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暗殺令嬢は標的の王太子に溺愛される~欲しいのは愛ではなく、あなたのお命です~  作者: 葵 すみれ


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32.アイリスの激情

 パァン、と乾いた音が森に響き渡る。

 アイリスがレオナルドの頬を、平手で打ったのだ。

 それまで虚ろだったレオナルドの瞳に生気が戻り、唖然とした顔でアイリスを見つめてくる。


「……バカじゃありませんの!?」


 激情のまま、アイリスは叫ぶ。

 言いたいことは色々とあったが、一言で集約するとそれに尽きる。


「私も大概間抜けですけれどね、レオナルドさまほどじゃありませんわ! バカ! 身勝手! 独りよがり! 自分に酔うのもいい加減になさいませ!」


 アイリスはレオナルドの首元を両手でつかみ、罵る。相手は王太子なのだが、不敬といった概念は頭から消え失せていた。

 レオナルドはぽかんと口を開けながら、呆然としている。


「私の気持ちはどうなりますの!? あなたは愛する女に殺されて満足かもしれませんけれどね、愛する男を殺した側のことなんて考えもしていないのでしょうね!」


「ゆ……揺らすな……」


 激昂して手に力が入るアイリスの前で、レオナルドはか細い悲鳴を漏らす。

 レオナルドの顔色がますます悪くなっていくが、それも頭に血が上ったアイリスにはよくわからない。


「そもそも、お姉さまのことだって、本当に悪いのは斬りかかるように仕向けた側でしょう! 知っていれば、私だってレオナルドさまの命を狙うようなことはしませんでしたわ! どうしてもっと早く教えてくれませんでしたの!?」


 姉ジゼルを直接手にかけたのは事実だろうが、理由が理由だ。むしろ、最悪の末路から救ったとも言える。

 完全な無罪とは言えないかもしれないが、アイリスにとっては先ほどの平手で、ひとまず許せた。


「共に生きたいという未練? 上等じゃありませんの。未練を残さないように関係を深めようとしなかったというのなら、もっと未練を作ってしまいましょう!」


 アイリスはそう言い放つと、自らのドレスに手をかけた。

 ここが屋外であろうと、どのような状況であろうと、関係ない。抑えきれない激しい感情が、アイリスを突き動かす。

 だが、勢いよく脱ぎ捨てていこうとしたところで、レオナルドの手に阻まれる。まるで最後の力を振り絞ったかのような、素早く切実な動きだった。


「ま……待て……今は無理……」


「今は、ということは、後ならよいのですね」


 ドレスを脱ごうとするのを止め、アイリスは大きく息を吐き出す。

 苦しそうなレオナルドは、青ざめた顔色とは裏腹に、瞳にはっきりとした感情が映し出されている。

 驚愕と怯えの入り混じった濃い青色の瞳を見ていると、アイリスの熱情が急速に冷えていく。

 アイリスはレオナルドの首元から、力なく手をはずす。


「……お姉さまの本当の仇は、レオナルドさまではありません。手にかけたことを悔やんでいるのなら、自分のせいだと終わらせず、本当に必要なことから目をそらさないでください。私のために……生きてください」


「アイリス……」


 どちらからともなく二人の顔が近付いていき、唇が重ねられる。

 いっとき、今の状況も場所も全てが忘れ去られた。柔らかい感触と、燃えるような熱さだけが、アイリスを支配する。

 心が満たされていくはずなのに、どこかが欠けているように埋まりきらず、苦しい。


 アイリスの頬を、涙が伝っていく。

 その涙がレオナルドを濡らす頃、不意にレオナルドが唇を離した。そして、ぐらりと体を傾かせる。


「レオナルドさま……?」


 己にもたれかかるレオナルドを、アイリスは愕然としながら支える。

 名を呼ぶが、答えはない。

 すでに意識を失っていることに気付き、アイリスは血の気が引いていく。


「レオナルドさま! しっかりして! そ……そうだわ、解毒薬……解毒薬を探さないと……」


 今まで自分はいったい何をやっていたのだと、激しい後悔がアイリスを襲う。

 レオナルドが毒に侵されていることは、わかっていたではないか。

 悠長に話などせず、まずは解毒薬を探すべきだったのだ。

 己の不甲斐なさに涙を流しながら、アイリスはレオナルドを木にもたれかけさせると、歯を食いしばって立ち上がる。


「今すぐ、解毒薬を見つけてきますわ……!」


 せっかく真実が明らかになり、心が通じ合ったというのに、このままレオナルドを死なせるわけにはいかない。

 まずは毒を使用した張本人である御者の死体を調べようと、アイリスは振り返る。


「え……?」


 すると、振り向いた先には人影があったのだ。

 少し離れた場所に、一人立っている姿がある。

 いったいいつからいたのかも、わからない。アイリスは何も気付かなかった。

 だが、それよりも、何故この場にいるのかわからない人物なのだ。アイリスは己の目が信じられず、唖然として立ち尽くす。


「……王太子殿下は、放っておけば命尽きそうだなあ」


 まるで世間話でもするかのような、緊張感のない口調だった。

 その声も、アイリスの知る人そのものの声だ。

 アイリスはまるで自室にいるような錯覚すら覚える。それも、王太子宮に与えられた豪華な部屋ではなく、ここ数年を過ごしてきた部屋だ。


「お義父さま……?」


 かすれた声が、アイリスの口からこぼれる。

 そこにいたのは、アイリスの義父であるヘイズ子爵だったのだ。

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