級冒険者、ランク7から9までが上級冒険者というように区分されて呼ばれてる。そしてランク10が世界にも数えるほどしかいない最高位の冒険者ね」
シオンにランクを尋ねてみると彼女は冒険者ランク7らしい。これは上級冒険者に分類され、同年代でそのランクにいるのは凄いのかもしれない。
道すがら聞いた話だと彼女は幼い頃から冒険者として活躍するために修行を重ねてきたようで、もう亡くなったそうだが親父さんも高位の冒険者だったらしい。また、槍を持っていたことからも推察できるようにシオンのクラスは槍術士だそうだ。
「さっきから気になってたんだけど、シオンの槍はどこいったんだ? あの場所に放置してきたわけじゃないよな」
ナギはシオンの格好をざっと眺める。肩や胸の部分を守るプレストプレートを着込んでいて、想像していた冒険者よりも身軽な装いだった。あとは肩から小さめの鞄をぶら下げているのみで、彼女の獲物とおぼしき槍がまったく見当たらないのだ。あれだけの長さなのでどこかに隠すのは無理だろうし、マンティコアと遭遇した所に捨ててきたとも思えない。
「大事な武器なのに捨てるわけないでしょ。これがそうよ」
腰から金属でできた小さな筒状の棒を取り出すシオン。
「何だよこれ。まさかこれがあの槍だってんじゃないだろうな。もしかして異世界ジョークってやつか」
「いまいち意味が分からないんだけど、とにかく見てて」
シオンは金属の棒の表面にあった丸い形に凹んだ部分に指をあてた。すると、かすかに静電気が発生した時のような音がして、それから急に金属の両側が如意棒のように伸びたのである。ナギが驚いている間に金属はあの時見た槍に一瞬で変化していたのであった。
「今何が起きたんだ? あの小さい金属があっという間に槍になったぞ」
「錬金術の<圧縮>と<復元>のスキルを使ってるの。圧縮して小さくすることで普段の持ち運びが楽になる。そして、いざ使用する時にこの凹んでいるところに指を当てながら魔力を流すと元に戻るってわけ。また小さくする時も同じよ」
今度は槍から棒状の金属に変化させて腰のベルトについていたケースに戻した。確かにこれならどこに行ってもまったく邪魔にならない。聞けば知り合いの錬金術師に処置をしてもらったらしい。
(色んなスキルやら魔術やらがある世界だってのは知ってたけど便利な技術があるんだな)
他にも空間魔術を付与させた鞄なども見せてもらった。これは空間属性を得意とする魔術士が作製したものだそうで、鞄の中には見た目からは想像できないほどの量のアイテムを入れることができるらしい。主に冒険者に必要な道具や獲得した魔物の素材などを保管しているそうだ。
「そういえば忘れてたけど、これをあんたに渡しとく」
そう言って鞄から取り出したのは拳より一回りほど大きい石だった。これまで見たことのないその石は内部がぼんやりと光っていた。
「これは?」
「それは魔光石といって魔力を蓄えている石のこと。魔物の体内や鉱山から摂れることがあるの。あなたが倒したマンティコアから採取したやつで、気絶している間に回収しておいたってわけ。さすが高位の魔物だけあって高品質の魔光石ね」
「俺がもらってもいいのか?」
「あんたが倒したんだから当然でしょ。売ればけっこうな金額になるから失くさないよう気をつけなさいよ。あと、これも」
魔光石に続いてマンティコアについていたサソリの尻尾の先端部を渡してきた。尾の先にある針には布が巻かれていて刺さらないようにしてある。
「これってマンティコアのやつだよな? こんな危ないものを渡されてどうしろってんだよ」
「マンティコアの針にある毒は薬の素材や魔術の触媒など幅広い用途があるから重宝されてるの。こっちも高額で売れるから持っておきなさい」
金になるのであれば貰わないという選択肢はないので素直にリュックの中にしまい込む。ただでさえ一文無しで先行きが不安なのだ。
「この魔光石は体内からよく取り出せたよな。あいつ相当硬かったのに」
「死ねば魔力が切れるからそうでもないけどね」
やはり皮が硬いだけでなく魔力が全身に通っているからの防御力だったようだ。
「それより、そろそろそっちの話を聞かせてよ。なんでシルヴィアナ大森林にいたの? しかもそんな軽装で」
「それはとても一言では説明できないな。聞くも涙語るも涙のストーリーがあったんだ」
遠い目をするナギだったが別にふざけているつもりはない。シオンに出会うまで大変な目に遭ったことは間違いないのだ。
「意味が分からないんだけど。マンティコアを単独で倒す実力といい、本当に何者なのよ、あんた……」
本日何度目かになる呆れ顔の少女にいったいどう説明したものか悩む。次元の裂け目に吸い込まれて異世界からやってきましたと馬鹿正直に喋ったとして果たして信じてくれるだろうか。下手したら変人扱いされる可能性もある。
ナギが腕を組んで悩んでいると、シオンがふと何かに気づいたようにこちらをじろじろと観察しはじめた。
「……ちょっと待って。その変わった名前に、誰でも知ってるような知識がなかったりするところといい、もしかしてだけどあんたは『渡り人』なの?」
「『渡り人』?」
「ここではない他の世界から渡ってきた人たち。つまり異世界の人間ってこと」
ナギは思わずシオンを凝視した。まさか向こうから言い当てられるとは思わなかったのだ。
「俺みたいな奴のことを知ってるのか?」
「やっぱりそうなのね。異世界から来たのなら何も知らなくても納得かも。あと少し変人っぽいのも」
腑に落ちたとばかりに頷く少女の揺れるポニーテールを眺めながら、最後のは異世界とは関係ないだろとナギは心の中で突っ込む。彼女の話によれば、大昔から稀ではあるが異世界転移者が何人も確認されており、いつからか『渡り人』と呼ばれるようになったのだそうだ。
(そういえば、管理者が他にも神隠しにあった人たちがいたと言ってたな)
数は少ないもののナギと同じ目にあった人間がこれまで何人かいて、その存在はこの世界でも一応認知されているようだった。ある意味時間をかけて説明せずにすむので手間が省けてよいのかもしれない。
「自己紹介した時から何か引っかかってたんだけどこれですっきりした。もしかしたらお母さんもあんたに会いたがるかも」
「何でだ? 珍しいからか?」
「違う。お母さんの母親、つまり私の祖母もあなたと同じ『渡り人』だから」
「え……」
「その人の名はセツナ・エルフォード。旧姓は紫籐刹那。それが私の祖母の名前よ」
淡々と語るシオンの横顔をナギは茫然と眺めるのだった。