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22.過去の違和感

 アイリスとカトリーナが共に茶を飲んでいたのは、王太子宮の庭園だ。それも奥まった場所で、ただの客が訪れることができるような場所ではない。

 今は二人きりでゆっくり過ごすため、メイドたちも遠ざけてある。

 だが、ジョナスは第二王子だ。王族であり、レオナルドの弟でもある。カトリーナのように、この場に入ってくることができるのかもしれない。


「ジョナスお兄さま……? どうして……」


「カトリーナもいたのか。なに、先日アイリス嬢とはろくに話もできなかったからね。会いに来たというわけだよ」


 不審者に対する眼差しを向けるカトリーナを、ジョナスは軽くあしらう。


「だからといって、王太子宮にまで……どうなっても知りませんわよ」


「大丈夫、兄上は王城にいるはずだ。戻ってくるまではまだ時間がある」


 自信たっぷりにジョナスは答える。

 カトリーナは額を押さえて、深い息を吐き出していた。


「まずは、アイリス嬢にこれを」


 ジョナスは後ろ手に持っていた花束を、アイリスに差し出す。

 深紅の薔薇の花束だ。大輪の花から、甘く芳醇な香りが立ち上っている。


「まあ……」


 アイリスは目を見開き、花束を見つめる。

 予想外の行動で、アイリスはどうするべきか迷う。しかし、ジョナスが強引に花束を突き出してきたので、つい受け取ってしまった。


「兄上が寵愛しているのも納得の美しさだ。その神秘的な紫色の瞳に吸い込まれそうになる……いや、待てよ……確か……」


 賛美の言葉を並べ始めたジョナスだが、途中でふと何かを思い出したようで、考え込む。


「そうだ、確かジゼル嬢だったか……彼女も紫色の瞳だったな。そういえば、どことなく雰囲気も似ているような……まあ、ジゼル嬢はもっと貧相な体だったが……なるほど、兄上の好みということか」


「何ですって……!?」


 突然、姉ジゼルの名を出されたことで、アイリスは動揺して、思わず椅子から立ち上がってしまう。


「おっと、失言だった。兄上がかつて寵愛していた令嬢の話など、無粋だったね。もう過去のことだから、気にするようなことではないよ」


 どうやらジョナスはアイリスの動揺を、昔の女の話を持ち出されたことによる嫉妬や焦りとでも思ったらしい。

 本当は違うが、そう思ってもらったほうが好都合だ。一瞬の激情が去ったアイリスは冷静にそう考え、深呼吸をしてから椅子に座る。


「ジョナスお兄さま、そのことはあまり……」


「そうだね、兄上に斬り掛かって返り討ちにあったような令嬢のことなんて、口にするものではないね。いくら薬で錯乱していたとはいえ、反逆には違いないのだし」


 たしなめようとするカトリーナの思いを裏切り、ジョナスはつらつらと語る。


「薬で錯乱……?」


 そのような話は初めて聞いた。

 ジゼルが王太子の命を狙って処断されたのは知っていた。だが、優しい姉がそのようなことをするとは思えず、何かの間違いだろうと思っていたのだ。

 実は薬で錯乱していたというのなら、何をしても不思議ではないだろう。


 レオナルド本人から、ジゼルを手にかけたと聞いている。

 しかし、その理由までは教えてもらわなかった。尋ねることすらしていない。

 頭痛を覚えながら、アイリスは何かがおかしいと感じる。

 今の話が本当なら、ジゼルに薬を盛った者がいるはずだ。それはいったい誰なのか。


「その薬というのは……」


「……おや、そろそろ時間だ」


 アイリスが問いかけようとすると、ジョナスは慌てたように遮った。

 その表情が少し焦っているようにも見える。言うべきではないことを口にしてしまったかのようだ。


「今日は挨拶に来ただけなので、そろそろ失礼するよ。その花束は香りだけではなく、色も美しいので、ぜひよく見てくれ」


 慌ただしくジョナスは去っていく。

 唖然としながら、アイリスはそれを見送る。何か声をかけることもできないくらいの、素早い行動だった。


「アイリスさま、ジョナスお兄さまのことなんて気になさらないでくださいね」


 取り繕うように、カトリーナが声をかけてくる。

 彼女の表情も少し焦っているようだ。


「あの……先ほどのお話は……薬で錯乱とはいったい……」


「……ごめんなさい。私も詳しくは存じ上げないのです。ただ、お家騒動があったのだとしか……そして、興味を持つな、と……」


 カトリーナは申し訳なさそうに答える。

 先ほどのジョナスの様子といい、おそらく秘密にされていることなのだろう。

 レオナルドがジゼルの命を絶ったのは、彼にはそうするべき必要があったのかもしれない。

 しかし、そのことについて考えようとすると、アイリスの頭が割れるように痛くなってしまう。


「アイリスさま、大丈夫ですか? レオナルドお兄さまは、アイリスさまのことだけを愛していらっしゃいますわ。以前、寵愛していたという令嬢のことも、恋人というよりは、姉のように慕っていただけでしたわ」


 カトリーナは、アイリスがレオナルドの過去の女のことで衝撃を受け、気分が悪くなったと思っているようだ。

 慰めてくるが、その内容もアイリスにとっては驚きだった。そちらに気を取られ、頭痛が消えていく。


「姉のように慕っていただけ……?」


 レオナルドとジゼルは相思相愛ではなかったのか。

 そう思いながら、かつてジゼルがアイリスをレオナルドに会わせようとしていたことが、脳裏に蘇ってくる。

 そうだ、少なくともジゼルはレオナルドに対して恋愛感情を抱いているようには見えなかったではないかと、アイリスは思い出す。

 何故か、これまでずっと記憶の奥底に沈み込んでいたのだ。


「そうですわ、だから安心してくださいな」


 気遣うカトリーナの声をぼんやりと聞きながら、アイリスは手に持っていた花束を顔に近付ける。

 頭がくらくらしてしまうのは、濃厚な甘い香りによるものなのか、それとも己にわき上がる違和感のためなのか。


「……やっぱり、少し顔色がよろしくありませんわね。私、誰か呼んできますわ。少々、お待ちになっていて」


 そう言って、カトリーナは席を離れていった。

 残されたアイリスは花束をテーブルに置こうとする。


「あら?」


 すると、花束の中に一枚のカードが入っていることに気付いた。

 アイリスはカードを手に取ってみる。


「明日の午後、王子宮で待っているですって……? いったい何を……」


 書かれていたのは、アイリスを呼び出す内容だった。それも、逢い引きの誘いといったものだ。

 仮にも兄の恋人相手に何をやっているのだと、アイリスは呆れる。

 だが、先ほどジョナスが口を滑らせたことが気になり、カードを破り捨てるのを躊躇してしまう。

 少し迷った後、アイリスはカードをそっと懐にしまった。

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