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暗殺令嬢は標的の王太子に溺愛される~欲しいのは愛ではなく、あなたのお命です~  作者: 葵 すみれ


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29.終の旅

 うっすらとした曇り空の下、ハーテッド辺境伯領に向けて馬車は出発した。

 アイリスはレオナルドと向かい合いながら、馬車に揺られる。

 尋ねる好機であり、これが最後の機会となるだろう。アイリスは意を決して、口を開く。


「レオナルドさまに、お伺いしたいことがございます」


「……何だ?」


 レオナルドも覚悟を決めたような顔で、重苦しい声を出す。


「かつての……うっ……」


 問いかけようとしたところで、アイリスの頭に激しい痛みが走る。アイリスは呻き、両手で頭を押さえた。


「アイリス!?」


 レオナルドは慌てて身を乗り出し、アイリスに手を差し伸べようとする。

 しかし、その手は途中で止まった。宙に浮いたままの手が、アイリスの目の前で戸惑っている。

 まさか、レオナルドの手に身をすくませてしまったことを、未だに引きずっているのだろうか。アイリスは痛む頭を押さえながら、目前の手を呆然と眺める。


「……大丈夫です」


 アイリスはレオナルドの手を、己の両手でそっと包み込む。

 激しい頭痛は一瞬で、今は耐えられる程度の痛さになっている。それも徐々に和らいでいっているので、このまま黙っていれば治まりそうだ。

 おそらく、これも洗脳の一種なのだろう。レオナルドに尋ねようとすることが、頭痛を引き起こしているようだ。

 ある意味では、核心に近付いていると言えるのだろう。


 だが、それよりも今は、レオナルドの安堵したような表情のほうが、アイリスにとって印象的だった。

 アイリスの不調がたいしたことはないと安心したのか、それとも拒絶されなかったことで胸を撫で下ろしたのか。あるいは、両方かもしれない。

 何にせよ、アイリスのことでレオナルドが心を動かしているのは確かだ。


「レオナルドさま……」


 レオナルドがアイリスだけを見つめていることに充足感を覚えながらも、これではいけないと己を叱咤する。

 王妃たちの思惑によって動かされる駒であるアイリスだが、このまま何も知らないままでいたくない。

 たとえレオナルドの命を奪う未来は避けられないのだとしても、姉の死の背景を知った上で、己の意思で手を下したい。


「かつて……ううっ……」


 だが、再び口を開こうとしたアイリスを、いったんは治まりかけていたはずの頭痛が激しく苛む。


「アイリス!」


「……大丈夫、大丈夫です」


 焦るレオナルドを押しとどめ、アイリスは深呼吸を繰り返す。

 尋ねようとすることを止めれば、頭痛は引いていく。どうあっても、尋ねることはできないようだ。

 しかし、だからこそ、この問いかけがアイリスに洗脳をかけた者にとって都合の悪い答えになるのだろうと、想像がつく。


 今までのパターンからすると、一度頭痛を経験した後は、洗脳が解けていくのか、頭痛の原因となることに触れられるようになる。

 もうしばらく耐えれば、この問いかけも可能になるのだろうか。

 だが、王妃の話によれば、道中には盗賊が出るらしい。その時が、決断の時になるのだろう。

 それまでに、レオナルドから答えを聞いておきたい。

 頭痛に耐え、もっと問いかけようとすれば、早く洗脳が解けていくだろうか。


「落ち着け、アイリス。私に尋ねたいことがあるのなら、後で答えてやる。今は休め。どうせ……今日は襲撃もないだろう」


 レオナルドがぼそりと呟いた最後の言葉に、アイリスは唖然とする。

 まさか、盗賊が襲ってくるということを知っているのだろうか。

 だが、そのことについてどうこう考えようとする前に、アイリスはレオナルドに抱き上げられた。そのまま、レオナルドの膝の上に乗せられる。


「なっ……」


「後で何でも答えてやるから、今は無理をするな。アイリスが苦しそうにしているのは、見ていられぬ」


 アイリスを優しく抱き締めながら、レオナルドは囁く。

 顔に熱が集まるのを感じるが、アイリスは抵抗することなく受け入れた。温もりに包まれながら、目を閉じる。


「……本当に、答えてくださいますのね」


「ああ……だから、今はもう少し……」


 二人は何も言うことなく、寄り添いながら馬車に揺られた。

 以前、ジョナスに触れられたときのような嫌悪感は、かけらも浮かんでこない。

 ほんのわずかな間だけ、何も考えずにアイリスは幸福に浸る。


 やがて道中の宿にたどり着いたが、今日はゆっくり休めとレオナルドに促され、何事もなく翌日を迎える。

 まだ晴れない曇り空を見ながら馬車に乗り込み、旅は再開した。


「……お伺いしたいことがございます」


 馬車がしばらく進んだところで、アイリスは口を開く。

 今日は問いかけようとしても、わずかに頭が痛む程度だ。会話の妨げになるほどではない。

 すると、レオナルドはアイリスを正面から見つめ返した。


「ジゼルのことか?」


 思いがけず、レオナルドの口から姉の名が飛び出し、アイリスは言葉を失う。

 やはりわかっていたのか。しかも、今までは避けようとしているようにも感じられていた話題だ。それをレオナルドが自分から口にしたことに、アイリスは驚愕する。


「そ……そうです……フォーサイス侯爵令嬢ジゼル……彼女は薬で錯乱して、レオナルドさまに斬りかかったと聞きました。それならば、薬を盛ったのはいったい誰なのか、ご存知ですか?」


 アイリスが問いかけるのを、レオナルドは黙って聞いていた。

 頭痛がどんどんひどくなっていくが、アイリスは耐える。


「……薬を盛ったのは、フォーサイス侯爵だ」


 ややあって、レオナルドは決意したように答えた。

 その答えに、アイリスは唖然とする。

 ジゼルの父であるフォーサイス侯爵が、薬を盛ったというのか。後継ぎであるジゼルを錯乱させて王太子に斬りかからせるなど、正気の沙汰とは思えない。

 いったい何故、そのような暴挙に出たのか。


「それは、どうして……」


 アイリスがさらに問いかけようとしたところで、馬車の外から大きな物音と絶叫が響き渡った。

 思わず、アイリスはびくりとして口をつぐむ。


「……盗賊です! 盗賊が現れました!」


 馬車の窓の近くで叫ぶ護衛の声を聞き、アイリスは愕然とする。

 とうとう、そのときが来てしまったらしい。

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