38.糾弾する王妃
「まさか、フォーサイス侯爵家の……?」
「そういえば……あの紫色の瞳はフォーサイス家の……」
「そんな……平民ではなかったの……? 卑しい娼婦だったはずでは……」
居並ぶ貴族たちからざわめきが起こる。
中には、アイリスが平民の娼婦だと決めつけていた者による、驚きの声もあった。
デラニーも驚愕の眼差しをアイリスに向けている。顔がやや青ざめているようだ。
「王太子殿下が婚約者候補の令嬢を手にかけたことは有名だが……まさか、その妹だったとは……」
「それは……仇討ちということか……」
「確かに、王太子殿下のお命を狙ってもおかしくないか……」
そして、アイリスには王太子を殺す理由があるのだと、納得する声が上がっていく。
人々の好奇の視線が集中する中、アイリスは凜と顔を上げて立っていた。
「そのとおり、私はフォーサイス家の庶子です。姉ジゼルが命を散らすことになった原因を、許すことができません」
アイリスがそう言うと、さらに得心した空気が広がっていく。
しかし、王妃はやや不思議そうにアイリスを見つめていた。これほどあっさり認めるとは思わなかったのかもしれない。
「だからこそ、愚かなフォーサイス侯爵をそそのかし、聡明な跡継ぎである姉ジゼルを無力化して、実際の罪以上の大罪を着せた相手が、今も平然としていることに怒りを覚えます。正しい裁きがくだされることが、私の望みです」
続く言葉で、謁見室が騒然となる。
どういうことだと、疑問の声があちこちから上がる。
王妃が衝撃を受けたように固まり、デラニーは顔色を失う。他にも、慌てたように視線をさまよわせる者がいた。
ジョナスやカトリーナは唖然としていて、完全に予想外だったようだ。
ブラックバーン公爵は平然としたまま、変わらず立っている。
そのような中、国王だけが面白そうに口元を歪めていた。
「……ちょっとお待ちなさい、ヘイズ子爵令嬢」
わずかな間の後、すぐに立ち直った王妃が冷たく言い放つ。
呼び方が変わったのは、身分を意識させるためだろうか。それとも、完全に敵と認識したことの表れかもしれない。
「あなたに、裁きを要求する権利はないわ。たとえフォーサイス家の者として訴えるのだとしても、それができるのは当主のみ。庶子でしかないあなたに、その権利はないわ。そもそも、この場はあなたに対する審問の場であって、あなたからの要求を受ける場ではないこと、わきまえなさい」
王妃は冷淡な声で、敵意を隠そうともしていない。
すると、青白い顔をしていたデラニーが、はっとしたようにアイリスを睨み付けてきた。
「そ……そうよ……フォーサイス侯爵家の娘とはいっても、正式に認められてもいない庶子じゃない。王太子妃になれるような身分ではないことに、変わりはないわ」
最初は震え声だったが、話しているうちにだんだん落ち着いてきたらしい。デラニーは口元に歪んだ笑みすら浮かべる。
「もしかしたら、王太子殿下が自分のものにならないからと、お命を奪ったのではなくて? そうだわ、心中しようとして怖じ気づいたに決まっているわ。何という卑怯者なのかしら!」
「まあ、そのようなこと……でも、レオナルド殿は少し危ういところがあったのだし……心中とはあり得そうなことだわ」
突拍子もないと言えるデラニーの発言だったが、即座に王妃が後押しする。
おそらく王妃は、そういうシナリオを描いていたのだろう。
盗賊のふりをした暗殺者たちは、アイリスのことも始末するつもりだった。王太子と元平民が結ばれぬ未来に絶望し、共に命を絶ったように見せかけたかったのだろうか。
視察に向かう途中で二人とも命を落としていれば、愚かな愛の物語として終わっていたのかもしれない。
しかし、アイリスは今こうして命を失うことなく立っている。
誰もわからない毒に侵されたレオナルドの命は、もはや風前の灯であるはずだ。だからこそ、その罪はアイリスに被せなければならない。その思いが、王妃を駆り立てているのだろう。
「レオナルド殿が毒に侵され、もう目を覚ますことはない以上、ヘイズ子爵令嬢はいくらでも偽りが言えるわ。今の物言いも、罪から視線をそらすための小賢しい策略でしょう。彼女の罪を暴くべきよ!」
王妃がアイリスを追い込もうと、声を張り上げる。
「そうよ、悪女に騙されてはいけないわ! 自分はやっていないなんて、口ではいくらでも言えるのですもの! 嘘に決まっているわ!」
続いてデラニーも賛同して叫ぶ。
すると、周囲からはざわざわとした戸惑いの声が上がっていった。
「王太子殺害という大罪を裁くべきだわ! 今はまだ命を取り留めているとはいえ、解毒薬がないのですもの。レオナルド殿から事情を聞けない以上、ヘイズ子爵令嬢には拷問で口を割ってもらうしかないわ。素直に罪を告白すれば、慈悲を……」
まくしたてる王妃の言葉を遮るように、閉ざされていた謁見室の扉が開かれた。
重苦しい音を立てて開く扉に人々は視線を向け、そして固まる。
王妃は言葉を失い、信じられないといったように扉の方向を凝視する。
「そうだな。私がもう目を覚ますことがないというのなら、いくらでもアイリスに罪を着せられるな。随分と面白いことを言ってくれたようだ」
そこには、毒に侵されて目を覚ますことはないと、たった今王妃が言ったはずのレオナルドが、いつもと変わりない姿で立っていたのだ。




