37.茶番の断罪劇
王太子レオナルドによるハーテッド辺境伯領への視察は、中止となった。
道中、盗賊に襲われてレオナルドが負傷したためだ。
それも毒に侵され、意識が戻らないという知らせは、王城を揺るがした。
レオナルドはすぐに王太子宮に運ばれて治療を受けたが、宮殿の奥深くは重苦しい雰囲気が漂い、立ち入り禁止となっている。
襲ってきた盗賊の遺体も回収されたが、身元はわからなかった。遺体の所持品に解毒薬もなく、宮廷医師でもレオナルドが何の毒に侵されたのかわからず、手の施しようがないという。
そこで、同行していたヘイズ子爵令嬢アイリスが王城に呼ばれ、詰問されることとなったのだ。
「さて、何か申し開きはあるか?」
貴族たちが居並ぶ謁見室において、国王が口を開く。
アイリスが初めて見る国王は、黄金色の髪に濃い青色の瞳で、顔立ちもレオナルドによく似ていた。まるでレオナルドがそのまま年を重ねたかのようだ。
すでに国王の口調は、アイリスが犯人と決めつけているようだった。
高い場所に設けられた玉座にどっしりと腰掛ける国王の隣には王妃の席があり、一段下がった場所にはジョナスとカトリーナの姿もある。
人の悪意に敏感なカトリーナが、このような場所に来てもよいのだろうか。アイリスは心配で、己の立場も一瞬忘れて、はらはらとしてしまう。
国王の側には、ひっそりと影のように控えるブラックバーン公爵の姿もあった。
アイリスは王都に戻ってきてから、軟禁状態となっている。
乱暴な扱いは受けていないが、押し込められた部屋から出るのはこれが初めてだ。
この場も事情を尋ねるという名目ではあるが、実際は断罪の場と言えるだろう。
「盗賊に襲われ、レオナルドさまは私をかばって毒矢に倒れました。私などのためにと、大変申し訳なく思っております」
アイリスが答えると、国王が片手を挙げて合図する。
すると、アイリスの前に短剣と小瓶が運ばれてきた。ヘイズ子爵から送られてきて、視察に持っていった物だ。
短剣は御者の血を吸った際の汚れが付着し、小瓶の底には紫色の液体がわずかに残っている。
「それらは、そなたの物で相違ないな」
「……はい」
素直に答えると、周囲からざわめきの声が上がった。
血の付いた短剣と毒々しい液体の残る小瓶とくれば、真っ先に思いつくのは毒殺だろう。
「まあ、何という恐ろしいこと! まさか王太子殿下を毒殺しようだなんて……!」
甲高い叫び声が響いた。
聞き覚えのある声だとアイリスが視線を向けると、ストロベリーブロンドが目に入ってきた。ストレイス伯爵令嬢デラニーだ。
デラニーは口元を扇で隠しながら、目を見開いている。その扇の下には、歪んだ愉悦が浮かんでいることが明らかだ。
「ですが、盗賊に立ち向かうために使用したのです。レオナルドさまに短剣を向けることなど、しておりません」
デラニーを無視して、アイリスは続ける。
「そんなこと、口では何とでも言えるわ! 実際に、王太子殿下は毒に侵されて生死の境をさまよっていらっしゃるわ! お前がやった以外にありえないでしょう!」
激昂したデラニーが叫ぶ。
一介の貴族令嬢にしか過ぎないデラニーが割り込んでいるのだが、それを咎める者は周囲にはいない。国王と王妃すら、何も言わなかった。
まるで、アイリスを追い込むための茶番の断罪劇だ。
「……アイリスさまが、お兄さまの命を狙うなど、ありえません。あれほど仲睦まじく、愛し合っているお二人が……!」
そこに、カトリーナが青ざめた顔をしながらも、精一杯声を張り上げた。
この場で唯一、擁護しようとしてくれるカトリーナに、アイリスは胸が温かく、そして苦しくなる。
カトリーナは相当な無理をしているのだろう。顔色は悪く、声は震えている。それでも、アイリスのために力を振り絞ってくれているのだ。
凜と背筋を伸ばすカトリーナは、気高い王女そのものだった。
「確かに、王太子殿下はアイリス嬢を溺愛していたな……」
「たとえ愛妾でも、元平民ならば相当の出世だろう。わざわざ、それを捨てることは……」
カトリーナの必死な姿に心を打たれる者もいたのか、やや風向きが変わる。
アイリスに王太子を殺す理由があるのかと、疑問に思う声がいくつか上がった。
「……私も、私の侍女であるアイリス嬢を信じたかったわ」
王妃の声が響き、謁見室が静まり返る。
貴族たちの視線が王妃に集中する。それを受け止めると、王妃は悲しげにアイリスを見つめた。
「二人は本当に仲睦まじく、幸せそうに見えたのですもの。でも、アイリス嬢にはレオナルド殿を憎む理由があることを、知ってしまったわ。ああ……何ということかしら……」
静かに語り始める王妃の言葉に、わずかなざわめきが起こった。
どういうことだと、囁きが交わされる。
「アイリス嬢は、断絶したフォーサイス侯爵家の庶子だったそうね。かつてレオナルド殿の婚約者候補であり、彼が直接命を奪ったジゼル嬢の妹だとか。アイリス嬢にとって、レオナルド殿は大切な家族の仇。家族の無念を晴らすため、レオナルド殿に近付いたのでしょう?」
完璧な真実が、王妃の口から放たれた。
何一つとして申し開きのしようのない事実に、アイリスは唇を引き結んだ。