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35.真の仇

「フォーサイス侯爵は不正を行っていた。ただ、それは明るみに出たところで、爵位剥奪とまではならない程度だ。せいぜい罰金と、当主交代程度だろう。それをジゼルが知り、当主交代を迫ったのだ」


 レオナルドが語り始める。

 実際には、フォーサイス侯爵家は反乱という大罪で裁かれた。だが、本当はそうではなかったらしい。


「ジゼルは早く実権を握りたがっていた。妹を早く表舞台に立たせてやりたいのだと、よく言っていたものだ」


「お姉さまが……」


 アイリスは胸に鋭い痛みを覚え、胸元を押さえる。

 冷たく孤独な家で、ジゼルだけはアイリスのことを可愛がってくれた。

 まさか、アイリスのために無茶をしたのだろうかと、背筋が冷たくなっていく。


「フォーサイス侯爵は、その座を追われないために、ジゼルに薬を盛った。言いなりにするための薬だ。それでジゼルを操ろうとした」


「……それでレオナルドさまに斬りかからせたのですか? でも、どうして……」


 当主交代を回避したいのに、王太子に斬りかからせる意味がわからない。

 たとえジゼルを処分したかったのだとしても、その方法ではフォーサイス侯爵にも累が及ぶ。

 どのような思惑があったのかと、アイリスは首を傾げる。


「それは……」


 レオナルドは言いよどみ、ヘイズ子爵に視線を向ける。

 その視線を受け止めたヘイズ子爵はレオナルドとしばし見つめ合った後、二人で頷き合う。


「……薬というのは、ちょっとした調合の違いなどで効果が変わるものだ。一つの薬の使用前後に、別のものを摂取することにより、まったく違った効果が表れることもある」


 ヘイズ子爵が口を開いた。

 ふと、アイリスはレオナルドに惚れ薬を盛ろうとしたときのことを思い出す。

 惚れ薬の原料となる月雫花を入手しようとしたのだが、教わった内容と違う効果を聞かされたのだ。

 花の乾燥のさせ方などで微妙に効果が変わるので、中途半端な知識で手を出すと危険だと諭された。

 今の話は、それに通じるものがある。


「フォーサイス侯爵が使用した薬は、判断力を鈍らせて、己の考えを刷り込ませるものだ。ジゼルを歯向かわせないようにするためで、私に害をなす気などなかったと、取り調べでフォーサイス侯爵本人からも聞いている」


「では、どうして……」


 フォーサイス侯爵の思惑とは違った効果が表れてしまったようだ。おそらく、それは言い訳でもなく、本当のことだったのだろう。

 今の話からすると、薬の調合に失敗でもしていたのだろうか。


「その薬は、ある種の鎮静剤と同時に摂取すると、逆に興奮して錯乱してしまうものだった。問題なのは、その鎮静剤が手に入りやすく、身近にあるものなのだ。心を穏やかにする茶として、広く愛飲されてもいる」


 ヘイズ子爵の説明で、アイリスにまさかという思いが浮かぶ。

 胸の奥からじわじわと靄が広がっていくようで、息が詰まりそうだ。

 ジゼルが殺された日の朝、アイリスは彼女と会っている。そして、お茶を淹れて、上手になったと褒められたのだ。

 いつも忙しく、その合間にアイリスの様子を見に来てくれる優しい姉のため、わずかな時間でも安らいでほしいと願った。

 そして出したのは、心を穏やかにするという茶だったはずだ。


「まさか……あのとき、私がお姉さまに淹れたお茶のせい……? そのせいで、お姉さまが錯乱してしまったというの……?」


 アイリスは震える声で呟く。

 それを痛ましそうな顔で見つめるレオナルドとヘイズ子爵だが、言葉はなかった。二人が何も否定しないということは、それが真実なのだろう。


「そんな……」


 愕然としたアイリスから、力が抜けていく。

 目の前の光景も、耳に聞こえる物音も、すべてが遠ざかる。ただ、頭だけが割れるように痛い。

 足に力が入らず、立っていることもできなくなり、その場に崩れ落ちそうになる。


「アイリス!」


 寝台から飛び起きて、レオナルドが倒れかけるアイリスを支える。

 レオナルドの腕に抱き締められながら、アイリスは温もりも何も感じられない。今、自分がどうなっているのかもよくわからず、虚空を見つめる。


「お姉さまは……私を表舞台に立たせようとしてくれたことで薬を盛られ……しかも……私が余計なことをしたせいで錯乱したというの……? そんな……全部、私のせいだなんて……私が……私さえいなければ……」


 激しい自責の念がアイリスを苛む。

 頭痛と吐き気で、体がバラバラになってしまいそうだ。目の前が歪み、涙がとめどもなくあふれてくる。

 ジゼルが与えてくれた数多の愛や恩を、裏切りと仇で返してしまったのか。

 今すぐ消え入りたかった。苦しみが次から次へと襲ってきて、耐えられない。


 もしアイリスさえいなければ、ジゼルは今も微笑んでいられたのかもしれない。

 王太子妃として、レオナルドの隣で輝いていたかもしれない。

 全てをアイリスが奪ってしまったのだ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……お姉さま……ごめんなさい……」


 アイリスはただ詫び続けることしかできなかった。

 優しい姉ジゼルの命を奪った真の仇は、アイリスだったのだ。

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